拝啓、秘密の後継者さま。普通の私が、普通の中の普通をお教えいたします。【完結済】

キミノ

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第二章

2-11 ふたつの心※

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 急な大人の表情に心臓が跳ね上がる。私の名前を呼ぶ子宮まで響くような低音は、ここにいる私にしか聞こえていない。

 バックミュージックもライトアップもない展望台で、虫の音は遠い星々のささやきのように耳に響き、さわさわと木々の揺れる音がする。それよりも私の鼓動の方が大きく、全身が楽器になったかのように響いているとさえ錯覚してしまう。

 ぎゅっと強く握られた手に呼応するように、私もしっかりと握り返す。きっとふたりとも同じ気持ち。

「さくらとオーロラを見に行きたい。それ以外も全部、さくらと一緒がいい。何をするときも、君がいたら乗り越えられる気がするんだ。・・・ずっと考えていたんだ。田村さんも美恵子さんにも育ててもらったこと、感謝している。でも、それだけじゃない。もっと違う感情が僕の中にあるんだ。これを好きって言うんだと思う」

 溢れ出す。胸の中、いや、体中から温かくて優しくて幸せな感情が全身を包み込んでいく。目の奥の方からじんわりと溢れ出すのは悔しさでも劣等感でもない、喜びの涙。嗚咽を漏らすようなものではなく、自然と伝う涙は夜風に冷やされることもなく熱く。

「さくら・・・」

 心配するように私の頬を拭う手はどこまでも優しくて、気持ちがこぼれ出す。

「だめってわかっていたのに、年上なんて足枷にしかならないってわかっていたのに止められないんです。理人さんは私なんかと違う世界の人で。きっとこれからもっと遠くにいってしまう気がして、それが怖くてたまらないのにのにそばにいたいと思ってしまったんです。・・・好きなんです。どうしようもなく」

 理人さんの眉山が寄り、ぽってりとした下唇は理人さんの口内に呑み込まれてしまう。一瞬苦しそうな表情をした後に息を吐く音がする。私はただそれを見つめる、一瞬一秒も見逃したくなくて。
 ぐっと力強く腰を引き寄せられてしまい、緊張で生唾を飲みこむ。無言の理人さんに触れている箇所が熱い。彼の腕から伝わる心の高ぶりを感じながら、それを抑え込んで欲しくなくて胸板におでこを摺り寄せる。表情は恥ずかしくて見れない。

「ごめん」

 耳に寄せられた唇から、熱い吐息とともに脳に染み込んでいく理人さんの声。感覚が麻痺していくみたい。全身が幸せのドーパミンで痺れていく気持ちの良い感覚。

 手を引かれて同じ道を歩く。すれ違う恋人たちは私たちを不思議そうに見ている。少し強引な手は初めて会った頃とは違う頼りがいを宿らせていて、これから起こるナニかに私はどうしようもなく期待している。それでも階段をゆっくりと気遣われながら下りれば、助手席へとエスコートされた。

 先に乗り込んで、ドアが閉められると思っていた。

 理人さんの膝が私の太ももの間に着地して、座席に押し付けられるように降って来た口づけに慌てて応える。もう、子どものようなキスではない。舌で開くように促された口内に侵入してきた熱い舌は、私の舌を執拗に追い回す。息をする余裕がなくて、熱い胸板を押すけれどびくともしない。酸欠でくらくらする。きっとそれだけじゃなくて、こんな理人さんにも雰囲気にもシチュエーションにも。

 ドアは開いたまま、理人さんの半身は外にあるのに車内がふたりの熱で暑苦しい。私を逃がすまいと押さえつけている理人さんの手の熱さ、身体の高ぶりで首筋を伝った汗が谷間へと滑り落ちていく。張り付いた髪が気持ち悪いのに、それを上回る喜びと快感に何もかもどうでもよくなっていくほどに。

「はっ、り・・ひとさn」

 合間で絞り出そうとしても許してくれやしない。私も初めての感情で、理人さんにとってはもっと初めてで強く衝動的な感情だと思う。それを必死に押し込もうと、目の前の野獣が苦しんでいるように見える。

 広い背中に腕を回して撫でおろす、何度も何度もぼーっとする脳を起こしながらよしよしって。全部受け入れる気持ちはあるよ、もちろん。でも。

 ちゅぽっと音が鳴り少し離れた美しい顔が、苦しそうにこちらを見降ろしている。寄せられた眉と揺れた瞳が好きだって言ってくるみたい。理人さんの熱い息が落ち着くように、両頬を包み込んで優しく撫でる。

「誰かに見られてしまいます」

「悪い。・・・抑えられなくて」

 後ろめたそうにちらっとこちらを見る姿は、怒られている大型犬だ。別に怒ってなんかいなくて、ここが家ならばきっとそのまま。

 短く息を吐いて立ち上がった理人さんとドアの隙間から入ってくる夜風が冷たくて気持ち良い。首に張り付いた髪を梳かしながら、自身の唇を撫でる理人さんと目が合う。お茶らけたように唇を突き出してみれば、苦笑した理人さんが背中を丸めてそっとキスをくれる。火照りは夜風が持ち去ってくれて、今はただ幸せなカップルだ。

「あ・・・」

「ん?」

「理人さんは私の彼氏、でいいんですか?」

「それでさくらの欲張りが満たされるか?」

「あー・・・、苗字もついでにもらっていいですか?」

「それは欲張りだな」

 ほどけた緊張の糸は私と理人さんの小指を結ぶ赤い糸へと変わっていく。チャンスの糸もちゃんと理人さんへと繋がっていた。信じてよかった。一歩踏み出して良かった。

 目を合わせて笑う私たちは、きっと今、世界中の誰よりも幸せ。好きな人が私のことを好き。

 これからハッピーなカップルライフが訪れるんだと思っていた。でもそれは普通のカップルの話で、私たちは普通じゃない。乗り越える壁が多くても、きっと大丈夫だよね?
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