伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン

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第9話

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​「着いたぞ、薫。ここが我々の愛の巣だ」
​夜空を駆けること数分。
ガルド様に抱えられたまま降り立ったのは、王都の一等地、貴族街のど真ん中だった。
​目の前には、白亜の大豪邸。
……と言えば聞こえはいいが、俺の目には「要塞」にしか見えなかった。
​「……あの、ガルド様。壁の高さ、5メートルくらいありません?」
「防犯のためだ」
「その上の鉄条網、なんかビリビリいってません?」
「高圧電流と、対ドラゴン用の撃退魔法を付与してある。……君を狙う害虫は、灰にする」
​ガルド様は爽やかに笑うと、指紋認証と声紋認証、さらに魔力パルス認証を経て、巨大な門を開けた。
セキュリティが国家機密レベルだ。
​「おかえりなさいませ、旦那様」
​門をくぐると、ズラリと並んだ使用人たちが深々と頭を下げた。
執事にメイド、庭師まで総勢五十人はいるだろうか。
​「ご紹介しよう。今日からこの家の『主』となる、三上薫様だ」
「「「おかえりなさいませ、奥様!!」」」
「誰が奥様だ!!」
​俺のツッコミは、訓練された使用人たちの完璧な笑顔に弾き返された。
彼らの目には「ああ、やっと旦那様が『例のブツ』を持ってきたか」という、生暖かい諦めの色が浮かんでいた。
​   ◇
​「薫、君に案内したい部屋がある」
​夕食(最高級フルコース)を無理やり口に詰め込まれた後、ガルド様は俺の手を引いて廊下を進んだ。
向かったのは寝室……ではなく、地下への階段だった。
​「地下? ワインセラーですか?」
「もっと高価で、神聖なものだ」
​地下室の扉は、銀行の大金庫のような重厚な鋼鉄製だった。
ガルド様が複雑なパスワードを入力し、虹彩認証をパスする。
プシューッ、
扉がゆっくりと開いた。
​「……入れ」
​促されて、俺は一歩足を踏み入れた。
​ヒヤリとした冷気。
徹底された空調管理。
そして、ほのかに香る……俺の匂い?
​「な……ッ!?」
​照明がついた瞬間、俺は言葉を失った。
​そこは、博物館だった。
広い空間に、ガラスのショーケースが整然と並んでいる。
だが、中に飾られているのは美術品ではない。
​『三上薫氏・使用済み歯ブラシ(202X年モデル)』

『三上薫氏・学生時代のジャージ(上下セット)』
​「ひぃぃぃッ!?」
​俺は悲鳴を上げて後ずさった。
​「な、なんですかこれ!? 俺のジャージ!? 実家のタンスに入れてたはずじゃ……」
「ああ。三年前、君の実家がリフォームした際に業者に紛れ込んで回収した」
​ガルド様は愛おしそうにショーケースを撫でた。
​「真空パックにしてあるから、当時の君の汗の成分は完全に保存されている。……素晴らしいだろう?」
「犯罪です!! 警察! 誰か警察を呼んで!!」
​俺はパニックになって走り回ったが、出口はロックされている。
壁一面に飾られた写真。
俺が通勤する姿、本屋で立ち読みする姿、広場で猫を撫でている姿。
全部、盗撮だ。
​「い、いつから……? 俺たちが出会ったのは、先週のギルドロビーじゃ……」
「出会ったのは、な」
​ガルド様が、俺の背後に立った。
冷たい吐息が耳にかかる。
​「俺が君を知ったのは、五年前だ。……ある依頼で傷ついた俺が、路地裏で倒れていた時。君が通りかかって、俺にハンカチを貸してくれただろう?」
​記憶の糸を手繰り寄せる。
そういえば、そんなことがあったような……?
ただの酔っ払いだと思って、使い古しのハンカチを渡して放置した記憶が。
​「あのハンカチの匂いを嗅いだ瞬間……俺の『世界』が変わったんだ」
​ガルド様がショーケースの一つを指差す。
そこには、ボロボロになった安物のハンカチが、まるで王冠のようにベルベットのクッションの上に鎮座していた。
​「それ以来、俺はずっと君を見ていた。影から、君の匂いを集め続けていた……」
「怖すぎる!! なんで声かけてくれなかったんですか!?」
「怖がらせると思ったからだ」
「今が一番怖いですよ!!」
​俺は頭を抱えた。
英雄だと思っていた男は、ただの年季の入ったストーカーだった。
​「そして……ここが、この部屋の中心だ」
​ガルド様が部屋の中央を示す。
そこには、巨大なキングサイズのベッドがあった。
だが、布団ではない。
山のように積み上げられた、俺の古着、タオル、シーツ、ぬいぐるみで作られた、巨大な『巣』だ。
​「俺は毎晩、この中で眠っていた。君の残滓に包まれて……君の夢を見ながら」
​ガルド様が巣の中に身を投げ出した。
古着の山に顔を埋め、深々と息を吸い込む。
​「スゥーーーーッ……。だが、これらは所詮、抜け殻だ。時間が経てば匂いは薄れる。……虚しかったよ」
​ガルド様が顔を上げ、俺を見た。
その目は、飢えた獣のようにギラギラと輝き、同時に、泣き出しそうなほど切実だった。
​「おいで、薫」
​ガルド様の手が伸びる。
​「抜け殻はいらない。……本物が、欲しいんだ」
​「い、嫌です! そんなゴミの山に入りたくない!」
「ゴミではない! 聖遺物だ!」
​ガルド様の魔力が発動した。
俺の体は宙に浮き、磁石のように引き寄せられる。
​「うわぁっ!?」
​ボフンッ!
俺は古着の山――「巣」の中心に落とされた。
柔らかい感触。そして、猛烈な自分の匂い。
いや、違う。俺の匂いに混じって、ガルド様の濃密な雄の匂いが染み付いている。
​「捕まえた」
​上から、ガルド様が覆いかぶさってきた。
重い。熱い。
逃げようとしても、四方八方を自分の古着と英雄の筋肉に囲まれている。
​「離して! むさ苦しい!」
「無理だ。……今日は、記念すべき同居初日だぞ?」
​ガルド様は俺の首筋に顔を埋め、今までで一番深い深呼吸をした。
​「スゥッッ…………ハァ…………。やっぱり、本物は最高だ……。生きている……温かい……」
​ガルド様の腕が、俺を強く、しかし壊さないように優しく抱きしめる。
​「もう二度と、ガラス越しにはさせない。……君は、俺の中で生きるんだ」
​その声には、狂気じみた独占欲と、安堵の響きがあった。
俺の意思なんて関係ない。
この要塞から出ることは、もう一生不可能なのだと悟った瞬間だった。
​「……諦めて、寝てください。明日も仕事なんでしょ」
「ああ。君の寝息を聞きながら眠れるなんて……死んでもいい」
「死なないでください。国が困ります」
​俺はため息をつき、観念して目を閉じた。
背中に張り付く英雄の体温は、悔しいけれど、暖かくて、ひどく安心する。
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