完璧後輩に拾われました。

マンスーン

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​「おはようございます、先輩」
「おはよう、瀬野くん。今日の朝ごはんは鮭の塩焼きと豚汁だよ」

​同居生活も一週間が過ぎ、湊はすっかりこの高級タワマンでの生活サイクルに馴染んでいた。
朝は湊が手作りの朝食を用意し、二人でテーブルを囲む。瀬野は相変わらず、湊が作ったご飯を毎食噛み締めるように完食してくれた。

​「美味しいです。先輩の豚汁、本当に五臓六腑に染み渡ります……」
「大袈裟だなぁ。でも、残業続きで疲れてるみたいだし、しっかり食べてね」

​会社ではお互い別々に出勤し、部署も違うため接点は少ないが、家に帰れば完全に夫婦のような生活だ。いや、「お見合い回避のためのお試し彼氏」なのだから間違ってはいなのか? と湊はフライパンを洗いながら首を傾げる。


​夜。
湊が先に帰宅して夕食の準備をしていると、玄関のドアが開く音がした。

​「ただいま帰りました、先輩」
「おかえり、瀬野くん。ご飯、すぐできるよ」

​スーツのネクタイを緩めながらリビングに入ってきた瀬野は、一直線に湊のいるキッチンへ向かい、背後からふわりと抱きついてきた。

​「っ!? せ、瀬野くん!?」
「あー……先輩の匂い、落ち着きます。今日の疲れが全部吹き飛びました……」

​大きな体が湊の背中に預けられ、肩口に瀬野の顔がすりすりと埋められる。
最近、家の中での瀬野のスキンシップが異常に増えていた。これも「彼氏役の練習」の一環だと言い張るが、心臓に悪いことこの上ない。

​「ちょ、重いってば。ご飯焦げちゃうから離して」
「嫌です。あと十秒だけ充電させてください」

​甘えるような低い声で耳元に囁かれ、湊はビクッと肩を揺らした。

(なんだこれ。大型犬か? いや、社内エースのハイスペック後輩のはずなんだけど……)

外では完璧な営業マンの瀬野が、自分にだけこんな隙だらけの姿を見せてくれる。その優越感と申し訳なさに、湊は結局十秒間、されるがままになってしまうのだった。


​夕食後。
ソファでくつろいでいる湊に、風呂上がりの瀬野が近づいてきた。

​「先輩、今日はずいぶん肩が凝っているみたいですね。月末でデータ入力が立て込んでいたんですか?」
「うん。……って、なんで分かるの?」
「先輩のことなら、見れば大体わかりますよ」

​瀬野は湊の背後に回り込むと、大きな手で肩を揉み始めた。
絶妙な力加減に、湊の口から思わず「ふぁっ……」と情けない声が漏れる。

​「あ、そこ……すごく、気持ちいい……」
「ふふ、良かったです。……そうだ、お風呂のお湯、張ってありますよ。先輩が好きな、ヒノキの香りの入浴剤を入れておきましたから」

​湊はハッと目を見開いた。

「えっ、なんで俺がヒノキの香り好きだって知ってるの?」
「週末に買い物へ行った時、先輩がヒノキの入浴剤の前で立ち止まっていたのを見たので。ネットで取り寄せておいたんです」

​(いや、いつの間に!?)
瀬野の観察眼と気遣いのレベルが、もはや「気が利く」の範疇を超えている。
食事の好み、テレビのチャンネル、さらには寝る前の部屋の温度まで、瀬野は湊のすべてを把握し、先回りして完璧に満たしてくれるのだ。

​「瀬野くんって、本当にすごいよね……。俺、すっかり甘えっぱなしだ」
「甘えてください。僕がそうしたいんですから」

​肩を揉む手が止まり、瀬野の指先が湊のうなじをそっと撫でた。
ゾクッとするような心地よい感触に、湊の体が強張る。

​「先輩は、ずっとここにいていいんですよ。いや、ずっとここにいてください。僕が、先輩のすべてを快適にしてあげますから」

​甘く、とろけるような囁き。
それはまるで、獲物を逃がさないために真綿で幾重にも首を絞めるような、心地よくも恐ろしい執着の言葉だった。

瀬野の用意してくれた温かいお湯と、大好きなヒノキの香りに包まれながら、湊はふっと息を吐いた。
​(瀬野くんといると、本当に居心地がいいな……。このままずっと、なんて……)
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