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第一章
1-4 卑屈な私に美しいビー玉を
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そうして私は冒頭の瞬間へとタイムリープするのだ。いいえ。タイムリープするのはあなたたちと今この瞬間の私だけ。
さっきまで庭の向こう側から眺めていた場所に私は立っている。柔らかな笑顔の初老男性に誘われるまま、ウッドデッキへと上がり促されるままスリッパへとつま先を通したところだ。
開け放たれたリビングの先にこのウッドデッキが作られていたみたい。室内はあたたかな色見のフローリングに三十帖はありそうな広い空間で、私のアパートの部屋はすっぽりとここにおさまって尚且つ余りまで出そうなほどだ。滑りの良い床を足裏で撫でながら周りを盗み見る。大きなL字ソファは高級感のある皮でできており、薄々と感じている『お金持ち』という印象が確証へと変わりつつある。
ソファと少し離れた場所に床とよく似た木材で作られた長方形のダイニングテーブルがあり、そこに掛けて待つようにと短く告げた男性はそのまま奥へと姿を消してしまった。ずっと立っておくのも違うかも・・・、座るなら一番端っこが無難。場違い感を感じながらゆっくりと傷をつけないように椅子をひいて座った。
「ん?」と思った時には背後からの人影に前髪が揺れて、「あ」という前に向かい側の椅子に滑り込んできたのは理人さんだった。勝手に名前で呼んでいるが、彼が『理人』なのか『リヒト』なのかはたまた『利人』なのかはわかっていない。
目の前に座ったものの、彼は長い足を組んだ膝を両手で包み込むように乗せて何故か明後日の方向を見始めた。確かに今日は面接で来たし、彼がここで私を審査する可能性は大いにある。どう考えてもさっき初めて知った感じではあったけれど。
背中が丸まってしまわないように肺に空気を入れて肩甲骨を寄せてみる。鳥はきっといつもこんな体勢をしているんだろうな、なんて今はどうでもいいこと。チラリと前方を盗み見ようと眼球を動かすと、まつ毛の長い切れ長の視線とぶつかってしまう。慌てて逸らす前に逸らされてしまった視線は、慌てるようにまた明後日をむいた。びっしりと生えたまつ毛がアイラインのようで羨ましい。絵に書いたように美しく整った横顔に、毛穴の見えない白くきめ細やかな肌は距離を縮めたって美しさに揺らぎはない。
「良い天気ですね」
低音の上ずった声にパタパタとせわしなく動くまつ毛の動きを視線で追う。この状況にこの展開でこの発言なことに意味があるのだろうか、と考えたってきっと答えは出ない。
「そうですね。特にこのお庭は竹の音と、青々とした木漏れ日が素敵だと思います。桜が散っても、この元気な青が見られる季節が楽しみですね」
私は散って踏まれたドロドロの『さくら』です、なんて卑屈なことは声には出さないけれど。
「君はなんでここに・・・あ、えっと。さくら、桜は散ってしまったけれど、また必ず来年も咲くからすごいと思う。夏は他の植物に負けない青い葉をつけて、季節とともに生きるのに春には一番輝く花を咲かせる。とても強いと思う」
慌てたように早口になった理人さんへ思わず顔をあげてしまう。
私の卑屈が声に出ていたわけじゃないよね?ましてやさっきの自己紹介で『佐藤さくら』を覚えている感じでもない。フォローしている表情でもない。きっとこの人はただ『桜』に対する感想を述べているだけ。
わかっているのに年を重ねて卑屈になった自分とは違う、純粋なビー玉の瞳に軽くこめかみをつつかれた気分だった。
「何か失礼がありましたか?」
ほんの一瞬呆けてしまったことに気づかれてしまったようで、不安そうに眉頭を寄せた美形がこちらを伺い見ていた。
短く否定の音を出しつつ、右手を左右に小さく揺らして何も焦ってなどおりませんアピールをしておくのが吉。バレているかと思うけれど、私はあまり感情を表に出したくない。対照的に脳内ではいつだって討論会が開かれているんだけれどね。
『ピィウゥ』と陽気な口笛の音で、スマホのマナーモード設定を忘れたことに気付かされた。おそらく今から始まるであろう面接時に鳴ったら大変である。せっかくのいつもと違うことへの挑戦なのに水を差すものは排除しておきたい。
「あ、すみません。すぐに切ります」
前方で目をぱちくりさせてこちらを見ている人物に軽く頭を下げてから、足元のバッグを膝上へと移動させた。さっきからこの鞄は大事な時に、大事なものを全部隠す最低なあたまでっかちの融通もゆとりもない鞄だ。三つのポケットのどこかにスマホがあるはずなのに、キツキツの隙間に指を差し込んでも全然出て来やしない。
不思議そうに私を見つめる理人さんの視線が痛い。はやくでておいで・・・っと、あった。指先でおいでおいでと引っ張りあげたスマホがようやく牢獄から顔を出したとき。
「あ!えっ、それ・・・スマートフォンですか?」
人生で初めてだった。スマホをスマホですか、と聞かれたのは。お金持ちはVRみたいにもっと最先端の何かを使用しているのだろうか?
「・・・ええ。そうです」
「そうですか。・・・借りてもいいですか?」
借りていいですかもなにも・・・このご時世だしなんならスマホは一番プライベートが閉じ込められているもので、親にすら全てをさらけ出すのは気が引ける代物だ。借りて一体なにをしたいのだろう。
しかし面接にきた立場で「NO」は言えないのだ。嫌だという感情が見えないように無理やり口角にきゅっと力を入れる。手に持った長方形のこれが繊細な飴細工のように、彼の手に触れた瞬間に砕け散ればいいのに・・・。
恐る恐る差し出せば目の前の男性は初めてのおもちゃを見るように純粋無垢な瞳をさらに大きく開いた。たかがスマホなのに、他人のスマホなんて知らなくていい情報しかないのになんで・・・。
さっきまで庭の向こう側から眺めていた場所に私は立っている。柔らかな笑顔の初老男性に誘われるまま、ウッドデッキへと上がり促されるままスリッパへとつま先を通したところだ。
開け放たれたリビングの先にこのウッドデッキが作られていたみたい。室内はあたたかな色見のフローリングに三十帖はありそうな広い空間で、私のアパートの部屋はすっぽりとここにおさまって尚且つ余りまで出そうなほどだ。滑りの良い床を足裏で撫でながら周りを盗み見る。大きなL字ソファは高級感のある皮でできており、薄々と感じている『お金持ち』という印象が確証へと変わりつつある。
ソファと少し離れた場所に床とよく似た木材で作られた長方形のダイニングテーブルがあり、そこに掛けて待つようにと短く告げた男性はそのまま奥へと姿を消してしまった。ずっと立っておくのも違うかも・・・、座るなら一番端っこが無難。場違い感を感じながらゆっくりと傷をつけないように椅子をひいて座った。
「ん?」と思った時には背後からの人影に前髪が揺れて、「あ」という前に向かい側の椅子に滑り込んできたのは理人さんだった。勝手に名前で呼んでいるが、彼が『理人』なのか『リヒト』なのかはたまた『利人』なのかはわかっていない。
目の前に座ったものの、彼は長い足を組んだ膝を両手で包み込むように乗せて何故か明後日の方向を見始めた。確かに今日は面接で来たし、彼がここで私を審査する可能性は大いにある。どう考えてもさっき初めて知った感じではあったけれど。
背中が丸まってしまわないように肺に空気を入れて肩甲骨を寄せてみる。鳥はきっといつもこんな体勢をしているんだろうな、なんて今はどうでもいいこと。チラリと前方を盗み見ようと眼球を動かすと、まつ毛の長い切れ長の視線とぶつかってしまう。慌てて逸らす前に逸らされてしまった視線は、慌てるようにまた明後日をむいた。びっしりと生えたまつ毛がアイラインのようで羨ましい。絵に書いたように美しく整った横顔に、毛穴の見えない白くきめ細やかな肌は距離を縮めたって美しさに揺らぎはない。
「良い天気ですね」
低音の上ずった声にパタパタとせわしなく動くまつ毛の動きを視線で追う。この状況にこの展開でこの発言なことに意味があるのだろうか、と考えたってきっと答えは出ない。
「そうですね。特にこのお庭は竹の音と、青々とした木漏れ日が素敵だと思います。桜が散っても、この元気な青が見られる季節が楽しみですね」
私は散って踏まれたドロドロの『さくら』です、なんて卑屈なことは声には出さないけれど。
「君はなんでここに・・・あ、えっと。さくら、桜は散ってしまったけれど、また必ず来年も咲くからすごいと思う。夏は他の植物に負けない青い葉をつけて、季節とともに生きるのに春には一番輝く花を咲かせる。とても強いと思う」
慌てたように早口になった理人さんへ思わず顔をあげてしまう。
私の卑屈が声に出ていたわけじゃないよね?ましてやさっきの自己紹介で『佐藤さくら』を覚えている感じでもない。フォローしている表情でもない。きっとこの人はただ『桜』に対する感想を述べているだけ。
わかっているのに年を重ねて卑屈になった自分とは違う、純粋なビー玉の瞳に軽くこめかみをつつかれた気分だった。
「何か失礼がありましたか?」
ほんの一瞬呆けてしまったことに気づかれてしまったようで、不安そうに眉頭を寄せた美形がこちらを伺い見ていた。
短く否定の音を出しつつ、右手を左右に小さく揺らして何も焦ってなどおりませんアピールをしておくのが吉。バレているかと思うけれど、私はあまり感情を表に出したくない。対照的に脳内ではいつだって討論会が開かれているんだけれどね。
『ピィウゥ』と陽気な口笛の音で、スマホのマナーモード設定を忘れたことに気付かされた。おそらく今から始まるであろう面接時に鳴ったら大変である。せっかくのいつもと違うことへの挑戦なのに水を差すものは排除しておきたい。
「あ、すみません。すぐに切ります」
前方で目をぱちくりさせてこちらを見ている人物に軽く頭を下げてから、足元のバッグを膝上へと移動させた。さっきからこの鞄は大事な時に、大事なものを全部隠す最低なあたまでっかちの融通もゆとりもない鞄だ。三つのポケットのどこかにスマホがあるはずなのに、キツキツの隙間に指を差し込んでも全然出て来やしない。
不思議そうに私を見つめる理人さんの視線が痛い。はやくでておいで・・・っと、あった。指先でおいでおいでと引っ張りあげたスマホがようやく牢獄から顔を出したとき。
「あ!えっ、それ・・・スマートフォンですか?」
人生で初めてだった。スマホをスマホですか、と聞かれたのは。お金持ちはVRみたいにもっと最先端の何かを使用しているのだろうか?
「・・・ええ。そうです」
「そうですか。・・・借りてもいいですか?」
借りていいですかもなにも・・・このご時世だしなんならスマホは一番プライベートが閉じ込められているもので、親にすら全てをさらけ出すのは気が引ける代物だ。借りて一体なにをしたいのだろう。
しかし面接にきた立場で「NO」は言えないのだ。嫌だという感情が見えないように無理やり口角にきゅっと力を入れる。手に持った長方形のこれが繊細な飴細工のように、彼の手に触れた瞬間に砕け散ればいいのに・・・。
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