Sランクの男は如何でしょうか?【R18】※番外編更新中

キミノ

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第7章

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 昼間の場景を思い出す。

 首筋に這うしっとりとした粘膜も、上から見下ろす彼のつむじも、雄を宿した色っぽい瞳も。貴臣の事を考えるだけで、狂おしい程に胸が痛んだ。あの夢の様な時間はもう、戻らない。


 ”しるし”を撫でてからバスルームに入った。

 どうか何時までも消えませんように、と願いを込めて。




 猫足のバスタブは女の子の夢が詰まったものだった。金色のお洒落な蛇口も、浮かべられた薔薇の花弁も何もかもが素敵だった。どろどろの足をシャワーで流すと傷口が痛み、顔をしかめる。

「いぃっ・・たいっ」

 独り言が出てしまうくらい、本当に痛かった。足の裏を見ると傷口が黒くなっており、砂が入ってしまっていた。ヒールで飛び出したため、かかとは靴擦れを起こして皮がめくれあがっている。丁寧に足裏を流すが、上手く綺麗に出来ない。かかとには後で絆創膏を貼ればいいかな。・・・あ


 そういえば司くんと初めて会った時もかかとを怪我してたっけ。初めから司くんは優しかったよね・・・。きっとこんな出会いじゃなければ、いいお友達になれていたかな。

 シャワーを片手に固まってしまっていた。ぶるりと寒気が走り我に返る。思い出に浸っていても何も変わらない。何度も暗示をかけるように繰り返しながら全身を綺麗にした。頭の隅で貴臣と浴室で交わったあの日を思いながら。



「綺麗・・・」

 びしょ濡れの制服があった場所には、美しいネイビーのワンピースとふわふわのベージュの上着が掛けられていた。足元にはかかとが無いタイプのミュールが置かれていて、あの時の貴臣の心遣いを思い出した。何もかも、貴臣に繋げてしまう頭が憎たらしくなってくる。


 初めての洋服を着るときはドキドキする。背中のファスナーを上げると、身体のラインにぴったりとフィットするワンピースは、まるで自分の為に作られたのかと錯覚する程だった。鏡の前に立つと自然と笑みがこぼれた。


「でも、こんな私には似合わないかな」




”それを判断するのは私だ”



 あの時の言葉を思い出した。

 自分の事を卑下してばかりじゃなく、綺麗になりたいなら努力をするべきじゃないのか。貴臣さんはいつも私を肯定してくれていた。見に余る言葉に否定ばかりしていた自分、甘えてばかりいた自分、そんな私があの人に愛してもらおうなんて馬鹿げている。


 美しくなって、彼の隣に立ちたい。


 ドレッサーの前には色とりどりの化粧品が並んでいた。一つだけではなくいろんなブランドのものが数種類ずつ並んでいる。ライトに照らされてキラキラと光るそれらは、本当に宝石のようだった。子供の様な気持ちで思わず駆け寄る。

 そこに紙が一枚置いてあった。


―――――――――――

このこたちが君に
シンデレラの魔法をかけてくれるよ

―――――――――――


 あまりにもクサいセリフに思わず小さく吹き出してしまった。車も運転手付きだったし、何よりこのホテルの部屋を直ぐに準備が出来るという事はこの人も相当な人なのだろう。雲の上の人たちに囲まれていることに、ぶるりと背中を震わせた。







「お待たせしました」

「おぉ・・・、よく似合っているね。白い肌に映えるネイビーを選んでよかったよ」

「すみません。こんな素敵な服まで用意してくださって」

「良いんだよ。私がしたくてしていることだから」

 その柔らかな笑みに何も言えなくなってしまう。BARは前回と変わらず薄暗く、違う事はお客さんは私達の他には誰もいないこと。司くんがいないこと。

 高い椅子に座ると両足がぷらりと宙で揺れた。典型的な日本人体型の私が座るとどうしても馬鹿っぽく見える。隣を見ると年配の男性は片足を床につけて、もう片方は椅子の足載せに置いていた。凄くかっこよくて、貴臣の影と重ねてしまった。

 見とれていた沙也加の前にコトリとグラスが置かれた。黄色いカクテルのグラスの淵にはレモンが添えてある。


「__可愛い」

「良かった。お嬢さん・・・、沙也加さんの笑顔が見たくてね。フルーツのカクテルだよ。度数もあんまり強くないから安心して飲んで大丈夫だよ」



 名前も知らないこの男性は凄く、凄く優しかった。胸が暖かくなる。

 気持ちは言葉にして伝えなきゃ・・・


「ありがとうございます。本当に、ほんとうに。___あそこで私、独りでした。通り過ぎていく人たちからの視線も、何もかもどうでもいいって思いながら凄く・・・凄く苦しかったんです。優しくしてくださってありがとうございます」


 鼻の奥がつんとなり、目頭が熱くなる。

 だめ、溢れないで・・・。


ぎゅっ
 優しく抱き締められた。瞬きの拍子にぽろりと感謝の雫が落ちた。





「___え?」

 顔を上げると目の前には男性が笑顔で椅子に座っている。

 じゃあ、この回された腕は一体___?


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