サザン・ホスピタル byうるかみるく

くるみあるく

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Part3 The year of 2000

Chapter_03.知念さんの秘密(2)コメディエンヌ

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At Urasoe City, Okinawa; 11:30AM JST May 8, 2000.
At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, May 8 and 11, 2000.
This time, the narrator changes from Taeko Kochinda into Tsutomu Uema.
一度、勉君のモノローグに切り替わります。

僕がトイレから戻ると、多恵子が入れ違いに席を立った。
「さっきは、ごめん」
多恵子の姿が廊下の奥へ消えたのを確認して、僕は粟国あぐにさんに謝った。たしかに大人気おとなげなかった。ちょっとしたからかいの言葉を聞き流せずにムキになって反論なんて、どうかしている。
「あれは鈍感だから、上間先生も大変ですよねー?」
粟国さんは終始ニコニコしていた。彼女が照喜名てるきなと付き合い始めてもう二ヶ月近くになる。その言葉には、年下をリードしている余裕が感じられた。

照喜名に逃げるなとアドバイスしたはずの僕が、ずっと同じところで足踏みしている。なんてこった。情けない。
苦々しい気持ちで水を飲んだときだ。ピピピと携帯の電子音が鳴り響いた。あー、またサザン・ホスピタルから呼び出しオン・コールだよ。今日は久々のオフだってのに。医者に実質的な暇はないらしい。
“Hello, this is Uema.”
電話を取った僕の耳に、にわかには信じがたい情報が流れてきた。

「えー、あの知念さんが、畑で転んだって?」
粟国あぐにさんもトイレから戻ってきた多恵子も、驚きの声を上げた。知念ちねん安達あんたつさんは実に模範的な患者さんだ。六十代の男性が全身打撲ともなれば寝たきりになりかねないところだったのを、ご自分から率先してリハビリに参加されていた。愛想もよく、看護師さんからの受けもいい。
参ったなー。事故で骨折した鎖骨の固定を終えて、四月下旬に退院されたばかりだ。順調に回復してご本人も喜んでいらしたのに。骨が完全にくっつくまでに、普通の成人で一年半から二年はかかるものだ。退院して一ヶ月もしない間に転んだなんて、右肩、どうなったんだろ? 再固定となると厄介だぞ。

僕らはその場で粟国あぐにさんに別れ、車に戻るとすぐに沖縄自動車道を飛ばした。サザン・ホスピタルの駐車場で多恵子を降ろした。彼女は明け番で明日は昼勤なのだ。休む権利がある。
「知念さんによろしく伝えてね?」
多恵子はそう言って自分のオプティへと戻った。

上間うえま先生しんしー、申し訳ーねーやびらん」
白衣をまとって整形外科病棟に着くと、知念さんがベッドの上から実に済まないといった様子で僕に頭を下げた。聞けば、畑の水遣り中たまたまハブに遭遇し、格闘を繰り広げた際に転んでしまったそうだ。
「ナガムン(ハブの忌み語)んかい出逢いちゃやびたんでぃなー?」
思わず僕は驚きの声をあげてしまった。いやいや、咬まれなかっただけ運が良かったですよ。最近ではめっきり減ったがハブ咬症は死に至ることも十分ありえる。毒はそれほどに強い。
研修医が作成してくれたカルテとレントゲン写真を参照しながら、知念さんの体を注意深く診察していく。右の上腕部には、ハブに叩かれてできた傷がみみず腫れになっていた。何が恐ろしいって、ハブはその猛毒のみならず、自分の体から三六〇度四方へその体をばねのようにくねらせ、目標に向かって自由自在に飛びかかるのである。二メートル以上ジャンプして迫ってくることもあるらしい。襲われる側にしてみればたまったものではない。かといって、沖縄の日差しの強さは若者にもこたえるものだ。畑作業はどうしても早朝あるいは夕方になってしまう。運の悪いことに、それはちょうどハブが餌を求め歩き回る時間と重なるし、おまけに畑はハブの好物である野ねずみの通り道になっていたりする。沖縄のハブ咬症の三分の一が畑で起きてしまう理由は、そこにある。
知念さんの右の鎖骨はまた骨折してしまっていた。今回は右の肋骨も二本折れてしまっている。きっちゃきした際に打ってしまったのだろう。幸い、内臓には全く影響がない。
入院で三週間安静を保ってもらい、固定療法でなんとかしよう。知念さんにそのことを告げると、力なくうなだれた。

それは、知念さんが入院した翌々日の話だ。
午後の回診中に怒鳴り声が聞こえた。現場に駆けつけると、知念さんが見舞いに現れた息子さん夫婦に、物凄い剣幕でつかみかかっている。看護師の千秋さんがなんとかその場を取り繕おうと努力しているが、正直、僕らがどうこうできる状態ではない。
汝達いったーぬーやが? ぬーちむぇーやが? わんね、絶対、合点がってぃんやさんどーや!」
「お父さん、しかしですね、お父さんも体が弱ってきたし、あの畑はもう役に立たないでしょう? 折角、本土の大手企業がリゾート計画を進めているわけですから、買収してもらったほうが」
「フラーどぅやるい? じんかい迷わじゃーまさってぃ、畑売ゆんでぃ、うぬぐとーるバカな話ぬあみ?」
あの温厚な知念さんが、文字通り頭から湯気を立ててカンカンに怒っている。うわ、あの調子だと肩の固定が外れちゃうよ。どうしよう?

“Excuse me !”
(失礼します)

突然、僕らの後ろから声がして黒い大きな影が走った。師長のマギーだ。マギーは真っ黒い巨体を揺さぶり、知念さんのベッドサイドへ駆け寄った。彼女の大きな体は細身の知念さんやそのご家族とは全く対照的だ。大きな黒い目をくりくりさせ、でっかい口元に右の人差し指を当て、ゆっくりとこうしゃべった。

“Please be quiet. O.K. ?”
(静かにしてください。いいですか?)

予想外の出来事に、その場がしーんと静まり返る。効果があるとわかったのだろう。マギーはニッと笑った。
「いろいろ、ご不便、おありでしょうが、どーりん、くねーてぃくぃみしぇーびり」
なんと、そう言ってマギーは、深々と頭を下げたのだ。知念さんも、ご家族も、マギーにつられて頭を下げた。すると、マギーはぴょこんと頭を持ち上げ、ふたたび愛想良く笑って

“See you !”
(またね)

と右手をひらひらさせ、大きなお尻をご機嫌に左右に振り振りしながら病室を出て行った。

どこからともなく、くすくす笑いが湧き上がってきた。やがて、僕らは全員弾けたように大声で笑い出した。知念さんも、ご家族も、愉快そうに口を大きく開けて笑った。
さすが、天性のコメディエンヌだ。マギーには到底かなわない。腹を抱えて笑いながらも、僕は心の底でうなっていた。 ((3)へつづく)
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