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Part3 The year of 2000
Chapter_05.告白(1)松田房子、退院する~多恵子、勉にサンシンの独奏を命じる
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At Southern Garden in the Southern Hospital, Nakagusuku Village, May 24, 2000.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
翌日、あたしは、スカートを履いた。メイクにも気を遣い、できるだけおしとやかに振舞おうと心に決めた。
「多恵子さーん、おっはー」
出勤してすぐ、通用口の廊下で千秋と合流する。
「里香さんの誕生日プレゼントの件ですけど」
今月の二十八日が里香の誕生日だ。でも、今年は彼女のバースデー休暇に付き合う必要がない。だって、里香にはもう照喜名先生がいらっしゃるし。
「電気式のアロマランプってのは、どうでしょう?」
プレゼント選びに関しては、千秋のセンスは抜群だ。異議を唱える必要はなかった。
「千円寄付するから、千秋、デパートで見繕ってもらえる?」
「いいですよー」
千秋はあたしが渡した夏目漱石を財布にしまい、あたしを見て小首を傾げた。
「多恵子さん、具合でも悪いの? なんか、いつもの元気はつらつな多恵子さんらしくないよ?」
あたしは、そんなに、「元気しか取り得のない人間」にしか、見えないのだろうか?
「おはよー、あげ、今日はスカートか?」
向こうから金髪頭がやってきた。勉だ。昨日、サンシンを真剣に弾いていた姿が脳裏をよぎる。どう振舞っていいのかわからない。
勉はしげしげとあたしの姿を頭のてっぺんからつま先まで眺め回した。
「はっしぇ、うっさ美ら恰好っし。あんすくとぅ今日や霧雨なてーさやー?」
し、失礼な!
いつもの癖で右腕を振り上げようとして、やめた。
あなたには、嫌われたくない。
「……そうなんだはずね」
右手を降ろして小声でつぶやき、あたしはロッカールームを目指した。
「お、おい、ちょっと待て、多恵子!」
勉が追いかけてきて、あたしの右肩をつかむ。
「どうした、汝、おかしいぜ? 何があった?」
「別に、何でもないよ?」
「本当やみ? 汝がこんな大人しいって、ありえんよ。病気やあらに?」
「大人しくて、悪かったね?」
答えて、悲しくなった。
やっぱり、あんたは、あたしのこと、ただの能天気な女としか思ってないんだね?
歩き出そうとするあたしを、再び勉が止める。
「そういえば、松田さんが今日、退院ってのは聞いてるよな?」
「え、そうなんだ?」
あたしは指を折ってみた。確かに房子さんは五日間の入院だから、計算上は今日退院になる。
「昨日、あの後、多恵子に会いたがってたぜ。お礼が言いたいって」
「わかった。着替えたら外科病棟に寄ります」
「そうしてあげて」
そう言い終わると、勉はカンファ室へと向かっていった。
「多恵子さん、お世話になりました」
房子さんは、三階のエレベーターホールで迎えにいらした姪っ子さんと一緒だった。深々と頭を下げている。本当に礼儀正しい方だ。
「よかったですね、無事に退院できて」
「また、西原公民館で舞踊の指導を頑張ることにしました」
房子さんは姪っ子さんと顔を見合わせ、にっこりと微笑んだ。良かった。もう、安心ですね?
エレベーターがやってきた。房子さんが乗り込む。
「あ、知念さん」
房子さんの声に振り返ると、知念さんがこっちを見ていた。
房子さんが手を振った。知念さんも微笑みながら左手を挙げた。そして、エレベーターの扉が静かに閉じた。
「行っちゃったねー。きっと、松田さんは、ユルとなったんだねー」
いつの間にやら、あたしの隣には田本ユミさんがいた。
「ユルとなったって?」
「胸ぬ晴り晴りとぅ、ハッピーなったってことさー」
「ハッピーか、なるほどね」
ユミおばぁの説明にあたしが納得して頷くと、おばぁがあたしの耳元でこう囁いた。
「東風平さんも、上間先生とハッピーならんとねー」
……い?
「ち、ち、ちょっと、田本さん? 何てコト言うの!」
「ハハハ! あー、若い人は面白いねー!」
そう言ってユミおばぁは、杖をつきつき意気揚々と引き上げていった。
ああ、いけない。完全にユミおばぁの術中にはまっている。看護師としての威厳を取り戻さなくっては。よし、頑張るぞ!
胸を張って歩くと、朝の回診途中の勉とばったり会った。
「お、平常の多恵子んかい戻てーさや?」
そう言われて、また意気消沈してしまった。ああ、やっぱりあたしは、おしとやかにはなれないのだろうか?
「どうした。なんで、がっかりする? お前、やっぱり今日、おかしいぜ?」
そうだ。思い出した。そういえば、あたしは昨日の勉の演奏を半分しか聞いてないのだ。
「勉、もう一回、『加那ヨー天川』聞かせてよ? 昨日、ちゃんと聞けなかったから」
「別にいいけど」
「今日の昼休み、だめかな?」
「ええっ? 今日なー?」
勉は明らかに戸惑っている。
「なんで、お前ん家でいいだろ?」
「あんたよ、今度いつ休み取れるかもわからんのに、そんな無責任な約束するわけ?」
あたしが軽く睨むと、勉は仕方ないといった表情で頷いた。
「はいはい。わかったよ。全く、お嬢さんにはかなわないや」
昼休み。外は雨だったが、あたしは傘を用意して無理やり勉をサザン・ガーデンに連れ出した。付属教会の屋根で雨宿りをすればいいと思ったからだ。
「ま、病棟で弾いてて、途中に呼び出されるのも、しゃくだしな」
勉はそういって、付いてきてくれた。教会にたどり着いた。ひょっとしたらと思ってドアを押すと、なんと、開いている。
「……開いてるよ?」
「ほんとだ?」
サザンが海軍病院だったころは神父さんが常駐していたらしいが、最近では管理体制もあやふやになっていた。これでよく犯罪が起こらなかったものだ。
勉はベンチに座るとサンシンを構え、『加那ヨー天川』を高らかに弾いた。素晴らしい演奏だった。あたしは思わず拍手した。
「お嬢さんから拍手もらえるんだったら、自信持っていいな?」
まんざらでもないという様子の勉に、あたしは頼み込んだ。
「明日も、いい? あんたの演奏、もっと聞きたい」
「また、明日もなー?」
呆れたといった様子の勉に、こうけしかけた。
「あ、サンシンに自信が無いんだ?」
皮肉っぽく言うあたしに、勉が言い返す。
「そんなこと、ないよ」
「じゃ、明日も、いいね?」
「……わかったよ」 ((2)へつづく)
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
翌日、あたしは、スカートを履いた。メイクにも気を遣い、できるだけおしとやかに振舞おうと心に決めた。
「多恵子さーん、おっはー」
出勤してすぐ、通用口の廊下で千秋と合流する。
「里香さんの誕生日プレゼントの件ですけど」
今月の二十八日が里香の誕生日だ。でも、今年は彼女のバースデー休暇に付き合う必要がない。だって、里香にはもう照喜名先生がいらっしゃるし。
「電気式のアロマランプってのは、どうでしょう?」
プレゼント選びに関しては、千秋のセンスは抜群だ。異議を唱える必要はなかった。
「千円寄付するから、千秋、デパートで見繕ってもらえる?」
「いいですよー」
千秋はあたしが渡した夏目漱石を財布にしまい、あたしを見て小首を傾げた。
「多恵子さん、具合でも悪いの? なんか、いつもの元気はつらつな多恵子さんらしくないよ?」
あたしは、そんなに、「元気しか取り得のない人間」にしか、見えないのだろうか?
「おはよー、あげ、今日はスカートか?」
向こうから金髪頭がやってきた。勉だ。昨日、サンシンを真剣に弾いていた姿が脳裏をよぎる。どう振舞っていいのかわからない。
勉はしげしげとあたしの姿を頭のてっぺんからつま先まで眺め回した。
「はっしぇ、うっさ美ら恰好っし。あんすくとぅ今日や霧雨なてーさやー?」
し、失礼な!
いつもの癖で右腕を振り上げようとして、やめた。
あなたには、嫌われたくない。
「……そうなんだはずね」
右手を降ろして小声でつぶやき、あたしはロッカールームを目指した。
「お、おい、ちょっと待て、多恵子!」
勉が追いかけてきて、あたしの右肩をつかむ。
「どうした、汝、おかしいぜ? 何があった?」
「別に、何でもないよ?」
「本当やみ? 汝がこんな大人しいって、ありえんよ。病気やあらに?」
「大人しくて、悪かったね?」
答えて、悲しくなった。
やっぱり、あんたは、あたしのこと、ただの能天気な女としか思ってないんだね?
歩き出そうとするあたしを、再び勉が止める。
「そういえば、松田さんが今日、退院ってのは聞いてるよな?」
「え、そうなんだ?」
あたしは指を折ってみた。確かに房子さんは五日間の入院だから、計算上は今日退院になる。
「昨日、あの後、多恵子に会いたがってたぜ。お礼が言いたいって」
「わかった。着替えたら外科病棟に寄ります」
「そうしてあげて」
そう言い終わると、勉はカンファ室へと向かっていった。
「多恵子さん、お世話になりました」
房子さんは、三階のエレベーターホールで迎えにいらした姪っ子さんと一緒だった。深々と頭を下げている。本当に礼儀正しい方だ。
「よかったですね、無事に退院できて」
「また、西原公民館で舞踊の指導を頑張ることにしました」
房子さんは姪っ子さんと顔を見合わせ、にっこりと微笑んだ。良かった。もう、安心ですね?
エレベーターがやってきた。房子さんが乗り込む。
「あ、知念さん」
房子さんの声に振り返ると、知念さんがこっちを見ていた。
房子さんが手を振った。知念さんも微笑みながら左手を挙げた。そして、エレベーターの扉が静かに閉じた。
「行っちゃったねー。きっと、松田さんは、ユルとなったんだねー」
いつの間にやら、あたしの隣には田本ユミさんがいた。
「ユルとなったって?」
「胸ぬ晴り晴りとぅ、ハッピーなったってことさー」
「ハッピーか、なるほどね」
ユミおばぁの説明にあたしが納得して頷くと、おばぁがあたしの耳元でこう囁いた。
「東風平さんも、上間先生とハッピーならんとねー」
……い?
「ち、ち、ちょっと、田本さん? 何てコト言うの!」
「ハハハ! あー、若い人は面白いねー!」
そう言ってユミおばぁは、杖をつきつき意気揚々と引き上げていった。
ああ、いけない。完全にユミおばぁの術中にはまっている。看護師としての威厳を取り戻さなくっては。よし、頑張るぞ!
胸を張って歩くと、朝の回診途中の勉とばったり会った。
「お、平常の多恵子んかい戻てーさや?」
そう言われて、また意気消沈してしまった。ああ、やっぱりあたしは、おしとやかにはなれないのだろうか?
「どうした。なんで、がっかりする? お前、やっぱり今日、おかしいぜ?」
そうだ。思い出した。そういえば、あたしは昨日の勉の演奏を半分しか聞いてないのだ。
「勉、もう一回、『加那ヨー天川』聞かせてよ? 昨日、ちゃんと聞けなかったから」
「別にいいけど」
「今日の昼休み、だめかな?」
「ええっ? 今日なー?」
勉は明らかに戸惑っている。
「なんで、お前ん家でいいだろ?」
「あんたよ、今度いつ休み取れるかもわからんのに、そんな無責任な約束するわけ?」
あたしが軽く睨むと、勉は仕方ないといった表情で頷いた。
「はいはい。わかったよ。全く、お嬢さんにはかなわないや」
昼休み。外は雨だったが、あたしは傘を用意して無理やり勉をサザン・ガーデンに連れ出した。付属教会の屋根で雨宿りをすればいいと思ったからだ。
「ま、病棟で弾いてて、途中に呼び出されるのも、しゃくだしな」
勉はそういって、付いてきてくれた。教会にたどり着いた。ひょっとしたらと思ってドアを押すと、なんと、開いている。
「……開いてるよ?」
「ほんとだ?」
サザンが海軍病院だったころは神父さんが常駐していたらしいが、最近では管理体制もあやふやになっていた。これでよく犯罪が起こらなかったものだ。
勉はベンチに座るとサンシンを構え、『加那ヨー天川』を高らかに弾いた。素晴らしい演奏だった。あたしは思わず拍手した。
「お嬢さんから拍手もらえるんだったら、自信持っていいな?」
まんざらでもないという様子の勉に、あたしは頼み込んだ。
「明日も、いい? あんたの演奏、もっと聞きたい」
「また、明日もなー?」
呆れたといった様子の勉に、こうけしかけた。
「あ、サンシンに自信が無いんだ?」
皮肉っぽく言うあたしに、勉が言い返す。
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