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第18話
「ふぅ……。疲れた……風呂入ろ…」
今日のガルド様の「吸引」は特に激しかった。俺の脇腹はまだ少しヒリヒリしている。
セラフィナ嬢の襲来もあり心身共に疲れ果てていた。
「……鍵、よし」
俺は浴室の頑丈な鍵を二重にかけた。
たまには一人でゆっくり湯船に浸かりたい。
誰かの鼻息を感じることなく、無心でアヒルのおもちゃを浮かべたいのだ。
服を脱ぎ、シャワーを浴びようとした、その時だった。
ドォォォンッ!!
もはや恒例行事となった轟音。
分厚いヒノキのドアが、蝶番ごと吹き飛んだ。
「――っ!?」
湯気の中から現れたのは、ギリシャ彫刻も裸足で逃げ出すような、完璧な肉体美を持つ男。
もちろん、全裸だ。
「ガ、ガルド様!? なんで入ってくるんですか!」
「なぜ鍵をかける? 水臭いぞ、薫」
「1人で入りたいからだよ!!いいから出てってください!」
俺は桶で股間を隠して抗議したが、S級探索者の前では無力だった。
ガルド様は俺の腕を掴み、問答無用で引き寄せた。
「一緒に入れば節水になる。……それに、君の背中を流せるのは、世界で俺だけだ」
◇
「……あ、あの。近いです」
結局、俺たちは広すぎる浴槽に二人で浸かっていた。
というか、俺はガルド様の膝の間に収まっていた。
いわゆる「親子入浴」スタイルだ。
「動くな。……君の肌に溜まった一日の汚れを、俺の手で優しく洗い流してやろう」
ガルド様は俺の背中にボディソープの泡を滑らせた。
その手つきは、驚くほど繊細だった。
いつもなら「洗うな! こするな!」と暴れるくせに、今日はやけに静かだ。
「……ガルド様?」
振り返ると、ガルド様は少し寂しそうな目で、俺の首筋に残る赤い痕を見ていた。
今日の昼間、強く吸いすぎてついたキスマークのような鬱血痕だ。
「……すまない」
ガルド様の指が、その痕をなぞる。
「夢中になると、加減ができなくなる。……痛かったか?」
「……まあ、少し。でも、慣れましたよ」
俺が苦笑すると、ガルド様は俺の肩に額をこつりと預けた。
濡れた髪が肌に触れる。
「……俺は、化け物だ。君を傷つけたくないのに、君を貪らずにはいられない」
その声は震えていた。
俺は無意識に、視線をガルド様の体に落とした。
広い胸板、太い腕。
そこには、数え切れないほどの古傷が刻まれていた。
魔物の爪痕、魔法による火傷の痕。
この人が、どれだけの死線をくぐり抜けてきたか、どれだけの痛みに耐えてきたか。
「……痛くないんですか? その傷」
「……以前は痛かった。雨の日は特に」
ガルド様は俺の腰を抱き寄せ、耳元で呟いた。
「だが、君が来てからは……痛まない。君の匂いだけじゃなく、君の体温が……俺の傷を塞いでくれている気がする」
ドクン。
俺の心臓が、大きく跳ねた。
熱いお湯のせいじゃない。
背中に感じるガルド様の体温と、その弱々しい告白に、胸が締め付けられるような感覚を覚えたのだ。
(……なんだ、これ)
ただの変態だと思っていた。
俺を酸素ボンベとしか見ていないと思っていた。
でも、今の言葉は、俺という「人間」に向けられたもののように聞こえた。
「……ガルド様」
俺は向き直り、ガルド様の顔を見た。
湯気で少し上気した頬。濡れた色気を増した碧眼。
その瞳が、まっすぐに俺を捉えている。
「……匂い、しませんよ? 今、石鹸まみれだし」
「ああ、そうだな」
ガルド様は微かに笑った。
いつもなら「石鹸の匂いは邪魔だ!」と激怒するはずなのに。
「……不思議だ」
ガルド様の手が、俺の濡れた髪をすく。
「石鹸の香りで、君の『聖香』は薄れている。……なのに、愛おしいと思う」
「え……?」
「匂いがなくても……君がそこにいて、俺を見ているだけで……満たされる」
ガルド様の顔が近づいてくる。
俺は逃げなかった。
逃げられなかった。
鼻先が触れ合う距離。
ガルド様は、いつものように匂いを嗅ぐことはしなかった。
ただ、俺の瞳をじっと見つめ、そして――。
チュッ。
「……!?」
唇が触れた。
唇にではない。俺の額に。
それは、崇拝するような、あるいは宝物を慈しむような、優しく温かいキスだった。
「……好きだ、薫」
甘い囁き。
フェチとしての「好き」ではない。
男としての、切実な響き。
俺の顔が、一気に熱くなった。
お湯の温度のせいじゃない。絶対に違う。
「……のぼせますよ」
俺は赤面を隠すように、ガルド様の胸に顔を埋めた。
拒絶しなかった俺に、ガルド様は嬉しそうに喉を鳴らし、さらに強く俺を抱きしめた。
◇
風呂上がり。
脱衣所で、ガルド様が俺の髪を乾かしてくれていた。
「……サラサラだな」
「ガルド様が高級トリートメント使いまくったからですよ」
「ふむ。……やはり、風呂上がりの匂いも悪くない」
ガルド様は俺のうなじに顔を寄せ、軽く「スゥーッ」と吸い込んだ。
いつもの吸引音だが、どこか遠慮がちで、くすぐったい。
「……あの、ガルド様」
「ん?」
「……たまには、一緒に入るのも、悪くない……かもです」
俺がボソッと言うと、ドライヤーの音が止まった。
鏡越しに見るガルド様は、目を見開き、そして――太陽のように破顔した。
「……そうか。なら、明日もだ」
「えっ、明日はいいです」
「決定だ。背中流し係に任命する」
「絶対に嫌です」
わちゃわちゃと言い合いながら、俺たちは寝室へ向かった。
繋がれた手。
その温もりが、今までよりも心地よく感じたのは、きっと気のせいではないはずだ。
今日のガルド様の「吸引」は特に激しかった。俺の脇腹はまだ少しヒリヒリしている。
セラフィナ嬢の襲来もあり心身共に疲れ果てていた。
「……鍵、よし」
俺は浴室の頑丈な鍵を二重にかけた。
たまには一人でゆっくり湯船に浸かりたい。
誰かの鼻息を感じることなく、無心でアヒルのおもちゃを浮かべたいのだ。
服を脱ぎ、シャワーを浴びようとした、その時だった。
ドォォォンッ!!
もはや恒例行事となった轟音。
分厚いヒノキのドアが、蝶番ごと吹き飛んだ。
「――っ!?」
湯気の中から現れたのは、ギリシャ彫刻も裸足で逃げ出すような、完璧な肉体美を持つ男。
もちろん、全裸だ。
「ガ、ガルド様!? なんで入ってくるんですか!」
「なぜ鍵をかける? 水臭いぞ、薫」
「1人で入りたいからだよ!!いいから出てってください!」
俺は桶で股間を隠して抗議したが、S級探索者の前では無力だった。
ガルド様は俺の腕を掴み、問答無用で引き寄せた。
「一緒に入れば節水になる。……それに、君の背中を流せるのは、世界で俺だけだ」
◇
「……あ、あの。近いです」
結局、俺たちは広すぎる浴槽に二人で浸かっていた。
というか、俺はガルド様の膝の間に収まっていた。
いわゆる「親子入浴」スタイルだ。
「動くな。……君の肌に溜まった一日の汚れを、俺の手で優しく洗い流してやろう」
ガルド様は俺の背中にボディソープの泡を滑らせた。
その手つきは、驚くほど繊細だった。
いつもなら「洗うな! こするな!」と暴れるくせに、今日はやけに静かだ。
「……ガルド様?」
振り返ると、ガルド様は少し寂しそうな目で、俺の首筋に残る赤い痕を見ていた。
今日の昼間、強く吸いすぎてついたキスマークのような鬱血痕だ。
「……すまない」
ガルド様の指が、その痕をなぞる。
「夢中になると、加減ができなくなる。……痛かったか?」
「……まあ、少し。でも、慣れましたよ」
俺が苦笑すると、ガルド様は俺の肩に額をこつりと預けた。
濡れた髪が肌に触れる。
「……俺は、化け物だ。君を傷つけたくないのに、君を貪らずにはいられない」
その声は震えていた。
俺は無意識に、視線をガルド様の体に落とした。
広い胸板、太い腕。
そこには、数え切れないほどの古傷が刻まれていた。
魔物の爪痕、魔法による火傷の痕。
この人が、どれだけの死線をくぐり抜けてきたか、どれだけの痛みに耐えてきたか。
「……痛くないんですか? その傷」
「……以前は痛かった。雨の日は特に」
ガルド様は俺の腰を抱き寄せ、耳元で呟いた。
「だが、君が来てからは……痛まない。君の匂いだけじゃなく、君の体温が……俺の傷を塞いでくれている気がする」
ドクン。
俺の心臓が、大きく跳ねた。
熱いお湯のせいじゃない。
背中に感じるガルド様の体温と、その弱々しい告白に、胸が締め付けられるような感覚を覚えたのだ。
(……なんだ、これ)
ただの変態だと思っていた。
俺を酸素ボンベとしか見ていないと思っていた。
でも、今の言葉は、俺という「人間」に向けられたもののように聞こえた。
「……ガルド様」
俺は向き直り、ガルド様の顔を見た。
湯気で少し上気した頬。濡れた色気を増した碧眼。
その瞳が、まっすぐに俺を捉えている。
「……匂い、しませんよ? 今、石鹸まみれだし」
「ああ、そうだな」
ガルド様は微かに笑った。
いつもなら「石鹸の匂いは邪魔だ!」と激怒するはずなのに。
「……不思議だ」
ガルド様の手が、俺の濡れた髪をすく。
「石鹸の香りで、君の『聖香』は薄れている。……なのに、愛おしいと思う」
「え……?」
「匂いがなくても……君がそこにいて、俺を見ているだけで……満たされる」
ガルド様の顔が近づいてくる。
俺は逃げなかった。
逃げられなかった。
鼻先が触れ合う距離。
ガルド様は、いつものように匂いを嗅ぐことはしなかった。
ただ、俺の瞳をじっと見つめ、そして――。
チュッ。
「……!?」
唇が触れた。
唇にではない。俺の額に。
それは、崇拝するような、あるいは宝物を慈しむような、優しく温かいキスだった。
「……好きだ、薫」
甘い囁き。
フェチとしての「好き」ではない。
男としての、切実な響き。
俺の顔が、一気に熱くなった。
お湯の温度のせいじゃない。絶対に違う。
「……のぼせますよ」
俺は赤面を隠すように、ガルド様の胸に顔を埋めた。
拒絶しなかった俺に、ガルド様は嬉しそうに喉を鳴らし、さらに強く俺を抱きしめた。
◇
風呂上がり。
脱衣所で、ガルド様が俺の髪を乾かしてくれていた。
「……サラサラだな」
「ガルド様が高級トリートメント使いまくったからですよ」
「ふむ。……やはり、風呂上がりの匂いも悪くない」
ガルド様は俺のうなじに顔を寄せ、軽く「スゥーッ」と吸い込んだ。
いつもの吸引音だが、どこか遠慮がちで、くすぐったい。
「……あの、ガルド様」
「ん?」
「……たまには、一緒に入るのも、悪くない……かもです」
俺がボソッと言うと、ドライヤーの音が止まった。
鏡越しに見るガルド様は、目を見開き、そして――太陽のように破顔した。
「……そうか。なら、明日もだ」
「えっ、明日はいいです」
「決定だ。背中流し係に任命する」
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わちゃわちゃと言い合いながら、俺たちは寝室へ向かった。
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その温もりが、今までよりも心地よく感じたのは、きっと気のせいではないはずだ。
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