10 / 11
最終話
しおりを挟む朝。
カーテンの隙間から差し込む陽光に目を覚ました湊は、自分がいつも寝ていたゲストルームではなく、瀬野の寝室の、広々としたキングサイズのベッドにいることに気づいた。
「……んっ」
身じろぎすると、腰から背中にかけて微かな鈍痛が走る。
昨夜、玄関での激しいキスの後、そのままベッドへと雪崩れ込み……長年溜め込まれていた瀬野の『クソデカ感情』を、身をもって、一晩中たっぷりと注ぎ込まれたのだ。
「おはようございます、湊先輩」
頭上から降ってきた甘い声に顔を上げると、すでに身支度を整えた瀬野が、ベッドの縁に座って湊を愛おしそうに見下ろしていた。
「あ……おはよ、瀬野くん……」
「体、痛くないですか? 本当は朝ごはんも僕がベッドまで運びたいくらいなんですが……先輩の作ってくれたお味噌汁がどうしても食べたくて、我慢して待ってました」
ちゅっ、と額に優しくキスを落とされ、湊は顔を真っ赤にして毛布に潜り込んだ。
「ば、バカ! すぐ作るから、あっち行ってて!」
「ふふ、可愛いですね。あ、無理して急がなくていいですよ。今日は二人とも有休を取りましたから」
「えっ!? 有休!?」
「はい。晴れて恋人同士になれた記念すべき翌日に、出社なんてできるわけないじゃないですか」
サラッと言ってのける瀬野は、昨日までの『爽やかな後輩』の仮面を完全に脱ぎ捨てていた。
どこか余裕たっぷりなのに、湊を見つめる視線には隠しきれない独占欲と、五年越しの悲願を達成した男特有のドロドロに甘い熱が籠もっている。
「……瀬野くん、本当に俺のこと好きすぎるでしょ……」
「ええ、狂うほど好きですよ。今更気づいたんですか?」
悪びれもせず微笑むハイスペックなスパダリ彼氏に、湊は小さく溜息をつきながらも、どうしようもないほどの幸福感で胸を満たしていた。
昼下がり。
遅めの朝食兼昼食を済ませ、ソファで二人並んでくつろいでいた時のことだ。
「そういえば先輩。昨日、不動産会社から連絡があったそうですよ」
「えっ、あ、水漏れしたアパート?」
「はい。修繕工事が終わって、いつでも戻れる状態になったと」
その言葉に、湊は少しだけ肩をビクッと揺らした。
『部屋が直るまで』という約束で始まったこの同居。本来なら、今日にでも荷物をまとめて帰らなければならない。
湊がなんて答えようか迷っていると、瀬野は湊の手を取り、その薬指に銀色の冷たいリングをスッと嵌めた。
「え……?」
「戻りませんよね? あの隙間風だらけの古いアパートに」
「せ、瀬野くん、これ……」
「ここに、ずっといてください。一生、僕の胃袋と心を満たして、僕にめちゃくちゃに甘やかされて生きてください」
それは事実上の、プロポーズだった。
指輪の内側には、二人のイニシャルが刻まれている。用意周到すぎる。一体いつの間にこんなものを用意していたのだろうか。
驚く湊の手に、瀬野はさらに真新しい鍵を握らせた。このタワマンの、合鍵だ。
「……退去の手続き、今日一緒にネットで済ませちゃいましょう。引っ越しの荷物は、週末に業者を手配します」
「ちょ、ちょっと待って! 話の進みが早すぎるって!」
「早くありません。僕は五年も待ったんですよ?」
すりすりと子犬のように首筋に顔を埋めてくる瀬野に、湊はついに降参して、ふっと笑い声を漏らした。
「……わかったよ。もう、逃げない。ずっとここにいる」
「っ……! 先輩……愛してます、本当に……っ」
「はいはい、俺も好きだよ。だから泣かないの」
背中に回された腕の力が、痛いほどに強くなる。
完璧でハイスペックなエース営業マンが、自分にだけこんなに重い愛を向けて、なりふり構わずすがりついてくる。その優越感と愛おしさは、湊の自己評価の低さなど木端微塵に吹き飛ばしてくれた。
それから数週間後。
会社での二人の関係は、周囲から見れば少しだけ奇妙なものになっていた。
「……結城さん。瀬野くん、またこっち見てるよ。しかも今日は一段と圧が強い気がする……」
「あはは……ごめん、ちょっと放っておいて」
遠くのデスクから、氷のような無表情で周囲のモブ社員を牽制しつつ、湊にだけは不可視の尻尾をぶんぶん振っている瀬野。
湊の右手薬指には、瀬野とお揃いの指輪が光っている。
お見合い回避の嘘はとっくに消滅したはずなのに、相変わらず『お試し彼氏』という名目で、瀬野は職場の人間から湊をガードし続けていた。
(まぁ、瀬野くんが安心するなら、いっか)
鈍感で面倒見の良かった平凡な先輩は、今や完璧な後輩の重すぎる愛をすべて受け止め、手のひらで転がす術すら身につけつつある。
仕事が終わり、待ち合わせて一緒に帰る帰り道。
「今日の夜ご飯、なんですか?」と嬉しそうに聞いてくる瀬野の腕に、湊は自然に自分の腕を絡めた。
「んー、瀬野くんが好きなオムライス。デミグラスソース、一から作ってみようかと思って」
「最高です。やっぱり先輩は、僕の女神ですね」
「男捕まえて女神って……。あ、そうだ。明日は俺も残業になりそうだから、夕飯少し遅くなるかも」
「わかりました。……じゃあ、明日の夜は僕が先輩を美味しくいただきますね」
「バカッ、外で変なこと言わないで!」
外堀から計画的に埋められ、退路を完全に断たれた果てに待っていたのは、息が詰まるほどの束縛ではなく――どこまでも甘く、温かく、一生抜け出したくないと思える極上の水槽だった。
完璧なハイスペック後輩に拾われた底辺の先輩は、今日も胃袋を掴み、心を掴まれ、甘すぎる檻の中で幸せに暮らしている。
87
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
俺の親友がモテ過ぎて困る
くるむ
BL
☆完結済みです☆
番外編として短い話を追加しました。
男子校なのに、当たり前のように毎日誰かに「好きだ」とか「付き合ってくれ」とか言われている俺の親友、結城陽翔(ゆうきはるひ)
中学の時も全く同じ状況で、女子からも男子からも追い掛け回されていたらしい。
一時は断るのも面倒くさくて、誰とも付き合っていなければそのままOKしていたらしいのだけど、それはそれでまた面倒くさくて仕方がなかったのだそうだ(ソリャソウダロ)
……と言う訳で、何を考えたのか陽翔の奴、俺に恋人のフリをしてくれと言う。
て、お前何考えてんの?
何しようとしてんの?
……てなわけで、俺は今日もこいつに振り回されています……。
美形策士×純情平凡♪
僕はただの平民なのに、やたら敵視されています
カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。
平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。
真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?
【完結】我が兄は生徒会長である!
tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。
名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。
そんな彼には「推し」がいる。
それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。
実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。
終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。
本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。
(番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる