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Part4 Starting Over
Chapter_06.Dr. Uemaは再始動しました(2)久々の再会、のはずなのに
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At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; February 19, 2001.
At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; February 23, 8:30AM JST, 2001.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
その日の午後、僕は内視鏡手術を受けた。何度か手術を受けたせいか麻酔の効きが悪く、手術開始が遅れイライラした。だがオペ終了後、自力での起立姿勢はおおかた大丈夫だという話に僕はほっと胸をなでおろした。それだけではない。AFOと呼ばれる装具さえつければ、松葉杖なし歩行も夢ではないという。
さすがは、美樹先生だ。麻酔の件をけろりと忘れ、僕は自分の幸運を喜んだ。
手術後は三日間、CMPという機械を右足につけっぱなしにされた。麻酔を打ち続けながら絶えず膝関節を動かして、強制的にリハビリを行うことで可動域をできるだけ確保するのだ。お陰で全然動けなかった。薬の副作用で体温が上がって妙にだるい。食欲も湧かない。トイレにすら行けず、僕は尿瓶に用を足した。それでも尿道カテーテルじゃない分、まだましだ。
師匠とおばさんは毎日、お見舞いにいらしてくださった。黒砂糖や葛餅、乾燥梅干といった、いかにも沖縄らしいお菓子の差し入れがありがたかった。それに、サンシンを触っていれば、しじゅう膝を動かされている不快感も和らぐ。いつしか僕らは冗談を交わしながら病室で稽古を始めていた。
ところで、自宅静養でヒマしている多恵子からは、毎日、十通以上もメールが届いていた。ほとんどが愚痴と、返事をよこさない僕に対する抗議だ。
ずっと二階にいます。今日も一人です。
お父もお母もあんたのところに出かけてるからだよ。あー、退屈。
あたしはいつまでカッパちゃんの相手をしなければならないのかしら?
そんなこと言ったって、仕方ないでしょう? 右足にこんなでかい機械つけてどうやってまともなメール打てっていうんだよ。あと少し我慢すれば会えるんだから。辛抱してなさい。
二月二十三日、金曜日。
この日から、多恵子はサザン・ホスピタルに復帰し、五三〇号室のプライマリ・ナースになった。
特別室の患者さんには、介護責任者としてプライマリ・ナースが就く決まりになっている。師長であるマギーの計らいで、この一週間は粟国さんと千秋さんが主についていてくれていた。マギーは本当に患者さんをよく観察している。思いがけず彼女の患者になったことで、僕はそれを改めて再認識した。
「というわけで、今日から五三〇号室プライマリ・ナースを務めます、東風平多恵子です。よろしくお願いします」
金曜の朝八時。部屋の入り口で多恵子が他人行儀にそう言ってぴょこんとお辞儀をしたものだから、僕は吹き出してしまった。
「お前、どうした?」
「いえ、仕事ですから。あの、ご要望がございましたら、なんなりと」
本当にこいつは生真面目な奴だよ。僕は切り出した。
「じゃ、早速ひとつお願いしましょうかね。こちらへ来ていただいて」
「はい」
「そこに掛けて下さい」
「ここに、ですか?」
多恵子が腰を下ろした瞬間、僕はすばやく彼女を抱き寄せキスをした。考えても見てよ。せっかく帰国して同じ島にいるのに十日間も会えなかったんだよ? それに、十日前はキスだってしてないぞ?
「ち、ちょっと、私、現在勤務中で」
多恵子は赤面して僕の体を制止した。僕は体を離し、多恵子の顔をまじまじと眺めた。
「ご要望はって聞くから、しただけだよ。十日近く会ってないんだぜ? もうちょっと、こう、喜ぶとかさ、してくれてもいいんじゃないの?」
「だから、今は仕事中で」
僕は肩をすくめると、軽く吐息をついた。
「あのね多恵子、ここは個室で、俺は患者だよ? だから、ここは思いっきりプライベートな空間だよ?」
すると多恵子は、不満そうにこう漏らした
「あたしは、勤務中に私情を交えたくないんです」
やれやれ、君は本当にそういうところ、がーじゅー (我が強い、頑固)だよなー。
あてが外れた僕は、デスクのパソコンへ向き直った。
「じゃ、お使い頼んでいい? 下の売店でオレンジジュース買ってきて。100パーセントだったら何でもいいから。あと、外国郵便用の封筒もお願いね」
僕は財布を取り出すと、多恵子に五百円玉とクリアケースを渡した。
「それから、帰りに医局に寄って、俺がプリントアウトした書類、持ってきてもらえる? 汚さないように、このクリアケースに入れてきて」
「わかりました。では、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
多恵子は頷くと、立ち上がってドアの外へと姿を消した。((3)へつづく)
At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; February 23, 8:30AM JST, 2001.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
その日の午後、僕は内視鏡手術を受けた。何度か手術を受けたせいか麻酔の効きが悪く、手術開始が遅れイライラした。だがオペ終了後、自力での起立姿勢はおおかた大丈夫だという話に僕はほっと胸をなでおろした。それだけではない。AFOと呼ばれる装具さえつければ、松葉杖なし歩行も夢ではないという。
さすがは、美樹先生だ。麻酔の件をけろりと忘れ、僕は自分の幸運を喜んだ。
手術後は三日間、CMPという機械を右足につけっぱなしにされた。麻酔を打ち続けながら絶えず膝関節を動かして、強制的にリハビリを行うことで可動域をできるだけ確保するのだ。お陰で全然動けなかった。薬の副作用で体温が上がって妙にだるい。食欲も湧かない。トイレにすら行けず、僕は尿瓶に用を足した。それでも尿道カテーテルじゃない分、まだましだ。
師匠とおばさんは毎日、お見舞いにいらしてくださった。黒砂糖や葛餅、乾燥梅干といった、いかにも沖縄らしいお菓子の差し入れがありがたかった。それに、サンシンを触っていれば、しじゅう膝を動かされている不快感も和らぐ。いつしか僕らは冗談を交わしながら病室で稽古を始めていた。
ところで、自宅静養でヒマしている多恵子からは、毎日、十通以上もメールが届いていた。ほとんどが愚痴と、返事をよこさない僕に対する抗議だ。
ずっと二階にいます。今日も一人です。
お父もお母もあんたのところに出かけてるからだよ。あー、退屈。
あたしはいつまでカッパちゃんの相手をしなければならないのかしら?
そんなこと言ったって、仕方ないでしょう? 右足にこんなでかい機械つけてどうやってまともなメール打てっていうんだよ。あと少し我慢すれば会えるんだから。辛抱してなさい。
二月二十三日、金曜日。
この日から、多恵子はサザン・ホスピタルに復帰し、五三〇号室のプライマリ・ナースになった。
特別室の患者さんには、介護責任者としてプライマリ・ナースが就く決まりになっている。師長であるマギーの計らいで、この一週間は粟国さんと千秋さんが主についていてくれていた。マギーは本当に患者さんをよく観察している。思いがけず彼女の患者になったことで、僕はそれを改めて再認識した。
「というわけで、今日から五三〇号室プライマリ・ナースを務めます、東風平多恵子です。よろしくお願いします」
金曜の朝八時。部屋の入り口で多恵子が他人行儀にそう言ってぴょこんとお辞儀をしたものだから、僕は吹き出してしまった。
「お前、どうした?」
「いえ、仕事ですから。あの、ご要望がございましたら、なんなりと」
本当にこいつは生真面目な奴だよ。僕は切り出した。
「じゃ、早速ひとつお願いしましょうかね。こちらへ来ていただいて」
「はい」
「そこに掛けて下さい」
「ここに、ですか?」
多恵子が腰を下ろした瞬間、僕はすばやく彼女を抱き寄せキスをした。考えても見てよ。せっかく帰国して同じ島にいるのに十日間も会えなかったんだよ? それに、十日前はキスだってしてないぞ?
「ち、ちょっと、私、現在勤務中で」
多恵子は赤面して僕の体を制止した。僕は体を離し、多恵子の顔をまじまじと眺めた。
「ご要望はって聞くから、しただけだよ。十日近く会ってないんだぜ? もうちょっと、こう、喜ぶとかさ、してくれてもいいんじゃないの?」
「だから、今は仕事中で」
僕は肩をすくめると、軽く吐息をついた。
「あのね多恵子、ここは個室で、俺は患者だよ? だから、ここは思いっきりプライベートな空間だよ?」
すると多恵子は、不満そうにこう漏らした
「あたしは、勤務中に私情を交えたくないんです」
やれやれ、君は本当にそういうところ、がーじゅー (我が強い、頑固)だよなー。
あてが外れた僕は、デスクのパソコンへ向き直った。
「じゃ、お使い頼んでいい? 下の売店でオレンジジュース買ってきて。100パーセントだったら何でもいいから。あと、外国郵便用の封筒もお願いね」
僕は財布を取り出すと、多恵子に五百円玉とクリアケースを渡した。
「それから、帰りに医局に寄って、俺がプリントアウトした書類、持ってきてもらえる? 汚さないように、このクリアケースに入れてきて」
「わかりました。では、行ってきます」
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多恵子は頷くと、立ち上がってドアの外へと姿を消した。((3)へつづく)
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