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Part2 Rasidensy Days of the Southern Hospital

Chapter_10.ずっこけダブルデート(5)勉、多恵子を診察する

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At Urasoe City, Okinawa; 12:30PM JST, December 16, 1999.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
この項、R15指定あるいはPG12と思われます。

僕はあるショッピングセンターの屋上駐車場に車を停め、多恵子を待っていた。雨混じりの平日の午後ということもあって、ほとんど、がらがらだった。
多恵子が買い物袋を手にゆっくり歩いて戻ってきた。
「ごめんね。お待たせしました」
やっぱり変だ。いつもの元気がない。
「遅かったね?」
「あのさ勉、あたし、しばらく横なっていい?」
ぽつりとそうつぶやく多恵子を見て、本当に心配になった。
「多恵子、いゃー、本当に大丈夫か?」
「うん、横になれば、治る」
彼女はシートを倒した。
「はあ、疲れた」
顔色が青い。額に汗を掻いている。しんどそうだ。

ふと、思い出した。僕はとりあえず医者で、セカンドバックに聴診器一式を持ち歩いている。
「多恵子、俺、聴診器持ってるぜ。診なくていいか?」
言ってみただけ。下心なんて全然、なかった。が、多恵子はむっくり起き上がった。
「心配ないと思うけど、折角だから、診てもらおうかな」
え、あの、半分冗談だったんですけど。
「だーれもいないし、いいか」
って、カーディガン脱ぎ始めるし!

多恵子はあっという間に白のブラウスまで脱いでしまった。キャミソールだ。
「よいしょっと」
後に手を回してブラジャーのホックを外している。ち、ち、ちょっと待て、ここは車だ、外から丸見えだぞ!

「キャミは脱がなくてもいいよね? ブラのホックは外したから、このまま診てもらってもいい?」
……あ、焦った。全部脱ぐかと思った。落ち着いて考えれば、んなわけないか。
「じゃ、後部座席から俺のセカンドバッグ取って。聴診器一式入ってるから」
「はい」
僕はセカンドバッグのチャックを開けて、聴診器を取り出した。医学生時代のポリクリで覚えた頭頸部の診察手順が蘇った。
「これでよし、と。じゃ、こっち向いてください」
まず、顔面の視診と触診。両手で彼女の顔を包み、額と頬骨を触る。
「どっか痛みますか?」
「いいえ」
続いて頭部の診察。髪を掻き分けて地肌のチェック。
「触ったら、ちょっと、じんじんするなー」
ふむ。つぃぶるむんでぃ言ちょーたんやー。試しに、耳を引っ張ってみる。大丈夫そうだ。
そして、目の診察。
「目、開けて。ペンライトつけるよ」
ペンライトを振ってみる。まぶしそうにしているけど、正常な反応ですね。
ペンライトを消して結膜の色を見る。ありゃ? 白いよ?
いゃー、貧血か?」
「そうかも。ふらふらする」
意外だ。若い女性に貧血は多いけど、多恵子もそうだとは思わなかった。次に鼻。触ってみるけど痛がる様子はなし。口腔の診察に移る。
「口開けて。舌出してください」
そういえば、舌圧子ぜつあつしもってないなー。よし、さっきのコーヒーに付いてたマドラー使うか。
「俺、ストレートだったから、これ使ってない。安心していいよ」
彼女が頷くのを確認して、僕は彼女の舌をマドラーで押さえて、ペンライトで照らした。喉は大丈夫そうだ。最後に、頸部の視診と触診。異常なし、っと。

「で、前、診てもいいわけね?」
僕は聴診器を掌で温めながら尋ねた。
「必要最小限でお願いします」
多恵子は赤面している。わかってるよ。簡単な聴診だけにしとくよ。
「はいよ」
僕は表情を変えずに軽く返事をすると、右手に聴診器を持って、多恵子のキャミソールの裾からもぐりこませた。

で、もちろんそこは、生身の体なわけで。つまり、どうしても、触れちまうわけで。
僕は愕然とした。ゆくしだろ、こいつ、見た目より胸でかいぞ!

僕の記憶の中にある彼女の水着姿は、高校一年生の時、体育の授業の折にちらっと見たのが最後だ。あの頃の彼女は胸なんてなかった。男子の間で水泳部の多恵子はナインで有名だったくらいだ。
でも、あれから、十年経つんだよな。
僕の目の前にいるのは、一人の成熟した女性。しかも、大本命。
そして、僕の耳に響くのは、彼女のではなく、なんと僕自身の心音!

……すごい勢いでバクバクいってる。いかん、中が透けて見えるような錯覚に陥ってしまう。
おい、勉、お前は医者だろ。診察しないでどうする?

「ちょっと、待ってね」
僕は一旦、彼女の体から聴診器を外し、深呼吸をしたあと、自分の舌先を思いっきり噛んだ。
耳から、僕の心音が消えた。

診察再開。先ほどの躊躇はどこへやら、順調に進む。
「先生、少し、長くないですか?」
「静かに!」
診察中にしゃべるなよ。一応、ここは戸外だよ? 聴きづらいのは当たり前でしょう?

僕はイヤピースを耳から外して告げた。
「心音に異常はみられないですね」
「ふう、良かった」
「次、背中見せてね」
「はーい」
多恵子は後ろを向いた。
「背中はめくってもいいよね?」
「どうぞ」
なら、打診までやっちゃいましょうかね。最初にざっと聴診を済ませた。
「はい、息吸ってー、吐いてー」
聴診器を当てたあと、僕は掌を温めて彼女の背にV字に当てた。ふむ、呼吸音、胸郭は異常なし。そして打診に移る。僕は左手の中指を彼女の背中に押し付けるとその上に右手の中指を立て、スナップをきかせて打診をした。いい音だ。全然問題ない。
「異常はないみたいですよ。雑音もありませんし」
「ありがとうございました。安心しました」 ((6)へつづく)
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