伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン

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第15話

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​「……えー、今回の損害賠償請求額ですが」
​王宮、謁見の間。
財務大臣が脂汗を流しながら、一枚の羊皮紙を震える手で差し出した。
そこに書かれた数字の羅列を見て、俺、三上薫は目を剥いた。
​「いち、じゅう、ひゃく、せん……おく!?」
​国家予算かよ。
王立研究所の全壊、周辺道路の陥没、結界の修復費用。
どう考えても、一個人が払える額ではない。
​「……ガルド様、これどうするんですか。俺の給料、手取り18万ですよ? ローン組んでも来来来世までかかりますよ」
「心配するな」
​ガルド様は鼻で笑うと、アイテムボックスを開いた。
​ドサドサドサァッ!!
​床に何かがぶちまけられた。
虹色に輝く巨大な鱗、見たこともない宝石、そして魔力を帯びた剣や鎧の数々。
​「こ、これは……! 古代竜の逆鱗!? それにオリハルコンの原石!?」
​財務大臣が眼鏡をずり落として叫んだ。
​「全部で市場価格の倍はあるはずだ。……釣りはいらん。余った分で研究所の研究員たち(被害者)に退職金でも払ってやれ」
「は、ははーっ! ありがとうございます!!」
​大臣たちが床に這いつくばって素材をかき集める。
俺は口をあんぐりと開けていた。
​「……ガルド様、貯金いくらあるんですか?」
「数えたことはないが、この国を三回は買えるな」
「……ヒモになります」
「喜んで養おう」
​ガルド様は俺の腰を抱き寄せ、ニヤリと笑った。
金銭感覚が狂っている。でも、この財力があれば俺の老後は安泰かもしれない。
少しだけ、現金な考えが頭をよぎった。
​   ◇
​「薫、あそこを見てくれ」
​王宮からの帰り道、装甲馬車の窓から外を指差された。
そこには、見事に何もない更地があった。
数日前まで、あのネロンがいた研究所があった場所だ。
今はただの巨大なクレーターとなり、重機が入って整地作業をしている。
​「……綺麗さっぱりなくなりましたね」
「ああ。あそこを買い取った」
「は?」
「『薫・メモリアルパーク』を作る」
​ガルド様が真顔で言った。
​「中央には君の巨大な銅像を建てる。ポーズは、俺に首筋を嗅がれて恍惚としている瞬間の――」
「却下です!! 絶対に!!」
​俺は食い気味に叫んだ。
公開処刑にも程がある。
​「なんでだ? 噴水からは君の体臭を再現した香水を流し、売店では『薫の残り香』を販売する予定だ。全部俺が買う」
「通報しますよ!? 頼むから更地のままにしてください! ドッグランとかでいいですから!」
「ドッグランか……。俺(犬)と君が戯れる場所……悪くない」
​ガルド様は顎に手を当てて真剣に検討し始めた。
この人、放っておくと本当にやりかねない。
俺は今後、この更地の利用計画を厳重に監視しなければならないと誓った。
​   ◇
​翌日、ギルドへ出勤すると、世界が変わっていた。
​「おはようございます、三上様!」
「三上様、これ差し入れのクッキーです!」
「三上様、肩お揉みしましょうか?」
​職員たちの態度が激変していた。
以前の「巻き込まれて可哀想な奴」という視線ではない。
「猛獣の手綱を握る唯一の英雄」を見る崇拝の眼差しだ。
​「……やりづらい」
「そうか? 俺は快適だが」
​ガルド様は俺の隣で、山積みになった書類を猛スピードで処理していた。
俺のデスクは、さらに強化され、防弾ガラスと魔法障壁で完全に隔離されていた。
もはや執務室というより、見世物小屋だ。
​「……ガルド様、仕事早くなりましたね」
「君が触れた書類だからな。一枚一枚がラブレターに見える」
​ガルド様は書類に鼻を擦り付け、「スゥーッ」と深呼吸してから承認印を押す。
変態行為だが、国の行政スピードが上がっているなら文句は言えない。
​「……まあ、平和ならいいか」
​俺はコーヒーを啜り、苦笑した。
誰も傷つかず、誰も死なず、仕事も片付く。
俺のプライバシーがないこと以外は、完璧な職場環境だ。
​   ◇
​その夜。
ガルド様の屋敷の、例の「巣」にて。
​「……んん……」
​俺はガルド様の腕の中で目を覚ました。
重い。暑い。
でも、不思議と不快ではなかった。
​「……起きたか」
​頭上から声が降ってくる。
ガルド様は起きていた。窓から差し込む月明かりが、その彫刻のような横顔を照らしている。
​「……眠れないんですか?」
「いや。……君の寝顔を見ていたら、満たされてしまってな」
​ガルド様が俺の額にキスをした。
触れるだけの、優しいキス。
​「……魔力中毒の痛みが、消えた」
​ガルド様が俺の手を取り、自分の胸に当てた。
ドクン、ドクンと、静かで力強い鼓動が伝わってくる。
​「以前は、常に心臓が焼けるように熱かった。……だが今は、凪いだ海のように静かだ」
「……良かったですね」
「ああ。……ありがとう、薫」
​ガルド様が、俺を強く抱きしめた。
その腕の震えは、もうなかった。
​「君は俺の薬であり、酸素であり……生きる理由だ」
「……重いです」
「愛の重さは物理質量に比例する」
「また訳の分からないことを…」
​俺は軽口を叩きながら、ガルド様の背中に腕を回した。
背中の傷跡。歴戦の英雄の証。
この大きな背中が、俺を守ってくれている。
そして俺もまた、この背中を支えているのだ。
​「……おやすみなさい、ガルド様」
「ああ。……おやすみ、俺の飼い主殿」
​首筋に、甘い吐息がかかる。
いつもの「スゥーッ」という音を子守唄に、俺は再び深い眠りへと落ちていった。
​俺たちの奇妙な共依存生活は、まだ始まったばかりだ。
これから先、もっと大変なことが待っている気がするけれど……まあ、この猛獣と一緒なら、なんとかなるだろう。
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