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第23話
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「フンッ! ……あと、三回!」
深夜の屋敷。
薫の部屋からは、熱気と共に荒い息遣いが漏れていた。
いや、変な意味じゃない。
「二っ! ……一っ! ……よし、セット完了!」
ダンベルを床に置き、大の字に寝転がった。
汗が噴き出す。筋肉が悲鳴を上げている。
だが、心地よい。
「セバスチャンさん! プロテイン!」
「はい、特製『ドラゴンブラッド入りスタミナドリンク』でございます」
「名前が怖い!」
俺は毒々しい色の液体を一気に飲み干した。
ガルドに会えなくなって3ヶ月。
俺の体は、以前のヒョロガリ事務員とは見違えるほど引き締まっていた。
すべては、あの馬鹿犬の吸引力に耐えうる身体を作るためだ。
「待ってろよガルド……。次会った時は、俺の生命力でお前を溺れさせてやる」
俺がニヤリと笑った、その時だった。
パリンッ……。
屋敷全体を覆っていた結界が、ガラスのように砕ける音がした。
「……え?」
「なっ……!? 屋敷の結界が解除されました!?」
セバスチャンが血相を変えて窓に駆け寄る。
庭には、黒い影が数十体。
そして、その奥で高笑いする女の声が聞こえた。
『オーッホッホ! いい気味ですわ! 弱った英雄など恐るるに足りません!』
「あの声……セラフィナ嬢!?」
以前、ガルド様に「悪臭」呼ばわりされて追い出された貴族令嬢だ。
覆面の男たちを引き連れて、勝ち誇ったように高笑いしている。
逆恨みで闇ギルドでも雇ったのか。
タイミングが悪すぎる。今のガルド様は、俺との接触を絶って弱りきっているはずだ。
「薫様、お逃げください! 奴らの狙いはあなたです!」
「逃げる? ……どこに」
俺は部屋の扉を見た。
この奥には、引きこもっているガルドがいる。
俺が逃げれば、奴らはガルドを狙うかもしれない。
「……逃げませんよ」
俺は床に置いたダンベルを再び握りしめた。
ドガァッ!!
部屋のドアが蹴破られた。
男たちが雪崩れ込んでくる。
「いたぞ! 『聖香』の男だ!」
「ヒヒッ、上玉だなぁ。いい匂いがしやがる」
男たちが俺を取り囲む。
ナイフがギラリと光る。
セバスチャンが前に出ようとするが、多勢に無勢だ。
「タイミングが悪いんだよ…」
俺はダンベルを構え、努めて冷静に笑ってみせた。
「俺は今、肉体改造中なんだ。……筋肉に悪いから、ストレスを与えないでくれよ」
「あぁ? 何言ってんだこいつ」
「それに……お前ら、臭いんだよ」
俺は鼻をつまんだ。
ガルド様の真似だ。
「汗と、脂と、欲望の臭い。……うちの馬鹿犬の『高貴な香り』に比べたら、ドブ川以下だ」
「なっ……!? 殺すぞテメェ!」
男たちが激昂して俺に飛びかかってくる。
俺はダンベルを振り回して抵抗するが、所詮は事務員の付け焼き刃。
すぐに腕を捻り上げられ、床に押さえつけられた。
「離せッ!!」
「威勢がいいな。……だが、すぐに泣き面になるぜ。その体を切り刻んで、高く売ってやるからな」
男の汚い手が、俺の頬に触れる。
ゾワリとした嫌悪感が走った。
ガルド様以外の男に触れられるのが、こんなに不快だなんて。
「……触るな」
「あ?」
「俺はお前らのもんじゃない。……俺は、ガルド・ベルンシュタインの『餌』だ!!」
俺が叫んだ、その瞬間だった。
ズオォォォォォォッ…………!!
地鳴りのような音が響いた。
いや、音じゃない。
空気が、重くなったのだ。
「な、なんだ!?」
「魔力反応!? どこからだ!?」
男たちが慌てて周囲を見回す。
俺は知っている。このプレッシャーを。
でも、いつものとは違う。
もっと冷たくて、飢えていて、底なしの沼のような――。
ドォォォォォォォンッ!!!!!
俺の部屋の壁が、内側から爆砕した。
西棟と東棟を隔てていた壁が、なくなった。
「……あ……」
粉塵の向こうから、ゆらりと現れた影。
ボロボロの服。伸び放題の髪。
痩せこけて、骨が浮き出た体。
だが、その両目は、暗闇の中でらんらんと紅く輝いていた。
「……ひッ……!?」
「ガ、ガルド……!? 死にかけてるんじゃなかったのか!?」
刺客たちが後ずさる。
ガルド様は、ゆらり、ゆらりと、幽鬼のように歩を進めた。
「……臭い」
ガルド様が呻いた。
「……俺の薫に……誰が触れている……?」
その声は、地獄の底から響く呪詛のようだった。
そして、ガルド様が俺を押さえつけている男を見た瞬間。
バシュッ!!
男の腕が、肩から消し飛んだ。
魔法ではない。
純粋な魔力の爪で、空間ごと抉り取られたのだ。
「ギャァァァァァァッ!!?」
「……汚い手で……薫に触れるな」
ガルド様が顔を上げる。
そこには、理性など欠片もなかった。
あるのは、極限まで飢えた捕食者の本能だけ。
「……腹が、減った……」
ガルド様の口元が歪に裂ける。
「……邪魔者は……喰っていいんだよな……?」
「ひぃぃぃッ!! ば、化け物だぁぁぁッ!!」
刺客たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
だが、この部屋はすでに、飢えた獣の胃袋の中だ。
「ガルド様!」
俺は叫んだ。
助けに来てくれたんじゃない。
あれは、暴走している。
俺ごと、何もかもを喰らい尽くすつもりだ。
でも。
不思議と恐怖はなかった。
だって、俺はずっと待っていたんだから。
この馬鹿犬が、俺を求めて檻を破ってくれるのを。
ガルド様の黒い魔力が、部屋全体を飲み込んだ。
深夜の屋敷。
薫の部屋からは、熱気と共に荒い息遣いが漏れていた。
いや、変な意味じゃない。
「二っ! ……一っ! ……よし、セット完了!」
ダンベルを床に置き、大の字に寝転がった。
汗が噴き出す。筋肉が悲鳴を上げている。
だが、心地よい。
「セバスチャンさん! プロテイン!」
「はい、特製『ドラゴンブラッド入りスタミナドリンク』でございます」
「名前が怖い!」
俺は毒々しい色の液体を一気に飲み干した。
ガルドに会えなくなって3ヶ月。
俺の体は、以前のヒョロガリ事務員とは見違えるほど引き締まっていた。
すべては、あの馬鹿犬の吸引力に耐えうる身体を作るためだ。
「待ってろよガルド……。次会った時は、俺の生命力でお前を溺れさせてやる」
俺がニヤリと笑った、その時だった。
パリンッ……。
屋敷全体を覆っていた結界が、ガラスのように砕ける音がした。
「……え?」
「なっ……!? 屋敷の結界が解除されました!?」
セバスチャンが血相を変えて窓に駆け寄る。
庭には、黒い影が数十体。
そして、その奥で高笑いする女の声が聞こえた。
『オーッホッホ! いい気味ですわ! 弱った英雄など恐るるに足りません!』
「あの声……セラフィナ嬢!?」
以前、ガルド様に「悪臭」呼ばわりされて追い出された貴族令嬢だ。
覆面の男たちを引き連れて、勝ち誇ったように高笑いしている。
逆恨みで闇ギルドでも雇ったのか。
タイミングが悪すぎる。今のガルド様は、俺との接触を絶って弱りきっているはずだ。
「薫様、お逃げください! 奴らの狙いはあなたです!」
「逃げる? ……どこに」
俺は部屋の扉を見た。
この奥には、引きこもっているガルドがいる。
俺が逃げれば、奴らはガルドを狙うかもしれない。
「……逃げませんよ」
俺は床に置いたダンベルを再び握りしめた。
ドガァッ!!
部屋のドアが蹴破られた。
男たちが雪崩れ込んでくる。
「いたぞ! 『聖香』の男だ!」
「ヒヒッ、上玉だなぁ。いい匂いがしやがる」
男たちが俺を取り囲む。
ナイフがギラリと光る。
セバスチャンが前に出ようとするが、多勢に無勢だ。
「タイミングが悪いんだよ…」
俺はダンベルを構え、努めて冷静に笑ってみせた。
「俺は今、肉体改造中なんだ。……筋肉に悪いから、ストレスを与えないでくれよ」
「あぁ? 何言ってんだこいつ」
「それに……お前ら、臭いんだよ」
俺は鼻をつまんだ。
ガルド様の真似だ。
「汗と、脂と、欲望の臭い。……うちの馬鹿犬の『高貴な香り』に比べたら、ドブ川以下だ」
「なっ……!? 殺すぞテメェ!」
男たちが激昂して俺に飛びかかってくる。
俺はダンベルを振り回して抵抗するが、所詮は事務員の付け焼き刃。
すぐに腕を捻り上げられ、床に押さえつけられた。
「離せッ!!」
「威勢がいいな。……だが、すぐに泣き面になるぜ。その体を切り刻んで、高く売ってやるからな」
男の汚い手が、俺の頬に触れる。
ゾワリとした嫌悪感が走った。
ガルド様以外の男に触れられるのが、こんなに不快だなんて。
「……触るな」
「あ?」
「俺はお前らのもんじゃない。……俺は、ガルド・ベルンシュタインの『餌』だ!!」
俺が叫んだ、その瞬間だった。
ズオォォォォォォッ…………!!
地鳴りのような音が響いた。
いや、音じゃない。
空気が、重くなったのだ。
「な、なんだ!?」
「魔力反応!? どこからだ!?」
男たちが慌てて周囲を見回す。
俺は知っている。このプレッシャーを。
でも、いつものとは違う。
もっと冷たくて、飢えていて、底なしの沼のような――。
ドォォォォォォォンッ!!!!!
俺の部屋の壁が、内側から爆砕した。
西棟と東棟を隔てていた壁が、なくなった。
「……あ……」
粉塵の向こうから、ゆらりと現れた影。
ボロボロの服。伸び放題の髪。
痩せこけて、骨が浮き出た体。
だが、その両目は、暗闇の中でらんらんと紅く輝いていた。
「……ひッ……!?」
「ガ、ガルド……!? 死にかけてるんじゃなかったのか!?」
刺客たちが後ずさる。
ガルド様は、ゆらり、ゆらりと、幽鬼のように歩を進めた。
「……臭い」
ガルド様が呻いた。
「……俺の薫に……誰が触れている……?」
その声は、地獄の底から響く呪詛のようだった。
そして、ガルド様が俺を押さえつけている男を見た瞬間。
バシュッ!!
男の腕が、肩から消し飛んだ。
魔法ではない。
純粋な魔力の爪で、空間ごと抉り取られたのだ。
「ギャァァァァァァッ!!?」
「……汚い手で……薫に触れるな」
ガルド様が顔を上げる。
そこには、理性など欠片もなかった。
あるのは、極限まで飢えた捕食者の本能だけ。
「……腹が、減った……」
ガルド様の口元が歪に裂ける。
「……邪魔者は……喰っていいんだよな……?」
「ひぃぃぃッ!! ば、化け物だぁぁぁッ!!」
刺客たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
だが、この部屋はすでに、飢えた獣の胃袋の中だ。
「ガルド様!」
俺は叫んだ。
助けに来てくれたんじゃない。
あれは、暴走している。
俺ごと、何もかもを喰らい尽くすつもりだ。
でも。
不思議と恐怖はなかった。
だって、俺はずっと待っていたんだから。
この馬鹿犬が、俺を求めて檻を破ってくれるのを。
ガルド様の黒い魔力が、部屋全体を飲み込んだ。
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