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第10話 力の在り方

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 この1000年、幾度となく内側からの脱出――無限牢獄の破壊を試みてきたフラムであったが、そのどれもがことごとく失敗に終わっている。

 けれども、まだ試していないことがある。
 内側からの破壊ではなく、第三者による外側からの破壊である。

(柄頭に装飾されるほど小さな石ころであるならば、非力な小娘でもさすがに楽勝であろうッ! ゼハハハ――)


「ということは、この魔石を壊しちゃったらいいってことですか?」
『如何にもッ! なかなか飲み込みが早いぞ小娘ッ!』

(僕……女の子じゃないんですけどな)

 まず最初に魔石を破壊するためにヨハネスが取った行動は、柄頭を地面に叩きつけるというシンプルかつ原始的な方法だった。

 しかしながら、その方法では当然びくともしなかった。

 ならばと、今度は手頃な石を柄頭に向けて金槌の要領で振り下ろす。が、これもダメ。逆に石が砕けてしまう。

 それならばと、今度は少々荒っぽくなってしまうが、先ほど交換した竜巻剣で魔石を叩き割ろうと試みる。

 が――

「全然ダメですよ。いくらなんでも固すぎです。これ本当に壊れるんですか?」
『まっ、当然よね』

 なぜか誇らしげに優越感に満ちた表情で微笑むユイシスに、フラムの顳顬がブチッと不可解な音を奏でる。

『このボンクラ人間がァッ! 貴様状況を理解しておるのかッ!』
『んっなこと言ったって仕方ないじゃない。あれはそもそもあんたを封印するためにアストライアが用意した魔石よ? そんなので壊れると思う方がどうかしてるわよ』

 けれども、そのようなことを言われて「はい、そうですか」と納得するわけにはいかない。

 1000年目にしてようやく訪れた好機。

 フラムはなんとしても魔石を破壊し、今すぐにでも無限牢獄から解放されたかった。

『諦めるでないぞ小娘ッ! たとえ小さな攻撃でも、積み重ねればいずれ致命傷を負わせることもあるッ……やも知れぬ』

 応援団のごとく声援を飛ばし続ける大男を横目に、『いつまで続くかしら』と嘆息したユイシスが身を屈め、床(闇)に手を突っ込んだ。
 そして何やらゴソゴソと探しはじめる。

『あった!』

 闇から取り出したソファに腰を落ち着かせ、一緒に取り出したクマのぬいぐるみ(薄汚れた)をむぎゆっと胸に抱きかかえるユイシスは、恍惚の表情を浮かべながら意中の相手を見つめている。

『無意味に頑張る姿も愛らしいわっ!』

 それからヨハネスの日常はとても単調で過酷なものとなっていく。

 ヨハネスが起きてすぐに行うことは狩りである。食事の準備が整うと、ヨハネスは動けなくなるまで剣を振るった。

 標的はもちろん聖魔剣。
 柄頭に嵌めこまれた魔石の破壊が目的だ。

 そんな生活が10日を過ぎた頃、「もう無理ですっ!」ついにヨハネスの不満が爆発した。

「こんなのずっとやっても時間の無駄ですよ!」

 自棄になって白銀の剣を投げ捨ててしまうヨハネス。次いでそそくさと地面に転がった聖魔剣を回収する。

『なにを軟弱なッ! 諦めずに100年叩き続ければ割れるやも知れぬであろうがァッ! さぁ、文句を言わずに続けるのだッ!』
「嫌ですっ! 僕は精霊さんと違って人間ですよ? あと100年も生きられるわけないじゃないですか。それに、いつまでもここに居るわけにもいきません。僕には助けなきゃいけない大切な人がいるんです」
『なんだと小娘ッ!』

 ヨハネスの反抗的で投げやりな態度に、フラムの体からは憤怒の熱が渦巻く。

『貴様は世界皇帝になりたいのではなかったのかッ! そのような根性なしが世界を支配だと!? 笑止千万ッ! 笑わせるでないわ、この小娘がァッ!』
「あのですね、前々からいつか訂正しようと思っていたんですが、僕のことを小娘小娘って言いますけど。僕はこれでも誇り高きエンヴリオン帝国の皇子なんですよ!」

 10日間、無意味なことをさせられ続けてきた不満がここにきてついに大爆発。
 いつになく感情的になっていくヨハネスは、もうウンザリだと不平不満を口にする。
 予想外の反抗に数瞬固まってしまったフラムだったが、尤も彼が驚いていることはそんなことではない。

『皇子……だと? いや、どこからどう見ても人族ミムルの――』

 女ではないかと言いかけた言葉が、悲鳴じみた絶叫によってかき消される。


『嘘よぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ―――!!!!』


 10日間ソファに座って飽きもせず、にやにやと美しい絵画に見惚れるようにヨハネスを眺め続けていたユイシスが、突如フラムの声を遮り絶望を響かせた。

 信じられないといった様子で立ち上がり、大袈裟に目を見開いている。

 ぽとん。

 ぬいぐるみが静かに足下を転がった。

(可憐な天使ちゃんが皇子? 皇子って男の子のことよね? いやいや、気品溢れる天使ちゃんが高貴な生まれであることについては別にいいの。問題は天使ちゃんが自分のことを皇女でなく皇子と言い張ったこと)

『お、おい、ただの人間ユイシスよ。貴様大丈夫か? 小鬼のような顔色になっておるぞ?』

 あんぐりと大口を開けたまま思考するユイシスは、傍目からは今にも卒倒してしまいそうなほどに顔色が悪かった。それは思わずフラムが彼女を気にかけて言葉を紡ぐほどである。

 されど、今のユイシスには届かない。
 彼女の意識はもっと別の場所にあり、これまで培ってきた叡智のすべてを費やしている最中なのだ。

『ハッ!?』とユイシスは息を飲む。
 どうやら何か閃いたようだ。

 そういうことだったのねと、外にいるヨハネスを見つめながら一人納得した様子で首肯する。

(皇帝の座に就くことが許されているのは皇子だけ。だから天使ちゃんは皇女としてではなく、皇子として育てられたのよ。だから天使ちゃんの夢は皇帝だった。それなら自分のことを男だと思い込むように育てられていたとしても、なんら不思議なことではない。むしろ納得じゃないっ!)

 ユイシスは頑なにヨハネスを男の子だと認めようとはしなかった。特に男嫌いというわけでもなかったが、可愛いものにはめっぽう弱かった。

 それにはユイシス・レ・フイーユの生い立ちが深く関係している。

 戦争孤児であった彼女は聖光教会で幼少期を過ごすことになるのだが、そこでの暮らしは決して裕福なものではなかった。

 家族とともに暮らす同年代の友人たちは皆、親から可愛い服やアクセサリー、ぬいぐるみを買ってもらっていたけれど、孤児だったユイシスには当然なにもない。

 彼女はいつも友人たちが持つそれらを、羨ましそうに眺めるだけだった。

 そんなユイシスが初めて恋をした相手は、同性の女の子だった。

 いつも友人たちが持つぬいぐるみを羨望の眼差しで見ていたユイシスに気が付いた友人は、彼女のためにとこっそり手作りのぬいぐるみを作ってプレゼントしてくれたのだ。

 あの日以来、ユイシス・レ・フイーユの恋愛対象は同性となる。皇子であったとしてもヨハネスが可愛いことには変わりないのだが、ユイシスが萌えるためには皇子より皇女であってくれた方が何かと都合がいいというわけなのである。

『皇女でありながら自分を皇子だと思い続ける健気さ……萌えるわっ! なんてドラマチックなの! 今すぐにでも抱きしめてあのぷにぷに頬っぺを全力ですりすりしたいっ!!』

 絶望していたかと思えば、次の瞬間には覚醒したように瞳を輝かせているユイシスに、フラムは底知れぬ不気味さを感じていた。

(一体なんなのだ、部下を見つめる此奴の狂喜に満ちたこの眼はッ!? これではまさに変態そのものではないかァッ!?)

 周章狼狽するフラムを差し置いて、ヨハネスは観音扉に向かって歩きはじめていた。
 そのことに気が付いたフラムは、当然のように声を大にして叫んだ。

『どこへ行く気なのだヨハネスよッ!』
「一度迷宮を出ます」
『ならんッ! 貴様のような雑魚では何かあったときには手遅れになる!』
「ここにずっと居たって精霊さんたちを閉じ込めている魔石を壊せませんよ。それより一度、優秀な魔具職人エンジニアに見てもらった方がいいと思うんです」
魔具職人エンジニア……? なんだその聞きなれぬ職種は』
「何を言ってるいるんですか、魔具職人エンジニアは1000年前からずっとある職業ですよ?」

 ヨハネスの発言に首をかしげるフラムは、それとなくユイシスに知っているか? と視線を送った。これに対しソファに座り直して脚を組み替えるユイシスは、素直に知らないと首を横に振る。

『その魔具職人エンジニアってのは、具体的にどういうことを生業にしている人たちなのかしら?』

 わからないことは素直に聞く、それがユイシス・レ・フイーユである。

「文献によれば、その昔は魔法使いという愛称で呼ばれていたとか。けれど女神アストライアがもたらした魔法術式定着技術によって、魔鉱石などに魔法術式をプログラミングすることができるようになったんですよ。以降、その呼び方は魔法使いから魔具職人エンジニアへと変わりました。それによって文明は栄え、難しい魔法の勉強をしなくても、魔具を使えば誰でも手軽に魔法が使えるようになったんです。もちろん、魔具によって必要となる魔力量は異なってしまうので、足りなければそもそも発動しませんが」

 ヨハネスの説明を黙って聞いていたユイシスが、翡翠色の目を怪訝に細める。

『似てるわね、魔剣計画に使われた魔石の仕組みと』
『つまり、無限牢獄ということか?』
『参考にしたのは確かなんじゃない? ただ、無限牢獄はあくまであんたを封じ込め、力を強制的に借り受けるというもの。対する魔具職人エンジニアが作る魔具と呼ばれるそれは、人物ではなく魔法そのものを閉じ込めているんじゃないかしら』
『なるほど。ではあの時、ヨハネスがクルクルと跳び回っていたあれは、此奴の力ではなかったというわけか』

 吊り橋から投げ出された際、そこから脱するために魅せたスキルについてフラムが言及すると、「竜巻剣のことですか?」ヨハネスは答えた。

「仕組みは同じですが、あれは魔法ではありません。あっちのは技量定着術式といいます」
『技量定着術式……? それはなんだッ? 魔法術式定着技術とやらと何が違うッ』
「う~んと、分かりやすく説明するとですね、誰かが沢山修行してすごい技を身につけたとします。それを後世に伝えるには、やはり同じように鍛練を積んだ才あるものでなければ習得できません。しかし、技量定着術式はその人の動きそのものを魔鉱石のなかに記憶として保存するんです。それを魔力で呼び起こし、自動オートで使用者の体を使って再現するというものです」

 話を聞いたフラムは、馬鹿げていると頭を振ってあきれの色を見せる。

「自分の技術を売って一財産を築く人もいますからね」
『そんなものは真の強者とは言えないんじゃないかしら?』
『まったくだ。雑魚の悪知恵に過ぎんッ』

 神話の時代を自らの力で生き抜いてきた二人からすれば、魔法術式定着技術や技量定着術式など、到底認められるものではなかった。

「でも、強い人の魔具はやっぱり強いですよ。かなり高額ですし」
『そもそも軟弱な雑魚しかおらんのだから、強いも弱いもなかろう』
『それより天使ちゃんは出口がわかっているのかしら?』
「はい! 偉大なる精霊さんたちに道案内して欲しいです!」
『あら、可愛いっ! 迷宮ここはあんたの庭なんだから簡単でしょ?』

 ユイシスの問に『う~ん』と厳めしい顔で唸り考え込むフラムは、唯一の希望であるヨハネス部下を危険な外の世界に連れ出したくはなかった。

 ヨハネスからすれば迷宮の方が余程危険であるとも知らずに……。

『魔具職人とやらなら、破壊できるのだな?』
「エキスパートですからね。少なくとも繰り返し叩いてるだけよりかはグッと可能性は上がると思いますよ?」
『じぁあ決まりね! さっさと抜け出すわよ』
『ああァッ――糞ッ!』

 考えすぎてイライラが絶頂に達したフラムは、髪をかきむしり吠えた。

『少し距離はあるが、念のため尤も安全なルートをたどることにする。よいなッ!』
「はいです!」

 満面の笑みを返すヨハネスに、照れ臭そうに頬を赤く染めるフラム。その後方で、ユイシスは悶えるような悦楽の叫びをあげていた。
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