伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン

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第19話

​「……ガルド様。その格好、本気ですか?」
​休日の昼下がり。
玄関ホールで待ち合わせをしていた相手を見て絶句した。
​目の前にいるのは、黒いロングコートに黒い帽子、そして顔半分を覆う巨大なサングラスとマスクをした不審者だ。
​「完璧だろう? これなら誰にも英雄ガルドとはバレまい」
「いや、通報されますよ。強盗の前準備ですか?」
​今日は、ガルド様からの強い要望で「下町の収穫祭」に行くことになっていた。
いわゆる、お忍びデートだ。
だが、この格好で隣を歩きたくない。
​「……はぁ。ちょっと待っててください」
​俺はクローゼットから、俺が昔着ていた少し大きめのパーカーと、普通のチノパンを持ってきた。
​「これ着てください。サイズきついかもしれないけど」
「薫の服……!? 使用済みか!?」
「いや、洗濯済みです」
「チッ……」
​ガルド様は舌打ちしたが、嬉しそうに俺の服に着替えた。
パツパツだ。胸筋と上腕二頭筋がパーカーの生地に悲鳴を上げさせている。
でも、不思議と似合っていた。
前髪を下ろし、少しラフな格好をしたガルド様は、ただの「体格の良いイケメン」に見えた。
​「……どうだ?」
「うん、いいと思いますよ。……カッコいいです」
​俺が素直に褒めると、ガルド様は耳まで赤くして、帽子を目深に被り直した。
​「……行くぞ。はぐれるなよ」
​差し出された手。
俺は少し躊躇ってから、その大きな手を握った。
​   ◇
​下町の祭りは、熱気と活気に溢れていた。
香ばしいソースの匂い、甘い菓子の香り。
​「すごい人ですね……」
「ああ。だが、悪くない」
​ガルド様は俺の手を引いて、人混みをかき分けていく。
いつもなら「臭い」と不機嫌になるはずの場所だが、今日は上機嫌だ。

​「薫、あれはなんだ?」
「クレープです。食べたことないんですか?」
「王宮の料理人が作るガレットならあるが……これは初めて見た」
「甘くて美味しいですよ。食べてみますか?」
「………クレープは、ああやってシェアして食べるものなのか」
ガルド様の視線を辿ると、若いカップルがひとつのクレープを分けあって食べていた。

「うーん、まぁ……1人でも、シェアでもどちらでもいいと思いますよ」
「……よし、買おう。薫が選んでくれ」
「え、甘いものあまり食べないのに…意外ですね。……じゃあ、チョコバナナがいいです」

​俺たちはチョコバナナクレープを1つ買い、屋台の脇にあるベンチに座った。
​「はい、どうぞ」
​俺が一口食べてから渡すと、ガルド様はそれを受け取り――じっと凝視した。
​「……ガルド様?」
「ここか」
​ガルド様は、俺が齧り付いた跡を指先でなぞった。
​「ここに、君の唇が触れたんだな……。クリームに混じって、君の唾液が微量に含まれている……」
「分析しないでください! 汚くないですから!」
「汚いわけがない! 聖水だぞ!」
​ガルド様は俺の歯型がついた部分に、恭しく口付けた。
そして、パクリと食べる。
​「……甘い」
​ガルド様がとろんとした目で俺を見た。
口元にチョコがついている。
​「チョコの甘さじゃない。……君の味がする」
「味覚障害起こしてますよ」
​俺は真っ赤になって顔を背けた。
ただの間接キスだ。子供か。
でも、心臓がうるさい。
この人、無自覚にこういうことをするからタチが悪い。
​   ◇
​祭りが佳境に入り、通りは芋洗い状態になってきた。
​「おっと、ごめんよ!」
「きゃっ!」
​通行人がぶつかってくる。
俺がよろめきそうになった瞬間、背後からガッチリと抱きすくめられた。
​「……チッ」
​頭上で舌打ちが聞こえる。
ガルド様だ。
​「邪魔だ。……俺の薫に触れるな」
​ガルド様が低い声で唸ると、周囲の空気がピリリと凍りついた。
殺気だ。
一般人相手に覇気を放つな。
​「ガルド様、抑えて! バレます!」
「だが、このままでは君が他の人間に汚染される! 汗臭い男どもが君に接触するなど万死に値する!」
「自意識過剰ですって!」
​ガルド様は俺を自分の懐に完全に収納し、人間防波堤となって進み始めた。
背中に密着する硬い胸板。
耳元にかかる荒い息遣い。
​「……スゥーッ……」
​ドサクサに紛れて、俺の耳の裏を吸われた。
​「ひゃっ!?」
「……人酔いした。補給させろ」
「嘘つけ! 今絶対わざとやっただろ!」
「緊急事態だ。……君の匂いがないと、この周りの雑魚どもを全員吹き飛ばしてしまいそうだ」
​ガルド様は俺のパーカーのフードの中に鼻を突っ込み、フゴフゴと深呼吸を繰り返した。
周囲から見れば「イチャつくバカップル」にしか見えないだろう。
恥ずかしい。
でも、守られている安心感と、密着する体温の心地よさに、俺は抵抗する力を失っていた。
​   ◇
​夕暮れ時。
俺たちは喧騒を離れ、川沿いのベンチに座っていた。
空が茜色に染まり、川面がキラキラと輝いている。
​「……楽しかったですね」
「ああ」
​ガルド様が、飲み干したラムネの瓶を揺らした。
​「……以前の俺なら、こんな人混みは耐えられなかった。すべての匂いが『騒音』のように神経を逆撫でしていたからな」
​ガルド様が横目で俺を見る。
​「だが、今日は違った。……君がいるだけで、世界はこんなにも静かで、美しいものになるんだな」
​その言葉は、どんな愛の告白よりも胸に響いた。
俺はただの匂い袋かもしれない。
でも、この人の世界を変えることができたなら、それは悪くない役回りだ。
​「……また、来ましょうか」
「本当か?」
「ええ。次は隣町とかどうですか?海が見えて、美味しいものも沢山あるそうですよ!」
「海か……。君が浜辺ではしゃぐ姿、想像しただけで萌えるな」
「そこですか」
​俺たちは笑い合った。
帰り道。
ガルド様が、そっと手を差し出してきた。
もう人混みはない。はぐれる心配もない。
それでも。
​「……家まで、送らせてくれ」
「一緒に住んでるじゃないですか」
「なら、寝室まで」
​ガルド様の不器用な誘いに、俺は苦笑して、その手を強く握り返した。
​「……はい。お願いします」
​繋いだ手から伝わる熱は、夕焼けよりも熱かった。
英雄と一般人。
住む世界が違うはずの二人の影が、長く伸びて一つに重なっていた。
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