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二章 恋愛編

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「………ん、……ふ……っ、ん、ん」

 バスタオル姿のまま、一賀課長の長い指先で顎を上向きにさせられて、息継ぎが出来ないくらいのキスをされている。

「だ……だめ、これから買い物に行く約束してる、から」

 ようやく唇を離されて、私は身体をずらしながら言う。
 シャワーを浴びてから買い物に行くと、篤と瑠璃と約束していたのだ。

「疲れたから少し休むと円乗寺さんに伝えておくように、篠さんにはちゃんと言ってある」

 一賀課長は、だから何か問題でも、と言いたげに逃げようとした私を捕まえると首すじに唇を滑らせた。

「……な、っ……ぁっ」

 そういえば別れ際に、瑠璃が意味ありげに笑っていた気がする……!
 ちょっと瑠璃さん、なに上司の策略にのってるの……!?

「それに週末という約束だ」
「だ、だからって、あの、ここでするのは」
「嫌?」

 というより、社員旅行中にわざわざする必要はないのでは。
 ちょっと、その……旅行中は我慢のひとつくらいして頂けないだろうか。

「……だ、だって、隣の部屋、もしかしたら同じ会社の人の部屋かもしれないし」

 全社の部屋割りは把握していないけれど、可能性としては同じ会社の社員かその友達の部屋という可能性は高い。ホテルの壁が薄いのか厚いのかわからないけれど、万が一、声を聞かれてしまったら。

「そうだね。部屋のドアの下もあいているから、大きな声を出すと聞こえるかもしれないね?」

 一賀課長の言葉にハッとした。
 ホテルの部屋のドアの下にはスキマがあるのだ。いわゆるアンダーカットといって空気の循環のための隙間だ。そのせいで廊下の声などは結構聞こえる。つまり逆もあるのだーーー部屋の声が廊下に漏れるという……。

「や、やっぱり、だめ」

 焦って首を振ると、一賀課長は目を細めて私を見る。

「このホテルについてから、何か怒ってたみたいだけど。もしかして怒っているからダメなの?」

 井上先輩と話をしている時に何度か睨んだので、私が何かに怒っているのにはさすがに気づいていたみたいだ。ただ別に今は怒ってない。
 さっき篤を叩きのめそうと頑張って運動したせいもあるし、道雄とペア組んだのも楽しかったし、睨んだ事すら今の今まで忘れていた。やはりストレスは解消するに限る。
 けれど確かに怒っていた理由はあるわけで……まあせっかく本人が聞いてくれているので、せめて知ってもらおう。

「何を怒っていたのかわかりますか?」
「心当たりが多くて……どれかな?」

 ……怒ってないけど警戒はしている。
 なんでそんなに心当たりが多いのかなこの人。私に言わない事がいっぱいありそう。
 ーーーもっとも私も一賀課長に言えない事があるわけで、だからこそ、お互いがすべてをオープンにしなくてはいけないとは思わない。白か黒かだけじゃなくて、グレーゾーンがあってもいいと思う。

 そして怒っているからダメと言っているわけではない。だって今は社員旅行なのだから。
 ……普通、社員旅行でしないものだよね?

「井上先輩が言いふらした事、知っていたんでしょう? 言いふらして良いって井上先輩に言ったの、一賀課長ですよね?」

 そう言うと、一賀課長は私の顔を覗き込む。

「……嫌だった?」

 眉を下げて言う姿にうっかりときめいて、思わず首を横に振りそうになる。ーーーいや、騙されない。もう騙されませんよ! 
 見ているだけでほだされそうになるので目をそらせた。だめだめ、見ちゃだめ……!

「嫌とかそういうんじゃなくて……なんで井上先輩に話した事を教えてくれないんですか」
「君が困るかな、と思って」

 ………………確かに困りましたけど。
 おかげで人生初、打開出来ないかもと思ったシチュエーションに遭遇しましたけど。
 モブには荷が重いんですよああいうの。ちょっとジャンルが違うというか。それにほら、ここホラー小説の世界だし、オフィスラブの世界ではなかったと思うの。


「困った君が見たかった」


 …………………………はい?


 
 そらせていた視線を元に戻すと、一賀課長はいつものような悪だくみでもしているような表情でもなく、少し困ったような顔で私を見ていた。

つまり、言いふらすのをOKした事を私に教えたら困るかな、ではなく、言いふらされて困った私が見たかったから教えなかったと……? 


 言っている事は、……まあ、なんとなくわかるけれど。
 相手の色んな顔を見たい。それは……私だってそうだ。


「あの……そんなに急いで私を困らせなくたっていいと思うんですけど」
「うん」
「……一緒にいれば、そのうちわかるものだと思うんですけど」
「そうだね。強引だった、ごめん」

 そう言って頬に優しいキスを落とす。

 これは絆されてしまう。
 このままでは、絆されてしまう……!
 しかもこの人、ちょっと考え方病んでるような気がするよ……?

 けれども、ブレーキをかけようとする私の意識とは別に、身体を支配するものがあって。
 腰に回った手に引き寄せられても、まったく抵抗が出来なくなっていた。
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