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第3章
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しおりを挟む「っ社長! どうしてこんなところに・・・、ぃっ」
突然の貴臣の登場に慌てて立ち上がろうとするが、足の痛みで顔をしかめると盛大なため息が聞こえた。貴臣の顔を見上げると、無表情の奥に不機嫌がちらちらと顔を出していた。
コツコツと茶色の革靴を鳴らしながら近付いて来ると、貴臣が目の前で綺麗にしゃがんだ。片手で膝に頬杖をついた状態で、足先からゆっくりと舐めるように全身を見られる。今日ほど沈黙が怖いと思った日は無いと思う。
「言いたいことはちゃんと言え」
「へ?」
「ヒールが合わないのであろう? 言えばすぐに代えさせてやる」
ふわりと体が浮いた。耳元に小さなため息がかかる。沙也加は貴臣にお姫様抱っこされており、ヒールがかろうじてつま先に引っかかっている。
「え?! 社長、みらっ見られてます!」
「うるさい」
必死でスカートを抑えながら小さい声で抗議してみるも、下ろしてくれる気配は無い。何食わぬ顔で廊下をずんずん進む貴臣と抱えられている沙也加を、道行く社員達は振り返って見ていた。
エレベーターに乗るときは気を使ってか、全員がエレベーターを降りて見送ってくれた。通り過ぎた後の社員達がどんな話をしているか、想像するだけでぶるりと振るえた。
大きな木製扉を貴臣が背中で押すと、ギィと重そうな音を鳴らしてゆっくりと開いた。そのままデスクへと直行し、貴臣が座る椅子に向かい合う様にデスクの上に下ろされた。
「見せてみろ」
ぐいっと無理に足を持ち上げられてバランスを崩すが、貴臣は全く気にせずにハンカチを解いている。___優しいのかどうか分からなくなってきた。
はらりと解かれたハンカチが傷口に張り付いており、ぐっと唇を噛んで痛みをこらえる。貴臣の視線が伏せられるのと同時に頭が下げられて、傷口に暖かい粘膜が触れてズキリと痛んだ。
「ひっ、・・・つぅ」
貴臣の舌が血を舐めとるように動き、床にゆっくりとハンカチが落ちた。ふっと息が吹きかけられると、指先に力が入り太ももが揺れてしまった。
ごくりと唾を飲む音が聞こえて太ももに大きな手の平が添えられると、股の間からの熱い視線と目が合う。
コンコン
「失礼します」
背後からの声にビクリと肩を揺らすと、目の前で悪魔の口元が弧を描いていた。
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