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Part3 The year of 2000

Chapter_12.蜜月の日々(1)多恵子のスーツケース

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At Los Angeles; December 1, 10:30AM PST, 2000. 
The narrator of this story is Tsutomu Uema.

僕らはロサンゼルス空港の駐車場にいた。早速、多恵子のスーツケースを車のトランクに乗せようとしたが、びくともしない。
「うわ、これ、重いなー」
「あ、いいよ。あたし、やるから。よいしょっと」
なんと彼女は、こともなげにスーツケースをトランクへ入れたのだ。それも、あのクソ重いのを二個、同時に!

冬だというのに、僕の額を冷や汗が流れていった。
でーじやっさー。やっぱりこいつ、怪力女だ。おまけに空手の経験者だ。こんなやつと本気で喧嘩したら、体がいくつあっても足りんぜ。
「でさ、なんで二個も持ってきたの?」
車に乗り込みながら恐る恐る尋ねる。
「あんたにいっぱい、お土産持って行くってさー」
「お土産? 何を?」
すると多恵子は早口で一気にしゃべりはじめた。
「レトルト琉球料理シリーズ、インスタント沖縄そば、ゴーヤージュース、シークヮーサージュース、乾燥パパイヤ、ちんすこう、サーターアンダギー、タンナファクルー、塩せんべい、あんだんすー、コーレーグース、海ぶどう、アーサ、もずく、それからえーっと」
「わかった、もういい、もういい」
僕は彼女の言葉を途中でさえぎり、エンジンを掛けた。多恵子はかまわずしゃべっている。
「税関で大変だったんだよー。麻薬の密輸と勘違いされてさー」
そりゃ、女の子が一人でこんなに荷物担いでたら、普通は疑うわな。
「だからさ、スーツケース開けてずーっと英語でさ、『うちのボーイフレンドがどぅくをぅーがりてぃ、卒倒ぶちくんならならーそーいーびん。やくとぅ(だから)、象ぬぐぅとぅ全部むるうちゎゆるはじやいびーくとぅ、心配しわーさんてぃん、たさいびーんどー』って説得してた」

久々に感動の再会を果たしたばかりというのに、早くも僕は頭を抱えてしまった。申し訳ないが多恵子。それは説得というより、いい恥さらしだぜ。まあ、僕自身ホームシックにかられたあまり、卒倒ぶちくんならならーしてた(悶絶しかけた)のは事実だけどさ。決して飢えてたからじゃないよ?
しかし、よくわからないな。「象のように食べる」って、英語にそんな表現あったか? 車を発進させながらずっと考えていたが、……ああ、わかったぞ!
「……多恵子、それ、馬だよ。‘eat like a horse’ だろ?」
「あ、そうだっけ? そうか、だから税関の人たち、笑ってたんだ」
そりゃ、かなり笑えただろうな。ニュアンスとして通じたとは思うけどね。むしろこの、どこか間の抜けた彼女のひたむきさが、かえって税関の職員に好印象を与え入国許可に結びついたのだろう。この天然ぶりは敬礼に値するよ。あっぱれ!
僕は彼女の間違いをフォローしてやることにした。
「確かに、馬より象のほうがでかいしな。いいよ、俺、象でも」
すると多恵子は意地悪そうにこう言ったのだ。
「そうだよねー。勉、太ったもんねー」

なぬ? それが今、フォローしてやった僕に言うセリフか?

「うるせえな。二キロだけじゃねーか。運動すればすぐ戻るよ」
僕がむくれると、多恵子はにっこり笑った。
「じゃあ、今から象さんに鳴いてもらいましょうか?」
……ぎくっ!
「え、な、鳴くんですか?」
運転したまま固まる僕に、多恵子は勝ち誇ったように語り続ける。
「まさか、鳴かないって言わないよねー。リクエストにお応えして、沖縄から折角飛んできてあげたんだし?」
僕は多恵子の声を必死でさえぎった。
「あ、あ、判りました。鳴きます、鳴きます」
ここで帰られたら困るよ。帰らないとは思うけど、でも、万一そうされたら、あのスーツケースの中身がもったいない……いや、そんな物、惜しくなんかないけどさ。とにかく、困るんだ。
僕は覚悟を決め、咳払いをした。象の鳴き声は英語でTrumpetという。ラッパのように甲高いからだ。要するに、ラッパっぽい音を出せばいい。
「じゃ、一度だけだからな」
そして、深呼吸して大声を張り上げた。
「ぱおーん!」

多恵子の朗らかな笑い声が車内中に響いている。
「あははは! 勉、本当にやった! あはは!」
笑ってなさい。気の済むまで笑ってろ。とにかく、帰るなよ? そうそう、一応、口止めしとかないとな。僕は運転しながら、一瞬だけ彼女を軽く睨んだ。
「お前、これサザンで言いふらすなよ?」
「あはは、言わない、言わない! あははは!」
本当だろうな? これでサザンに帰ってスタッフや患者さんから「象さん」と呼ばれた日にゃ、今まで頑張って築き上げたクールな男の印象が音を立てて崩れてしまう。 ((2)へつづく)
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