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Part3 The year of 2000
Chapter_02.Happy Birthday(1)勉が裕太に里香の件で抗議すると、なぜか多恵子が香水をもらった話
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At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; February 14 and 21, 2000.
At Nishihara Town, Okinawa; March 10, 2000.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
……あのバカ、本気で殴ったな。
僕は独身寮に帰ってからもずっと、多恵子に殴られてできた後頭部のたんこぶをずっと撫でていた。なにせ、相手は空手の元チャンピオンだ。普通の女の子から殴られるよりも数倍は痛かった。
でも、本当に痛いのは、頭ではなく、心。
これだけ色々なアプローチを試みているにもかかわらず、僕の言葉は、彼女にはまだ冗談にしか受け取ってもらえないらしい。
どうしたら、振り向いてもらえるのだろう?
こんな状態だから、バレンタイン・デーにも何も起こりませんでした。もっとも、サザン・ホスピタルのバレンタイン・デーはアメリカ式なので、男女どちらからも告白はアリです。当日は花束とチョコレートが飛び交っています。
僕がもらったのは、整形外科スタッフ一同から義理チョコを数個。それから、医局の各自のデスクにバラの花が一輪ずつ置かれていたけど、誰がやったんだろ? 犯人は未だ不明。
さて、その一週間後。僕が当直に入ろうとした時、ちょうど、昼勤を終えた私服姿の粟国さんとすれ違った。右手にメットを抱えている。
「上間先生、おつかれさまでした」
彼女が左手で長い髪をさっとかき上げた時、うなじからふっと、覚えのある香りがした。
あれ、この香りは?
僕はぎょっとなって、思わず粟国さんを呼び止めた。
「粟国さん、香水、使ってるの?」
「ええ。照喜名先生にいただいたんです。バレンタインのお返しって」
「それって、ひょっとして、ブルガリ?」
「よくご存知ですね! ブルガリのオ・パフメですよ」
……やっぱり!
顔がこわばるのがわかる。
だって、それ、僕も使っていたから。ずーっと、ずーっと、昔だけど。出始めの頃くらいに。しかも、水商売で。
「いいですよねー。緑茶ベースのシトラス系って、爽やかで。しかもこれ、香りが柔らかいじゃないですか」
何も知らない粟国さんは、僕の目の前で微笑みながら香水をしみこませたハンカチを振ってみせた。
彼女が立ち去った後、僕は医局へダッシュすると、照喜名の首根っこをつかんで無理矢理近くの検査室へ引っ張り込んだ。
「わ、わ、何なさるんですか?」
「おい、粟国さんに香水プレゼントしたって?」
「ええ」
照喜名はきょとんとした顔をしている。
「バレンタインに泡盛チョコをいただいたので、そのお返しに」
「で、なんでブルガリを?」
「たまたま、知人に海外土産でもらったんですよ。あの緑茶の香りは女性にも合いますし、僕も嫌いじゃないんで」
そうか、別に僕に対する嫌がらせじゃないわけね? 僕は照喜名をつかんでいた手を緩めた。
「一体、どうしたんです?」
「いや、まあ……ね」
僕は照喜名に事情を話さざるを得なかった。
「え、あれを使ってらっしゃったんですか?」
「そういうこと」
ただ事ではないとわかったのだろう。照喜名はしたり顔で頷いた。
「じゃ、里香さんにつけるの、止めるようにいいますね」
「そうしてもらえる? 粟国さんには罪はないんだけど」
「いや、お気持ちは、よーくわかりますから」
「ホント、済まないね」
僕は右手を軽く眼前に持ち上げて、照喜名を拝んだ。照喜名はといえば、左手で自分の口元を押さえている。
「なんだか僕も、上間先生と里香さんのイメージが浮かんじゃって、気持ち悪くなってきた」
「……殴るぞ、コラ」
えー、ご説明申し上げます。
香水を使ったことがある読者のみなさんならもうピンときたと思いますが、あれは、肌に直接つけるものでして。つまり、その、異性が自分と同じ香りを使っていたりすると、ベッドタイムを想起しちゃったりするわけなんですよ。
粟国さんはナースなので、仕事中につけるということはないと思う。けど、それでも、照喜名君の想い人というシチュエーションになんら変わりはないわけで。
友人の彼女のそんな姿、思い描くだけで罪ってものでしょうが。
さらに、半月ほど後。
僕は久々に東風平家を訪れた。いつものように稽古場でナップザックからサンシンを取り出して調弦していると、オフの多恵子が盆に急須と茶碗を持って現れた。
茶を勧める多恵子を前に、僕は固まった。だって、手首のあたりから、あの香りがするんだもの!
「た、た、多恵子さん? こ、香水、使ってるの?」
声がひっくり返った。あまりの驚きに、腰が抜けそうだ。
「あー、これねー」
多恵子はコースターに茶碗を置くと、その手を僕の鼻先に近づけた。
「里香が香水、呉れたわけよ。いい香りでしょ?」
「あ、粟国さんが?」
「せっかく、照喜名先生からプレゼントにもらったのに、血相変えて使うなって言われたってよ? で、何か知らんけど、あたしが使いなさいって、呉れた」
ち、ちょっと、待て。多恵子に香水あげて、とまでは、僕はお願いしてないよ?
「どうしたの? 顔、真っ青だよ? 香水、嫌い?」
「き、嫌いじゃないけど、ちょっと、ね」
ちょうど、師匠が稽古場にいらしたので、話はそれで終わった。 ((2)へつづく)
At Nishihara Town, Okinawa; March 10, 2000.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
……あのバカ、本気で殴ったな。
僕は独身寮に帰ってからもずっと、多恵子に殴られてできた後頭部のたんこぶをずっと撫でていた。なにせ、相手は空手の元チャンピオンだ。普通の女の子から殴られるよりも数倍は痛かった。
でも、本当に痛いのは、頭ではなく、心。
これだけ色々なアプローチを試みているにもかかわらず、僕の言葉は、彼女にはまだ冗談にしか受け取ってもらえないらしい。
どうしたら、振り向いてもらえるのだろう?
こんな状態だから、バレンタイン・デーにも何も起こりませんでした。もっとも、サザン・ホスピタルのバレンタイン・デーはアメリカ式なので、男女どちらからも告白はアリです。当日は花束とチョコレートが飛び交っています。
僕がもらったのは、整形外科スタッフ一同から義理チョコを数個。それから、医局の各自のデスクにバラの花が一輪ずつ置かれていたけど、誰がやったんだろ? 犯人は未だ不明。
さて、その一週間後。僕が当直に入ろうとした時、ちょうど、昼勤を終えた私服姿の粟国さんとすれ違った。右手にメットを抱えている。
「上間先生、おつかれさまでした」
彼女が左手で長い髪をさっとかき上げた時、うなじからふっと、覚えのある香りがした。
あれ、この香りは?
僕はぎょっとなって、思わず粟国さんを呼び止めた。
「粟国さん、香水、使ってるの?」
「ええ。照喜名先生にいただいたんです。バレンタインのお返しって」
「それって、ひょっとして、ブルガリ?」
「よくご存知ですね! ブルガリのオ・パフメですよ」
……やっぱり!
顔がこわばるのがわかる。
だって、それ、僕も使っていたから。ずーっと、ずーっと、昔だけど。出始めの頃くらいに。しかも、水商売で。
「いいですよねー。緑茶ベースのシトラス系って、爽やかで。しかもこれ、香りが柔らかいじゃないですか」
何も知らない粟国さんは、僕の目の前で微笑みながら香水をしみこませたハンカチを振ってみせた。
彼女が立ち去った後、僕は医局へダッシュすると、照喜名の首根っこをつかんで無理矢理近くの検査室へ引っ張り込んだ。
「わ、わ、何なさるんですか?」
「おい、粟国さんに香水プレゼントしたって?」
「ええ」
照喜名はきょとんとした顔をしている。
「バレンタインに泡盛チョコをいただいたので、そのお返しに」
「で、なんでブルガリを?」
「たまたま、知人に海外土産でもらったんですよ。あの緑茶の香りは女性にも合いますし、僕も嫌いじゃないんで」
そうか、別に僕に対する嫌がらせじゃないわけね? 僕は照喜名をつかんでいた手を緩めた。
「一体、どうしたんです?」
「いや、まあ……ね」
僕は照喜名に事情を話さざるを得なかった。
「え、あれを使ってらっしゃったんですか?」
「そういうこと」
ただ事ではないとわかったのだろう。照喜名はしたり顔で頷いた。
「じゃ、里香さんにつけるの、止めるようにいいますね」
「そうしてもらえる? 粟国さんには罪はないんだけど」
「いや、お気持ちは、よーくわかりますから」
「ホント、済まないね」
僕は右手を軽く眼前に持ち上げて、照喜名を拝んだ。照喜名はといえば、左手で自分の口元を押さえている。
「なんだか僕も、上間先生と里香さんのイメージが浮かんじゃって、気持ち悪くなってきた」
「……殴るぞ、コラ」
えー、ご説明申し上げます。
香水を使ったことがある読者のみなさんならもうピンときたと思いますが、あれは、肌に直接つけるものでして。つまり、その、異性が自分と同じ香りを使っていたりすると、ベッドタイムを想起しちゃったりするわけなんですよ。
粟国さんはナースなので、仕事中につけるということはないと思う。けど、それでも、照喜名君の想い人というシチュエーションになんら変わりはないわけで。
友人の彼女のそんな姿、思い描くだけで罪ってものでしょうが。
さらに、半月ほど後。
僕は久々に東風平家を訪れた。いつものように稽古場でナップザックからサンシンを取り出して調弦していると、オフの多恵子が盆に急須と茶碗を持って現れた。
茶を勧める多恵子を前に、僕は固まった。だって、手首のあたりから、あの香りがするんだもの!
「た、た、多恵子さん? こ、香水、使ってるの?」
声がひっくり返った。あまりの驚きに、腰が抜けそうだ。
「あー、これねー」
多恵子はコースターに茶碗を置くと、その手を僕の鼻先に近づけた。
「里香が香水、呉れたわけよ。いい香りでしょ?」
「あ、粟国さんが?」
「せっかく、照喜名先生からプレゼントにもらったのに、血相変えて使うなって言われたってよ? で、何か知らんけど、あたしが使いなさいって、呉れた」
ち、ちょっと、待て。多恵子に香水あげて、とまでは、僕はお願いしてないよ?
「どうしたの? 顔、真っ青だよ? 香水、嫌い?」
「き、嫌いじゃないけど、ちょっと、ね」
ちょうど、師匠が稽古場にいらしたので、話はそれで終わった。 ((2)へつづく)
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