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三章 地獄編

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「そうだ……お風呂にお湯張ってあるから、冷めちゃうから入って」

 あまりにもキスされるものだから、恥ずかしくなった私はそう言って七緒さんの胸を押し返す。 
 七緒さんが部屋に着いたらすぐにお風呂に入ることが出来るように、ここに到着する時間を瑠璃に聞いて浴槽にお湯を張っていたので、今なら浴室は湯気でちょうど暖かくなっているはずだ。

「そう、じゃあ一緒に入る?」
「わ、私は、もう入ったので大丈夫……」

 恋人や夫婦が一緒のお風呂に入る話は聞いた事はあるけれど、いままで七緒さんと一緒にお風呂に入った事は無い。
 一緒に入る? だなんて、想像もしていなかった言葉に頭が真っ白になって思わず首を振る。

 七緒さんはネクタイを抜き取り片手で器用にボタンを外しながら「それは残念」と笑い浴室に向った。

 






 私は七緒さんがいる浴室の方向を見つめながら考える。

(ひょっとして、あれは……誘われた……?)

 速攻で断ってしまったけど、冷静に考えれば、多分、あの流れならそうなんだと思う。
 ……断ったりすると男のプライドが傷つくとかなんとか、雑誌に書いてあった気がする。私はもしかして大変まずい事をしたのではないだろうか。

 したくないわけじゃない。
 相手は七緒さんだ。むしろ、したい方かもしれない。

 よし、ここはすぐに謝ろう。
 でも謝る事で逆にプライドが傷ついてしまうかもしれない。かと言って何も言わないのは───

「……」

 お風呂から出たのか、脱衣場からドライヤーの音がする。
 私はその音を聞きながらぐるぐる考えていた事を決心した。


 布団の上で大人しく正座してる私を見て、脱衣場から出てきた七緒さんが小さく首を傾げた。細身の街着に出来るようなスエット姿は、いつものスーツ姿よりも少し雰囲気が柔らかく見える。

「どうかした?」
「…………私がします」
「何を?」

 何が可笑しいのか、笑いを堪えるように七緒さんは言う。……というか堪えられてない、完全にこの人笑ってるぞ。

「ここ、座ってください」

 私は布団の上を指し示す。
 言われた通りに七緒さんは私に向かい合うように正座して座った。

「今日は、私がします、から」

 言いながら、七緒さんのスエットのトップスのウエスト部分を掴むと臍の上までたくし上げた。

「……電気はつけたままでいいのかな」

 私が何をしようとしているのか理解しているのか、七緒さんは尋ねる。
 ……電気つけたままは、ちょっと困る。
 目の前の人間しか目に入っていなかったせいで私はすっかり電気の存在を忘れていた。
 私は七緒さんから離れて部屋の壁の照明のスイッチのところまで行き、照明を消す───けれど消したら消したで、部屋は真っ暗で何も見えなくなってしまう。もう一度スイッチを押し今度は豆電球の明かりに変えてみた。すると姿は見えるけれど顔の表情が見えない暗さになってしまう。
 手際の悪い私を見ていた七緒さんだったけれど、結局は立ち上がり部屋の端に置いてあった和紙と木の格子でデザインされた小さなスタンドライトの電源を入れてくれた。それでようやく室内が程よく暗く、けれど表情も見える明るさになる。

「こういう事は、事前に準備が必要だよ」
「ご、ごもっとも、です……」

 まだ何もしてないのに、疲弊しながら答えた。なんと難しいのだろうか……いたす前の下準備。

「それで? 何をしてくれるのかな、佐保」

 目を細めて七緒さんは私を見る。わかっているはずなのに、わざわざ私に言わせようとするとは意地悪この上ない。

「それは……」
「いきなり服をたくし上げるよりも、まずはキスから始めようか。ほら」
「は、はい」

 七緒さんは布団の上だけど、壁に背を預け足を伸ばして座っていた。そこに私は身体を寄せると、七緒さんの腿を膝立ちで跨ぎ、壁に手をつき覆い被さるようにキスをした。……なんだか誘導されているような気がして釈然としない。

 技術も拙い私がすることだから、唇を重ねるだけの軽いキスだったはずなのに、繰り返すうちにだんだんと深いものに変わっていく。
 私の口を中を探るように動く舌は、何度も絡まり、擦り上げ、私の身体の芯を熱くさせた。

「っ、……っは、ふ、ぁ、……は、ぁ」

 荒い吐息が部屋に響く。
 膝立ちになっている私の寝間着のズボンに七緒さんの手がかかる。それに気付いてその手を慌てて抑えた。

「今日は、わ……わたし、が、するから」

 言って、私は七緒さんのスウェットズボンに手をかけた。……私だって、私からだって、出来るはずなのだから。

「……あの、腰あげて?」

 手にかけたズボンが下がらなくてどうしようもなくなった私は七緒さんに腰を上げてもらえるように言う。けれど、七緒さんは首を振り私の手を押さえた。

「そこまでしてくれなくても大丈夫だよ。ありがとう」
「ちがう……ちがくて」
「うん?」
「……したい、から。私がしたいの。だから」

 言いながら、七緒さんの着ているスエットのウエスト部分はゴムだということに気付く。という事は、ズボンを腰下まで引き下ろさなくても、ウエストを引っ張れば簡単に───七緒さんの急所に手を伸ばそうとし、寸前で止められた。

「こら」
「……触らせて」
「しなくていい」
「でも」
「気持ちだけで十分」

 止められた反対側の手で触ろうとするとそれも阻止され、まるで私が痴女のような攻防が続く。

 ……私に触られるの嫌なのかな、と悲しい気持ちになって動きを止めると、ため息が聞こえて更に悲しくなる。

「しようとしてくれるだけで……ほら、もう限界だから」

 七緒さんは掴んでいた私の手の指を、服ごしのその部分に触れさせた。まだまともに触ってもいないのに、それはすでに硬くなっているのが布地の上からでもわかる。

「 ……な、なんでこうなっちゃうの……? まだ何もしてないのに……」
「なぜだろうね?」 

 七緒さんは私の寝間着のトップスの裾から中に手を差し入れてきた。下着をつけていない胸を探しだすと、悪戯をするように先を弄りだす。
 七緒さんに向かい合うように膝立ちになっているため、声を耐えて顔を背けるようにすると余計に胸を押し付けるような形になってしまう。

「……ん、ん……っ、ゃ、……ぁ、ッ」

 服を脱がず、決定的に快感を追うわけでもなく、優しく触れられているのが逆にもどかしくて、息を荒くしてしまう。

「どうしたい? もっとする? ……やめようか?」

 七緒さんは私の服を捲り上げ、胸元にキスをする。

「……もっとして、ください」

 私の返事を聞き、私の服を脱がせ胸や腕に壊れ物に触れるようなキスをする七緒さんを見て、なぜか胸の奥を締め付けられた。

「……好きです。七緒さん、好き」

 視線が合っていない今なら、沢山言える気がした。
 好き。
 ───ずっと好きだった。

 引き寄せられ布団の上に押し倒され、七緒さんが私の服をすべて脱がす。太ももの際どい場所を指をかすめ、身体が期待に揺れてしまう。

「あ……っ、 好き、っ」
「……ん、もっと言って」
「すき……、ぅ、………んッ」

 ぬかるみ始めた場所に指が入ってくる。

「……ん…ッ、……ぁッ、はぁ、ふぁ、……ひっ」

 花芽を急に親指で撫でられ、その強い刺激に足がビクビクと震えてしまう。力が緩んだ隙に長い指が奥まで侵入してきた。

「んんッ、あ、ぁ、んぅ……ッ」

 両方を触れられ、すぐに目が潤んでしまう。

「きょ、今日は、っ、……私がしたかったのに……っ」
「嬉しいけど、最初から佐保に触られると思うとダメ」

 ダメ、という言葉は本当に弱ったような口調で、私が七緒さんに勝てそうな部分を見つけた気がして嬉しくなる。

「じゃあ、私が触るのに慣れれば大丈夫に、なる……、かも、……ンンっ、あ、ぅ……っ」

 奥まで入ってきた指は、私の言葉に反発するようにいやらしく動き、抑える事の出来ない声を上げさせ、そこから広がる痒みのような熱に身悶えさせた。
 溶けてなくなってしまいたいようなもどかしい気持ちと、まるで身体に熱を溜められていくような感覚が怖くなって、七緒さんに助けを求めて縋りつく。

 その様子に満足したのか、七緒さんは私の中から指を抜くと自分が着ているスウェットのトップスを脱ぎ捨て、私を見下ろし目を細めた。

「……なら、今日はしようかな」

 身体を起こされ、私は七緒さんの腿の上に座らせられる。
 私のお尻の下の七緒さんの下肢は、スウェットのズボンは穿いたままで───先ほどの攻防を思い出し、どうしたら良いのか悩んでしまう。

「……あの、私が触ってもいいの?」
「いいよ。慣れろと言われてしまったからには俺も努力しないとね」
「そ、そうですか」
「だから男の腰の上に乗っておいて、今更やめると言うのは無しだ」

 いたしている最中恥ずかしくなってギブアップする事が多い私に対して、七緒さんが鬼のような牽制をした。
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