拝啓、秘密の後継者さま。普通の私が、普通の中の普通をお教えいたします。【完結済】

キミノ

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第三章

3-1 波乱の幕開け

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 蒸し暑い日。なんでもない一日が過ぎるはずだった。

 いつもの如く書棚に囲まれた談話室にて理人さんと会議をしていた。

「やはり夏と言えば、花火はどうだ?」

「確かに夏と言えば花火ですね。家で仲の良い人と行う手持ち花火、それとも花火大会。どちらが良いですか?」

「それは難しい選択だ。やはり・・・、何の音だ?」

 眉をひそめてドアの方を振り返る理人さんにつられて、同じく視線を向ける。視覚的には何も起こっていないが、遠くで言い争うような声がした気がする。ここにはいつもの四人しかいないはず。喧嘩など起こったことは一度もない。日常に訪れた非日常に、ウーウーと胸に警報を鳴らしている。

 ドタドタと複数の足音が鳴り近付いてきて、思わず立ち上がる。理人さんを守らなきゃ。そう思うのに上手く体が動かず、理人さんの腕へと手を伸ばす。獲物を狙うヒョウのように理人さんは鋭い視線をドアに向けたまま、私を背中へと引き寄せた。

「お待ちください」

 慌てたような田村さんの声と共に両開きのドアから派手に入ってきたのは、茶髪のヤンチャそうな男性。クールビズスタイルのスーツに身を包み、短髪は明るめの茶色でパッチリとした二重はこちらを好意的には見ていないようだ。不服そうに私と理人さんを見てから口角をひくつかせる。その眼差しは理人さんへの怒りとも軽蔑とも取れる感情が宿っていた。

「お前が理人、だろ?」

「そうだけど。こんな野蛮な来客の予定はないはずだが?」

 男性から私を隠すように力が込められ、更に理人さんの背中へと引っ張られる。私が守らなきゃと思っていた頃の理人さんはもういなくて、私が守られる側になっているみたい。

「女と戯れる暇があるなら、もっと他にやるべきことがあるんじゃないのか?・・・ちっ。なんで今更こんな奴」

 その言葉は理人さんへと向けられているもの?だとしたら私はすぐに怒り狂ってしまう。男のことを怖いと思ってしまった気持ちはどこかへ飛んでいき、理人さんに害を与えるのなら私は黙って見ていられない。
 胸の内では戦いのゴングが鳴らされようとしているけれど、今の私じゃ理人さんの背中を見つめることしかできない。悔しい、けれどどうすればいいのかわからない。

「雅人様。客人の前です。失礼の無いようにお願いします」

 雅人と呼ばれた男が田村さんを一瞥した後、私を見てくだらないと言いたげに短くため息を吐いた。全てが勘に触る男だと思った。理人さんへの敬意を示さず、田村さんへの失礼な態度。私なんてゴミのように見てもらっても構わないけれど、この二人へのその態度は頷けない。

「何か用があって来たのでは?」

 私の腕を掴む理人さんの手に力込められる。この雅人という嫌な男が何だと言うのか。理人さんの表情が見えなくて、ザワザワと不安で胸が気持ち悪い。

「お前が会いたくて堪らない相手がお呼びだ。ついてこい」

 雅人という男は理人さんの返事を待たずに、踵を返して部屋を出て行ってしまった。
 名前は少し似ているけれど、気品も遠慮もないムカつく男だ。あんなやつについて行く必要はないよね?

「理人さん。大丈夫ですか?」

 沈黙を守っていた理人さんの顔を下から覗き込めば、何かを考えるように黒い瞳が揺れていた。視線が合わない。雅人という男と理人さんの関係って・・・?

「理人さん、申し訳ありません。お待ちいただくように申し上げたのですが」

 田村さんがこちらへ申し訳なさそうに近付いてくる。多分、田村さんは全てを知っているんだろうな。当たり前なんだけど、少し疎外感を感じてしまう。私なんてまだ半年足らずの関係なのに、この感情はきっとわがままなんだ。

「いえ。問題ありません。・・・行って来ます。さくらは今日はもう帰って大丈夫だよ。また連絡する」

 そう言ってから理人さんは私の頭を撫でて部屋を出て行ってしまった。どうしたの?って聞きたかったのに、寄り添う時間も与えてもらえなかった。私では力になれないのかな。


「佐藤さん。驚かせてしまい申し訳ありません。理人さんも帰るようにとのことでしたので、ご自宅まで送りましょうか?」

「あ、いえ大丈夫です。あの・・・可能であれば理人さんが帰ってくるのを待ちたいのですが」

「・・・承知しました。恵美子さんに何か落ち着く飲み物を作っていただきましょう。下へおりましょうか」

 田村さんを困らせてしまったかもしれないけれど、今、私はここを去ってはいけない気がするの。また理人さんが遠くなってしまう気がして。


 思考が巡る。さっきの雅人という人、そしてあの横暴な態度。おそらく部外者ではなく・・・多分。そうでなくあって欲しいけれど、嫌な予感ほど当たってしまう。理人と雅人。そして理人さんが以前話していた自分の存在意義のこと。似ても似つかない二人は、隠と陽だと言うの。

「お待たせしました」

 初めてここを訪れた時のように、私はダイニングテーブルで一人田村さんを待っていた。その時は何も知らなかったけれど、みんなと過ごしてきてわかって来たことも多くある。それと同じように知らないこともたくさんあると感じていた。

「何か聞きたそうな顔をしていますね」

 疲れたように笑った田村さんは、ポットからカップへと液体を注いでいる。香りでわかる。甘く広がる落ち着く香りは、ミルクティー。夏でも室内は快適に保たれているため、ホットでも汗は出ない。むしろ甘く温かいものが心を落ち着けてくれる。

「先ほどの雅人さん、という方。理人さんのご兄弟でしょうか?」

「ええ。理人さんからどこまでお話しされているか分かりませんが、彼の人生がどう進んでいくかは二人の関係次第です」

 きっと色んな事情があって、これまでの理人さんの人生がある。それを私は知らないし、田村さんもおそらく教えてくれない。面接の時を思い出す。抽象的ではっきりとは答えてもらえない疎外感、私自身の力不足にただこの欲求を押さえつけるしか無いんだ。
 そうだと言い聞かせたって、理人さんの全てを知りたいし一番の理解者でありたいと思ってしまうんだ。湧き上がってくる不安と劣等感、嫌悪が暴れ出してしまいそう。迷惑をかけたく無いのに、涙が溢れて止まらないんだ。

「私がまだ理人さんに与えられるものは・・・、ありますでしょうか」

 結局困らせてしまっているじゃ無いか。それでも溢れて来て制御ができない。前までの私はこんなに子どもじゃなかった。何にも興味がなくて、ただこなすだけの毎日に感動も喜びもなかった。それとは一変してしまった私の人生は、思っていたよりもずっと難しい。

「佐藤さん。私がなぜ貴女に求人を出したか分かりますか?」

 何故かポストに入っていた、怪しい求人票。目まぐるしく過ぎる日々の中で忘れてしまっていた。頬の涙を拭って田村さんを見れば、優しく微笑みかける目に何か落ち着くものを感じる。

「私は貴女と一度だけお会いしたことがあります。いえ、むしろ私が一方的に見ていたという表現が正しいでしょう」

 思わず記憶を辿るが、一方的に言われれば思い出す術はない。乾いた喉を潤すためにも一口だけミルクティーをいただくと、優しさが身体中に染み込む感覚がした。

「佐藤さんが働いているコンビニへ立ち寄った時です。お店の裏の方から声が聞こえて、気になって見て見ると佐藤さんが電話中でした。いけないとは思いつつもお母様に電話をするその声が真っ直ぐで思いやりがあって、芯があって。愛されて育った子なんだと思いました。接客中の自然な気遣い、素晴らしい女性だなと思いました。彼女の深い愛情が理人さんにも届いて、包み込むような温かさが心をほぐしてくれたらいいなと思いました。だから求人で来てくれたら、その運命にかけてみたいと思ったんです。

 そして自分が知らぬ間に会話している二人をみて、佐藤さんをを選んでよかったと心からそう思いました」

 虚無で無価値な人生を送っていた私を肯定してもらえた気がした。誰も私なんて見ていないと思っていた、頑張っても意味がないと思ってた。
 私から溢れた小さなカケラを大事にしてくれていた田村さん、あなたが私にこんな素敵なチャンスの糸をくださったんですね。


 ミルクティーを飲み終えたその頃に玄関から大きな音がした。それはきっとまだ知らぬ波乱の足音と共に。





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