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001 皇帝は前世の記憶を取り戻す。
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本作が第16回ファンタジー小説大賞でキャラクター賞を受賞しました!
◇◆◇◆◇◆◇
「ユーリ、お前の嫁ぎ先が決まった」
まるでお人形のよう。
ほっそりとした未成熟な身体ではあるが、その整った顔立ちにサラリと肩まで伸びた銀髪。
将来、絶世の美女になると約束されたユーリ・シルヴェウス。
8歳の幼女は、父であるシルヴェウス伯爵から執務室に呼び出され、なんの前触れもなく縁談を告げられた。
「お相手はロブリタ侯爵だ。喜べ、侯爵がお前のことを見初めてくださったのだ」
まだ年端もいかぬ幼女。
そう言われて、すぐに喜べるはずがない。
ましてや、ロブリタ侯爵を知る者であれば、喜ぶどころか絶望するしかない。
ロブリタ侯爵。
豚のように肥え太り、下卑た顔は油でテカテカ。
ユーリとは三十歳以上も年の離れた男だ。
彼の性癖――幼女趣味は広く知られている。
すでに二十人以上の幼女・少女が彼の元に嫁がされた。
権力に、金に物を言わせて、気に入った幼子《おさなご》を手籠《てご》めにするのだ。
最年少は六歳ともいわれる、筋金入りの変態だ。
まともな親であれば、愛娘をそんなところに嫁がせたいと思うはずがない。
シルヴェウス伯爵が嫁ぎ先を決めたのは金が理由。
財政が逼迫している伯爵家を立て直すために、ユーリは売られたのだ。
「もちろん。断っても構わない。その場合、お前は絶縁。平民落ちだ。好きな方を選ぶが良い」
幼き貴族令嬢が家を追い出され、平民となって生きられるわけがない。
選べと言いながら、実質は命令だ。
だが、それを突きつけられた、その瞬間――。
ユーリは固まり、衝撃を受けたように大きく目を見開く。
父の言葉に絶望したからではない。
――前世の記憶を取り戻したからだ。
冷酷皇帝ユリウス・メルヴィル。
血によって染め上げられた人生。
数万、数十万の死体を積み上げて、大陸の覇者となった男だ。
ユリウス帝の記憶が今、幼いユーリの身体の中で思い起こされた。
記憶は完全ではない。
ところどころが欠けており、特に、いつ、どこで、どうして死んだのかは、まったく思い出せない。
ただ、自分でも理由はわからないが、死んで生まれ変わったと確信できた。
自分が死ねば地獄堕ちは間違いない。
地獄の鬼ども相手にひと戦《いくさ》、仕掛ける気でいたのだが――。
――神の気まぐれかなんだか知らんが、ちょうどいい。
並大抵の人間であれば、転生という事態に驚き戸惑うだろう。
だが、皇帝としての記憶を取り戻したユーリは、その胆力で眉ひとつ動かさなかった。
「答えは決まっておろう。さあ、どちらを選ぶのだ?」
追い詰めるように迫る伯爵だったが、ユーリの顔を見て思わず顔が引きつる。
目の前にいる幼女が自分の娘だとは思えなかった。
さっきまではよく知るユーリだった、だが、今、目の前にいるのはいったい、何者だ……。
壮絶な凄み。猛獣よりも獰猛な、喰い殺されそうな気配に冷や汗が流れる。
「ああ、もちろん――」
ユーリはネックレスを引きちぎる。
大きな紅い宝石が嵌められたネックレスは亡き母から受け継いだもの。
貴族令嬢であることを示す証だ。
震え上がる父に向かって、ユーリはネックレスを投げつける。
「――願い下げだ。こっちから絶縁してやる」
ネックレスがぶつかり、伯爵の額が裂け、多くの血が流れ滴《したた》る。
すぐに手当が必要な怪我だったが、痛みよりも恐怖が上回った。
伯爵は叫ぶこともできず、「あっ、あぅ」と潰れた声を出すだけだ。
それでも、この程度で済んで、伯爵は幸運だったと言えよう。
ユーリの意識とユリウスの記憶とが、まだ上手く馴染んでいなかったからだ。
もし、ユリウスであったら、間違いなく伯爵の首は床に転がっていた。
手加減したのは、生まれ変わった喜びがあったからでもある。
そう。ユーリ《ユリウス》は歓喜に溺れていた。
一度終わったはずの人生をやり直せるのだ。
前世で神に祈ったことなどなかったが、今は祈ってやってもいい気分だった。
それくらい浮かれていた。
ユリウス帝は冷静沈着。感情をあらわにすることは皆無だった。
彼を知る者なら、今の浮かれぶりはとても信じられないだろう。
このまま踊り出しそうだったが、すぐに気持ちを切り替える。
もう、この男にも、この家にも用はない。
さっさと立ち去るだけだ。
しかし、その前に――。
ユーリは伯爵を睨《にら》み、殺気を放つ。
「ヒッ……」
それだけで伯爵は泡を吹いて、失神した。
その余波で部屋にいた執事長とメイドたちも、腰を抜かしてガクガクと震える。
――これで満足か?
ユリウスは心の中のユーリに問いかける。
――ありがとう。
心の中の彼女は短く答える。
父からの不遇な扱いに対する怒りはあったが、殺すほどは憎んでいなかった。
彼女としては、今ので十分な報復だった。
彼女はそれで満足した。
次の瞬間――。
ユリウスが覚醒してから今までは、ひとつの身体の中にユーリとユリウス、二つの意識が共存していた。
それが今、二つが一つに混じり合い、ユーリでもユリウスでもどちらでもない、新たな人格が生まれた。
ユーリとしての記憶も、ユリウスとしての記憶も、どちらも残っている。
ユーリとしての穏やかさと、ユリウスとしての苛烈さが、矛盾せずに存在している。
――まあ、よい。自分がどっちであれ、身体の持ち主はユーリだ。これからはユーリとして生きよう。
ユーリはすぐに決断した。
――わからぬものはわからぬ。考えても無駄。直感に従うのみだ。
それが大陸を制した男の生き方だ。
ユーリは父親には目もくれず、その場を後にした――。
【後書き】
次回――『ユーリは実家を後にする。』
第16回ファンタジー小説大賞が今日(9月1日)から始まりました。
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◇◆◇◆◇◆◇
「ユーリ、お前の嫁ぎ先が決まった」
まるでお人形のよう。
ほっそりとした未成熟な身体ではあるが、その整った顔立ちにサラリと肩まで伸びた銀髪。
将来、絶世の美女になると約束されたユーリ・シルヴェウス。
8歳の幼女は、父であるシルヴェウス伯爵から執務室に呼び出され、なんの前触れもなく縁談を告げられた。
「お相手はロブリタ侯爵だ。喜べ、侯爵がお前のことを見初めてくださったのだ」
まだ年端もいかぬ幼女。
そう言われて、すぐに喜べるはずがない。
ましてや、ロブリタ侯爵を知る者であれば、喜ぶどころか絶望するしかない。
ロブリタ侯爵。
豚のように肥え太り、下卑た顔は油でテカテカ。
ユーリとは三十歳以上も年の離れた男だ。
彼の性癖――幼女趣味は広く知られている。
すでに二十人以上の幼女・少女が彼の元に嫁がされた。
権力に、金に物を言わせて、気に入った幼子《おさなご》を手籠《てご》めにするのだ。
最年少は六歳ともいわれる、筋金入りの変態だ。
まともな親であれば、愛娘をそんなところに嫁がせたいと思うはずがない。
シルヴェウス伯爵が嫁ぎ先を決めたのは金が理由。
財政が逼迫している伯爵家を立て直すために、ユーリは売られたのだ。
「もちろん。断っても構わない。その場合、お前は絶縁。平民落ちだ。好きな方を選ぶが良い」
幼き貴族令嬢が家を追い出され、平民となって生きられるわけがない。
選べと言いながら、実質は命令だ。
だが、それを突きつけられた、その瞬間――。
ユーリは固まり、衝撃を受けたように大きく目を見開く。
父の言葉に絶望したからではない。
――前世の記憶を取り戻したからだ。
冷酷皇帝ユリウス・メルヴィル。
血によって染め上げられた人生。
数万、数十万の死体を積み上げて、大陸の覇者となった男だ。
ユリウス帝の記憶が今、幼いユーリの身体の中で思い起こされた。
記憶は完全ではない。
ところどころが欠けており、特に、いつ、どこで、どうして死んだのかは、まったく思い出せない。
ただ、自分でも理由はわからないが、死んで生まれ変わったと確信できた。
自分が死ねば地獄堕ちは間違いない。
地獄の鬼ども相手にひと戦《いくさ》、仕掛ける気でいたのだが――。
――神の気まぐれかなんだか知らんが、ちょうどいい。
並大抵の人間であれば、転生という事態に驚き戸惑うだろう。
だが、皇帝としての記憶を取り戻したユーリは、その胆力で眉ひとつ動かさなかった。
「答えは決まっておろう。さあ、どちらを選ぶのだ?」
追い詰めるように迫る伯爵だったが、ユーリの顔を見て思わず顔が引きつる。
目の前にいる幼女が自分の娘だとは思えなかった。
さっきまではよく知るユーリだった、だが、今、目の前にいるのはいったい、何者だ……。
壮絶な凄み。猛獣よりも獰猛な、喰い殺されそうな気配に冷や汗が流れる。
「ああ、もちろん――」
ユーリはネックレスを引きちぎる。
大きな紅い宝石が嵌められたネックレスは亡き母から受け継いだもの。
貴族令嬢であることを示す証だ。
震え上がる父に向かって、ユーリはネックレスを投げつける。
「――願い下げだ。こっちから絶縁してやる」
ネックレスがぶつかり、伯爵の額が裂け、多くの血が流れ滴《したた》る。
すぐに手当が必要な怪我だったが、痛みよりも恐怖が上回った。
伯爵は叫ぶこともできず、「あっ、あぅ」と潰れた声を出すだけだ。
それでも、この程度で済んで、伯爵は幸運だったと言えよう。
ユーリの意識とユリウスの記憶とが、まだ上手く馴染んでいなかったからだ。
もし、ユリウスであったら、間違いなく伯爵の首は床に転がっていた。
手加減したのは、生まれ変わった喜びがあったからでもある。
そう。ユーリ《ユリウス》は歓喜に溺れていた。
一度終わったはずの人生をやり直せるのだ。
前世で神に祈ったことなどなかったが、今は祈ってやってもいい気分だった。
それくらい浮かれていた。
ユリウス帝は冷静沈着。感情をあらわにすることは皆無だった。
彼を知る者なら、今の浮かれぶりはとても信じられないだろう。
このまま踊り出しそうだったが、すぐに気持ちを切り替える。
もう、この男にも、この家にも用はない。
さっさと立ち去るだけだ。
しかし、その前に――。
ユーリは伯爵を睨《にら》み、殺気を放つ。
「ヒッ……」
それだけで伯爵は泡を吹いて、失神した。
その余波で部屋にいた執事長とメイドたちも、腰を抜かしてガクガクと震える。
――これで満足か?
ユリウスは心の中のユーリに問いかける。
――ありがとう。
心の中の彼女は短く答える。
父からの不遇な扱いに対する怒りはあったが、殺すほどは憎んでいなかった。
彼女としては、今ので十分な報復だった。
彼女はそれで満足した。
次の瞬間――。
ユリウスが覚醒してから今までは、ひとつの身体の中にユーリとユリウス、二つの意識が共存していた。
それが今、二つが一つに混じり合い、ユーリでもユリウスでもどちらでもない、新たな人格が生まれた。
ユーリとしての記憶も、ユリウスとしての記憶も、どちらも残っている。
ユーリとしての穏やかさと、ユリウスとしての苛烈さが、矛盾せずに存在している。
――まあ、よい。自分がどっちであれ、身体の持ち主はユーリだ。これからはユーリとして生きよう。
ユーリはすぐに決断した。
――わからぬものはわからぬ。考えても無駄。直感に従うのみだ。
それが大陸を制した男の生き方だ。
ユーリは父親には目もくれず、その場を後にした――。
【後書き】
次回――『ユーリは実家を後にする。』
第16回ファンタジー小説大賞が今日(9月1日)から始まりました。
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