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Part1 My Boyhood

Chapter_10.年上の女(ひと)(3)勉、フィッシュとベッドを共にする〜タロットカード

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At Kitanakagusuku Village, Okinawa; September,1994.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
**This episode is R15-rated.**このエピソードはR15指定です。

大学三年生の秋休み、僕らはいつものようにドライブをしていた。昼メシを食い終わり、大謝名おおじゃなから瑞慶覧ずけらん方面へ車を走らせていた時のことだ。
「このまま行ったら、屋宜原やぎばるやな」
変な話だが、屋宜原やぎばるといえば沖縄ではラブホテル街としてかなり有名だ。もちろん、僕としてはさらさら、そんな気持ちはなく、さっさとコザあたりにでも抜けるつもりだった。
「トミー」
「ん?」
「あたいと寝るかい?」

僕は思わず急ブレーキを掛けた。あやうくエンストを起こすところだった。
運転しながらこんな話、できるわけがない。左右の安全確認をし、路肩に車を止め、エンジンを切った。しどろもどろになりながら、僕は必死で言葉を紡いだ。
「だってフィッシュ、お前、オナベだろ? オナベって、基本的にレズビアンってことだろ?」
「まあ、間違ってはおらん」
「俺、男だぜ?」
「見たら判んがな」
フィッシュは笑いながら答えた。
「じゃ、なんで?」
ますます混乱する僕にフィッシュは言った。
「トミー、あんた医者になるんやろ? なら、あたいみたいな女も知っとったほうがええで」
そんなこと言ったって。俺、実験で女抱く趣味ないけど。
「後悔はさせへん。あんたには、いろいろ教えといてあげたいんや」
そういうフィッシュの目は笑ってなかった。好意は受けるしかない。観念した僕はエンジンを掛けなおし、あるラブホテルへ向かい車を発進させた。……とはいうものの、気は進まなかった。正直、勃起するかどうかもかなり怪しかった。

ところが、だ。服を脱いだ僕は自分の目を疑った。
「うっそ、まじかよ?」
いくら、ここ二年ほど、こういうことにご無沙汰だからって、普通、オナベ相手に、勃つか?
フィッシュはお世辞にも魅力的な体つきとは言いがたかった。胸は全然なかったし、全体的にごつごつしていた。それなのに?
僕は、状況に素直に反応する自分の体を呪った。
「よろしいやん。勃たせる手間が掛からんで」
フィッシュは優しく笑い、鼻に掛けた声であやすように僕を呼んだ。
「こっちいらっしゃーい」
「……お手柔らかに頼むよ」
恥ずかしがっている場合ではない。諦めた僕は潔くベッドの上に横になった。まさに『まな板の上の鯉』。目を閉じて念じた。
もう、どうにでもなれ!

僕らは抱き合った。型どおりにキスを交わすと、フィッシュの指が僕のあご先を捉え、首から鎖骨へと流れた。
「トミー、あたいの指の動きをよーく覚えておいで。きっといつか、役に立つよ」
彼女の言ったことは嘘じゃなかった。かなりなテクニシャンだった。僕はまるで女の子のように興奮し、前後を忘れ叫び声をあげ、気がつくと果てていた。

「ね、言ったでしょ? 後悔させないって」
僕ら二人はベッドの上で抱き合ったまま、そのままじっとしていた。
「フィッシュ、……俺達、付き合おうよ」
本気だった。ここまで来た以上は、なんらかの誠意を示す必要があった。それに、今回の行為を通して、フィッシュに対するそれなりの愛情を僕は感じていた。
「トミー、それはできない相談よ」
フィッシュは僕を優しくたしなめた。
「俺、いい加減な気持ちでこんなことしないよ?」
「判ってるわよ。あんたは真面目な男だわ」
「じゃあ、なぜ?」
フィッシュは起き上がって服を羽織った。僕の顔を見ようとはしなかった。
「とりあえず、シャワーでも浴びていらっしゃい」

僕はシャワーを浴びた。体にはあの行為の後の気だるさが残っていた。
僕はフィッシュの心中を図りかねていた。僕はただ弄ばれただけなのか?

ラブホテルに備え付けのバスローブを体に引っ掛けて部屋に戻ると、フィッシュはすでに身支度を整えて、テーブルの横に腰掛けてなにやら準備を始めていた。
「そこにお座り。占ったげる」
彼女は手馴れた様子でタロットカードを切った。
「トミー、イニシャルを姓名の順でおせーて」
「えっと、U.T.」
「生年月日は?」
「一九七三年六月七日」
フィッシュはタロットカードを三枚選び、テーブルの上へ置くと、ゆっくりと開いていった。それぞれが違った図柄だったが、僕にはさっぱり意味がわからなかった。やがて、彼女は静かに語りだした。
「トミー、あんたは運がいい。これまではしんどい人生だったかもしんないけど、あんたが真面目に生きている限り、神様はあんたを見捨てたりはせえへん。五年くらいたったら、あんたに素敵な人が現れる。その人を捉えたら、絶対に離したらあかんで」
「フィッシュ?」
彼女は優しく微笑みながら僕を見た。スー・ド・ラズで飲んだ時のあの慈愛に満ちた瞳がそこにあった。
「あんたの気持ちだけは、ありがたく受け取っておくわよ。でもな、あたいは所詮、レズビアンなんよ。トミー、愛とじょうとを勘違いしたらあかん。たとえ情で付き合っても、何も実を結ばへん。わかるやろ?」

年上の女性らしい配慮は感じたが、結論から言えば、フラれたのだ。
要するに「お呼びでない」って言いたいんだろ?
見事なまでの完敗。ここまで、こてんぱんにやられたのは初めてだった。僕はうなだれた。
「フィッシュ、ひどすぎるよ。何も、今日のこの場でそんなこと」
言いかけた僕の言葉を彼女が遮った。
「あたいね、明日、大阪に戻るんよ」
「うそ!」
全く想定外の答えだった。フィッシュが大阪から来たのは薄々知っていたし、いつかは帰るだろうとは思っていた。しかし、まさか、こんなに早く戻るとは。
茫然とする僕を尻目にカードを片付けながら、彼女はぽつりと言った。
「トミー、あんたはええ子やった。忘れへんわ」

帰り道は雨だった。
僕らは車内で一言も口を利かなかった。
ラジオから流れるFENのロック番組だけが沈黙を支えていた。

別れ際、フィッシュのアパートの前で車を止めると、僕は泣き出してしまった。僕にとって、フィッシュは女である以前に、大切な、本当に大切な友達だった。離れたくなかった。
「泣いたらあかん、トミー。最後ぐらい笑うて送ってくれえなー」
「どうしても行っちゃうのかい?」
フィッシュは、すすり泣く僕の顔を覗き込んだ。あの慈愛に満ちた瞳で。
「あんたには、これから、いろんな人と、うんとええ出会いが待っとる。じゃあね。いい医者になるんやで」
そう告げると、フィッシュは思いっきり助手席のドアを閉めた。重い音が響いた。
「フィッシュ!」
僕は彼女の名を叫んだが、フィッシュは大雨の中をそのまま振り向きもせず走り去っていった。そして僕らは、もう二度と会うことはなかった。

Part1 My Boyhood :FIN
……ということで、Part2へ To be continued.
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