君に一生分の休みを。

桜庭つむぎ

文字の大きさ
6 / 9

月下の独白

しおりを挟む
言い渡された通り、桜はあてがわれた部屋から一歩も出ずに夜を迎えた。
行灯の小さな火だけが頼りの、暗い室内。
(……はぁ。やっぱり、そう簡単に信じてもらえないよね……)
やり場のない寂しさに耐えかねて、桜はそっと縁側の障子を開けた。
空には、冷たく澄んだ大きな月が浮かんでいる。あまりに美しい景色が、逆にここが自分の居場所ではないのだと突きつけてくるようだった。
桜は膝を抱え、小さくぽつりと呟いた。
「……会えたのは、嬉しいんだけどな。……だって、本物の先生なんだもん」
自分の手を見る。命(有給)を分け与えたところで、彼との心の距離が縮まるわけではない。今の自分は、彼にとって「警戒すべき素性不明の客」でしかないのだ。
「……頑張らなきゃ。先生のために……私はここに来たんだから」
月明かりの下、桜は自分の影を見つめながら、耐えきれずにポツリと涙を零した。
――その姿を、少し離れた廊下の影から、久我宗介が見つめているとは知らずに。
「監視」という名目ではあったが、彼は夜の静寂の中で、今日一日の出来事を静かに整理していた。
あのような凄惨な場所に、護身の術も持たぬ女性がなぜ現れたのか。そして、なぜ自分の命を救い、こうして涙を流しているのか。
(……私のため……?)
久我は暗闇の中で己の手を見つめた。
利害も、血縁も、仕える主従の関係さえない。そんな見ず知らずの他人が、ただ「自分のため」だけに、すべてを投げ打つような顔をして泣いている。
合理的に考えれば、何らかの意図があるはずだ。しかし、彼女の零した涙は、月光を反射してあまりに清らかに光っていた。
その無防備で、打算を感じさせない悲しみに、久我は胸の奥を静かに突かれたような、名状しがたい戸惑いを覚える。
(やはり、理解できないな。君は……一体、何者なんだ)
久我は足音を立てず、静かにその場を去った。
思慮深い軍師の心に、正体不明の「揺らぎ」が生まれた夜だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

一途な恋

凛子
恋愛
貴方だけ見つめてる……

処理中です...