伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン

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第4話


​「……おはようございます」
「おう、三上。……お前、大丈夫か?」
​翌朝のギルド。
タイムカードを押す俺の顔色は、土気色だった。
目の下にはクマ。足取りは重い。
​対照的に、俺の背後には太陽のようなオーラを放つ男がいた。
​「おはよう、諸君! 今日も素晴らしい天気だ! 空気が美味い!」
​ガルド・ベルンシュタイン。
昨日の廃人寸前の姿はどこへやら。
肌はツヤツヤ、髪はサラサラ。
溢れ出る魔力はキラキラとした粒子となって周囲に漂い、すれ違う女性職員たちが「キャーッ! ガルド様素敵!」と黄色い声を上げている。
​(……俺の生体エネルギーを吸い尽くした結果がこれかよ)
​昨晩、俺は一睡もできなかった。
寝返りを打つたびにガルドが「動くな、匂いが散る」と抱きしめ直し、俺の首筋や背中に鼻を押し付けてきたからだ。
おかげで俺の体はバキバキだ。
​「さあ、行こうか、薫」
​ガルドが当然のように俺の腰に手を回す。
周囲の職員たちが「えっ?」「なんで三上が?」「あの腰の手つき、ガチじゃない?」とざわめく。
​「ガルド様、離れてください。職場ですよ」
「何を言う。君は今日から俺の『専属管理官』だ。片時も離れないのが仕事だ」
「そんな辞令もらってません!」
「今出した」
​ガルドは俺の抗議を笑顔でスルーし、専用のエレベーターへと俺を引きずり込んだ。
密室になった途端、ガルドが俺の耳元に顔を寄せる。
​「……人が多くて酔いそうだ。少し補充させてくれ」
「ちょ、ここ監視カメラが……!」
「スゥーーーーッ……」
​エレベーターが最上階に着くまでの三十秒間、俺は首筋を英雄に吸引され続けた。
チン、という到着音が、俺の理性のゴングに聞こえた。
​   ◇
​最上階、S級探索者専用執務室。
そこは、平社員の俺には一生縁のない場所だったはずだ。
​「入れ。ここが今日からの君の職場だ」
​ガルドが重厚な扉を開ける。
百畳はある広い部屋。
壁一面の窓からは王都が一望でき、床にはフカフカの絨毯。
そして部屋の中央には、黒檀で作られた巨大な執務机が鎮座していた。
​だが。
違和感があった。
​「……あの、ガルド様。あの机、なんか変じゃないですか?」
​ガルドの巨大な机の真横に、こぢんまりとした事務机がくっつけられていた。
いや、くっついているレベルではない。
ガルドの机の一部として埋め込まれている。
しかも、その周囲を腰の高さほどのガラスのパーティションが囲っていた。
​「気に入ったか? 俺が一晩で工兵部隊に作らせた」
「……これ、どう見ても『檻』ですよね?」
「『聖域』と呼んでくれ」
​ガルドは満足げに頷いた。
​「君がそこで仕事をすれば、俺は仕事をしながら君の匂いを摂取できる。さらにガラスの壁で君のフェロモンが拡散するのを防ぎ、俺の方へ流れる空調設計になっている」
「才能の無駄遣い!!」
​俺は抗議したが、すでに俺の荷物はその「檻」の中に移動されていた。
逃げ場はない。
​「座れ。仕事が山積みなんだ」
​ガルドに促され、俺は渋々その席に座った。
距離が近い。近すぎる。
俺が椅子を引くと、ガルドの肘に当たる距離だ。
​「では、始めようか」
​ガルドは上機嫌で書類の山を取り出した。
俺の仕事は、ガルドが溜め込んでいた決裁書類の一次チェックだ。
事務職としては慣れた作業だが……。
​「……はい、これ確認しました。不備ないです」
​俺が書類を一枚、ガルドに渡す。
するとガルドは、その書類を受け取り――鼻に近づけた。
​「……ふむ」
​スゥッ……。
​「ガルド様?」
「よし、承認」
​バンッ! と豪快にハンコを押す。
​「あの、今、嗅ぎましたよね? 内容読みました?」
「読んださ。……君の指先が触れた紙の端から、微かにインクと君の汗の混じった匂いがする……。素晴らしい。これなら面倒な書類仕事も苦にならない」
​ガルドは次の書類を催促するように手を伸ばした。
​「次だ。もっと触ってから渡してくれ。できれば全体を撫で回してから」
「書類が汚れます!」
​だが、効果は絶大だった。
今まで「読むと頭痛がする」と言って書類を放置していた脳筋英雄が、俺が渡した書類だけはマッハの速度で処理していくのだ。
ギルドの事務処理速度は、この日、創業以来の最高記録を叩き出したという。
​「ハァ……ハァ……。この予算申請書……君がため息をつきながらチェックしただろう? 苦悩の匂いが染み付いている……」
「変態!! ハンコ押して!!」
​   ◇
​昼休み。
俺は疲労困憊で机に突っ伏していた。
精神的な疲れがすごい。
​「薫、飯だ」
​ガルドがどこからかワゴンを運んできた。
そこには、高級レストランのフルコースが並んでいた。
厚切りのステーキ、トリュフのスープ、色とりどりのサラダ。
​「え、これ俺の分ですか? 社食のA定食でいいんですけど」
「食え。全部だ」
​ガルドはナイフとフォークで肉を切り分け、俺の口元に差し出した。
​「あーん」
「……自分で食べます」
「駄目だ。君の手は疲れているはずだ。俺が運ぶ」
「過保護か!」
​結局、俺はガルドに餌付けされる羽目になった。
肉汁溢れるステーキを口に運ばれ、咀嚼し、飲み込む。
その喉の動きを、ガルドがじっと観察している。
​「……いいぞ。もっと食え。もっと栄養を摂れ」
​ガルドの目が、怪しく光った。
​「君は痩せすぎだ。骨と皮では匂いの保持力が弱い。……もっと肉をつけて、脂肪をつけて、俺好みの匂いを熟成させるんだ」
「家畜!? 今俺のこと家畜として見てますよね!?」
​「脂肪は香りを蓄える最良の器だ。……君が丸々と太ったら、その腹に顔を埋めて一日中深呼吸するのが俺の夢だ」
「絶対太りませんからね!!」
​俺は誓った。
この変態英雄の性癖を叶えないために、明日からはサラダチキン生活をしよう、と。
​だが、そんな俺の決意をあざ笑うかのように、ガルドはデザートの特大プリンを俺の口にねじ込んできたのだった。
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