Magia

桐戸李泉

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パンドラ編

第四話 小さな灯

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日が沈み始めるころ、パンドラの家に戻る。
 帰って早々、パンドラが棚の奥から取り出したのは、一冊の古い本。
 革表紙にひびが入り、留め具の金具が錆びついている。

 「これね、魔法について書いてあるって言われている魔導書なの。でも、何度読んでも意味が分からなくて」

 パンドラはそう言って魔導書を渡してきた。
 ページをめくると古代の文字と、魔法陣の断片が大量に書かれている。単純な魔法ではない。
 いくつもの複雑な手順を踏んでいる。

 「……討竜の系譜、か」
 「討竜? 竜を倒す魔法……?」
 「おそらくな。以前読んだ討竜について書かれた魔導書と似たような部分がある」
 「だったらシンは使うことができるの?」

 期待に満ちた目。
 しかし、その期待に沿うことはできない。

 「いや、難しいな。そもそも魔導書というのはその文字を理解するだけでなく、感じ取る者だけが扱える。ここに書かれていることを完全に再現することは難しいだろう」
 
 パンドラは眉をひそめた。

 「感じ取る……って、どうすればいいの?」
 「魔法は想像力と意思の結晶だ。“こうありたい”と願う力が形を持った。それを書き残したのが魔導書だ」

 言葉で説明することは難しい。
 パンドラの手を取る。

 「まずは簡単なものからいこう。指先に集中しろ。そこに小さな光が灯ると思え」
 「えっ……えっとこう?」

 パンドラの腕に力が入る。

 「力を入れる必要はない。まずは指先に集中するんだ」
 「……………………っ、はぁはぁ」
 「呼吸を止める必要もないぞ」
 「ええと……んっ」

 指先から出るのは煙のような魔力の残滓。

 「ううん、違う……!」
 「焦る必要はない。想像と魔力を一致させんだ。大事なのは想像力だ。何度でも繰り返して流れと想像力を一致させるしかない」

 それからしばらくの間、パンドラは指先の光景と想像力の間で格闘をしていた。

 夜の帳が降りるころ、彼女の指先から小さな光が生まれた。
 それはか細い灯火。
 けれど確かに、温かい。

 「……できた!」

 パンドラが目を輝かせる。
 
 「よくできたじゃないか」

 パンドラの頭をなでる。
 それと同時に心の奥から静かに満たされるような気分になった。

 ――平穏。

 それはありふれたものだ。
 だが、その感覚を忘れてしまうほど久しぶりの気分だった。
 
 「……うっ」

 突然、頭の奥が軋む。
 視界が揺れ、膝が勝手に折れる。

 「シン!? どうしたの!?」

 パンドラが駆け寄る。

 「……大丈夫だ。今朝の瘴気が今更効いてきただけだ」

 そう言って立ち上がるが、呼吸がうまくできない。
 こめかみの奥で、誰かの声が囁く。

 ――――。

 その声を振り払うように目を閉じた。
 違う。これは瘴気ではない。
 知っている。
 これは『人格の上書き』の前触れだ。
 存在しない誰かが、内側から目を覚ます合図。

 「ほんとに大丈夫?」

 パンドラが心配そうに顔を覗き込んで来る。
 
 「大丈夫だ。眠ればすぐに治る」

 何とか立ち上がる。
 パンドラは俺が立ち上がる姿を見てそれ以上追究はしなかった。

 ———。
 
 声なき声が繰り返し頭を埋める。
 
 (ここで終わるわけには……)

 自分の意思とは裏腹にベッドに倒れこむ。
 意識が消える直前、聞こえたのは俺を心配するパンドラの声だった。
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