完璧後輩に拾われました。

マンスーン

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最終話

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​朝。
カーテンの隙間から差し込む陽光に目を覚ました湊は、自分がいつも寝ていたゲストルームではなく、瀬野の寝室の、広々としたキングサイズのベッドにいることに気づいた。

​「……んっ」

​身じろぎすると、腰から背中にかけて微かな鈍痛が走る。
昨夜、玄関での激しいキスの後、そのままベッドへと雪崩れ込み……長年溜め込まれていた瀬野の『クソデカ感情』を、身をもって、一晩中たっぷりと注ぎ込まれたのだ。

​「おはようございます、湊先輩」

​頭上から降ってきた甘い声に顔を上げると、すでに身支度を整えた瀬野が、ベッドの縁に座って湊を愛おしそうに見下ろしていた。

​「あ……おはよ、瀬野くん……」
「体、痛くないですか? 本当は朝ごはんも僕がベッドまで運びたいくらいなんですが……先輩の作ってくれたお味噌汁がどうしても食べたくて、我慢して待ってました」

​ちゅっ、と額に優しくキスを落とされ、湊は顔を真っ赤にして毛布に潜り込んだ。

​「ば、バカ! すぐ作るから、あっち行ってて!」
「ふふ、可愛いですね。あ、無理して急がなくていいですよ。今日は二人とも有休を取りましたから」
「えっ!? 有休!?」
「はい。晴れて恋人同士になれた記念すべき翌日に、出社なんてできるわけないじゃないですか」

​サラッと言ってのける瀬野は、昨日までの『爽やかな後輩』の仮面を完全に脱ぎ捨てていた。
どこか余裕たっぷりなのに、湊を見つめる視線には隠しきれない独占欲と、五年越しの悲願を達成した男特有のドロドロに甘い熱が籠もっている。

​「……瀬野くん、本当に俺のこと好きすぎるでしょ……」
「ええ、狂うほど好きですよ。今更気づいたんですか?」

​悪びれもせず微笑むハイスペックなスパダリ彼氏に、湊は小さく溜息をつきながらも、どうしようもないほどの幸福感で胸を満たしていた。

​昼下がり。
遅めの朝食兼昼食を済ませ、ソファで二人並んでくつろいでいた時のことだ。

​「そういえば先輩。昨日、不動産会社から連絡があったそうですよ」
「えっ、あ、水漏れしたアパート?」
「はい。修繕工事が終わって、いつでも戻れる状態になったと」

​その言葉に、湊は少しだけ肩をビクッと揺らした。
『部屋が直るまで』という約束で始まったこの同居。本来なら、今日にでも荷物をまとめて帰らなければならない。
​湊がなんて答えようか迷っていると、瀬野は湊の手を取り、その薬指に銀色の冷たいリングをスッと嵌めた。

​「え……?」
「戻りませんよね? あの隙間風だらけの古いアパートに」
「せ、瀬野くん、これ……」
「ここに、ずっといてください。一生、僕の胃袋と心を満たして、僕にめちゃくちゃに甘やかされて生きてください」

​それは事実上の、プロポーズだった。
指輪の内側には、二人のイニシャルが刻まれている。用意周到すぎる。一体いつの間にこんなものを用意していたのだろうか。
驚く湊の手に、瀬野はさらに真新しい鍵を握らせた。このタワマンの、合鍵だ。

​「……退去の手続き、今日一緒にネットで済ませちゃいましょう。引っ越しの荷物は、週末に業者を手配します」
「ちょ、ちょっと待って! 話の進みが早すぎるって!」
「早くありません。僕は五年も待ったんですよ?」

​すりすりと子犬のように首筋に顔を埋めてくる瀬野に、湊はついに降参して、ふっと笑い声を漏らした。

​「……わかったよ。もう、逃げない。ずっとここにいる」
「っ……! 先輩……愛してます、本当に……っ」
「はいはい、俺も好きだよ。だから泣かないの」

​背中に回された腕の力が、痛いほどに強くなる。
完璧でハイスペックなエース営業マンが、自分にだけこんなに重い愛を向けて、なりふり構わずすがりついてくる。その優越感と愛おしさは、湊の自己評価の低さなど木端微塵に吹き飛ばしてくれた。

​それから数週間後。
会社での二人の関係は、周囲から見れば少しだけ奇妙なものになっていた。

​「……結城さん。瀬野くん、またこっち見てるよ。しかも今日は一段と圧が強い気がする……」
「あはは……ごめん、ちょっと放っておいて」

​遠くのデスクから、氷のような無表情で周囲のモブ社員を牽制しつつ、湊にだけは不可視の尻尾をぶんぶん振っている瀬野。
湊の右手薬指には、瀬野とお揃いの指輪が光っている。
お見合い回避の嘘はとっくに消滅したはずなのに、相変わらず『お試し彼氏』という名目で、瀬野は職場の人間から湊をガードし続けていた。

​(まぁ、瀬野くんが安心するなら、いっか)

​鈍感で面倒見の良かった平凡な先輩は、今や完璧な後輩の重すぎる愛をすべて受け止め、手のひらで転がす術すら身につけつつある。
​仕事が終わり、待ち合わせて一緒に帰る帰り道。

「今日の夜ご飯、なんですか?」と嬉しそうに聞いてくる瀬野の腕に、湊は自然に自分の腕を絡めた。

​「んー、瀬野くんが好きなオムライス。デミグラスソース、一から作ってみようかと思って」
「最高です。やっぱり先輩は、僕の女神ですね」

「男捕まえて女神って……。あ、そうだ。明日は俺も残業になりそうだから、夕飯少し遅くなるかも」
「わかりました。……じゃあ、明日の夜は僕が先輩を美味しくいただきますね」
「バカッ、外で変なこと言わないで!」

​外堀から計画的に埋められ、退路を完全に断たれた果てに待っていたのは、息が詰まるほどの束縛ではなく――どこまでも甘く、温かく、一生抜け出したくないと思える極上の水槽だった。

​完璧なハイスペック後輩に拾われた底辺の先輩は、今日も胃袋を掴み、心を掴まれ、甘すぎる檻の中で幸せに暮らしている。
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