星の名で呼ばれる

綿入しずる

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星明かりの閨(前)*

 疲労が累積している。
 最優先の王命の鏡の量産がようやく安定してきたのは幸いだが。疲れて散漫になった上に年明けの祝賀で馳走や菓子を貰って気の緩んでいる奴隷たちの態度を引き締めてやるのはいつだって手間だったし、仕事の合間にも術具の不具合があると呼びつけられた。難しい調整ではなかったがわざわざ敷地の端まで出向いて遜って見せないといけないお偉方が相手で、機嫌を窺いつつ関係のない長話に付き合う必要もあった。無論不興を買うわけにはいかなかったが、顔を売るというほど目新しい相手でもなく、時間の浪費と言えた。
 今日もすべてを終えてねぐらへと戻るのは日が暮れて随分過ぎてからになった。昔のように城下へと通うことがなくなったのは本当に楽だが、庭を越えるのもやはり馬車を使う距離だ。気温もかなり下がって、風まで吹いてくるものだから官吏向けの吹き曝しの椅子ではうたた寝もできず、無言で耐える。気を紛らわそうとして袖の中で術の鍛錬にと練る屑鉄さえ冷えてくる。だから寒期バラドは嫌になる。
 門を抜けて、木立の隣に設えられた臣の住まいの一つ、点と灯ったランプの前で車は停まる。礼を呟いて足早に、再び車が動き出すのを待たずに中へと急いだ。扉を開けると闇の中から膨らむかの暖かい空気に包まれる。
 油も香も無駄には使うなと言ってあるので、室内は暗い。別に節約を考えるほど窮してはいないが、無人の部屋には過ぎるものだ。いちいち点けて回る手間も要らなくなったのだから当然の削減だった。
 幕を払ううちに備え付けのランプに火が入り、部屋は俄かに、どこでも読み書きができるだけ明るくなった。その中を、静かに歩み寄ってくる。
「おかえりなさいませ。本日も遅くまでお疲れ様でした」
 まろやかに響く声音も温かさを持って感じられる。吐息の温度と同質の熱。
 寒期の最中でも腰巻だけでいて震えもしない、褐色の肌。緩く波打つ艶のある髪は炎の先の黄金色。ついでに、よく燃えそうな炭色の瞳。宮の特別奴隷の中でも数少ない、火精ラーブの色だ。首輪――王宮の奴隷に揃いの銀の環の前には、小さな金細工が一つ。
 一年ほど前、急な要請を受けて南方へと早馬で駆けた。その際の働きの褒美として賜った。賊に落ちたくだらない調教師の売り物だったが、コステア産の珍しい火精憑きネ・モ・ラーブ、質は悪くなかった。
 頂いた物の中ではかなり高価な部類だ。この住まいの次くらいに。
 触れることもなく火を点し熱を操る特別奴隷。暖房、灯り、風呂に、茶や煙草の支度もできる便利な道具。まだ若く肉づきもよく、雄の割に顔立ちは柔和で化粧でもすればそれなりに映える。今は何も塗っていないが、髪や肌の手入れに使わせている物のお陰で近くに来るとそういう匂いがした。
 つい先程まで鉄を練っていた手元に視線が落ちる。上等な妖精ネ・モはそれだけ敏感だ。怯む気配を押し隠して、こちらを見上げなおし外套へと手をかけた。
 言いつけどおりの暖かさを保った室内に、冷気を含んだ外套と帽子を脱いで身軽になる。帯を解き鞭と針入れを箪笥に納めて、錠代わりの輪を繋ぎなおす。いつもの流れ。
「お食事やお風呂はどうなさいますか?」
「朝にします。明日は出仕しませんので」
 用意はさせてある。冷め切った食事を温め茶を淹れるのも、洗い場に貯めた水を湯に沸かすのも、以前より遥かに容易で時間はかからない。それでも億劫だ。
 日中、後で試しに構築してみようと考えを巡らせていた術もある、読みたかった研究書もある。それも今日はもう選択肢から外れた。どうにも体が凝っている。指先もまだ冷たい。明日だ。今夜は気晴らしをして温まり、楽にしたい。
「来なさい、ナジマ」
「――はい」
 奥の寝台を指差すと、奴隷は嬉しそうに微笑った。とろりと熱を帯びた印象の、知った顔。
「此度はお前も幾らか働かせたはずですが、好色な奴隷には足りなかったようで」
 年始の祝賀はどちらかといえば儀式の色が濃いが、その分溜まるものもある。仕事を終えての私的な宴となれば、遊び相手にと見目や性技に長けた奴隷が請われる。日頃より一層の身支度をさせて送り出した中にはこれも居た。
 見慣れぬ色合いが好評で、結構な男の相手をしたはずだが。飽いた様子もなく、むしろ喜んで見えるのは演技だけではない。これはなかなかの淫乱だった。
「ご主人様の寵愛をいただけるのが嬉しいのです。僕の一番のよろこびです」
 男を得意にさせる媚びた声音で応じて座る足元にやってきて、靴を脱がせた足に口づける。許しを得て主と同じ寝台に上がる所作は落ち着いているが気後れがない。すぐにクッションに凭れた身に寄り添って熱を分けてくる。
「冷たい。すぐに温めますね」
 妖精の嫌悪は潜めて、シーツの上、手を重ねて絡めるように指を揉む。しばらくはそうして冷えを取り――整った爪で浅く手首を擽ると、手はなめらかな所作で這っていった。
 着衣を解いて開き、胸や腹に接吻を落としながら身を屈めて股に顔を埋める。最初は淡く、熱い舌がちろちろと肌を舐めて戯れるように動く。伸ばさせている金の髪が腿に触れるこそばゆさに手を伸ばし掻き上げると喜んで擦り寄ってきたのでそのまま撫でてやった。
 口での奉仕は徐々に明確な刺激となって、疲れた肉体に欲を起こす。陰茎に血が通ってくるほどに舌はより大胆に動き、物足りなくなってきた頃合いに口腔で包み込む。動きに合わせて濡れた音が立ち、時折小さくくぐもる声がする。惜しみなく舐って吸いつき唇で扱かれる心地よさに息が抜けた。
 やがて口を離して身を起こす。勃起させた男根を前に呼吸を整え、こちらを窺った。顎で促してやると口を噤んで、少し勿体つける所作で腰を浮かせて腰巻へと手をかける。
「本当にはしたない体ですね」
 一枚だけの着衣を剥がして、読み書きや作業の為にとランプを増やした、煌々と明るい部屋で肢体を晒す。隠されていた場所も変わらず銅にも似た赤色をした肌で、毛のない股で、刺激を受けていないにも関わらず芯を持った物が揺れた。ろくに使わないくせにそこまで発育がよく、重たげに主張する。
「言わないでください……」
 指摘に恥じて目を伏せるが、むしろそこは膨らんだようだった。肉の乗った腿を撫でてやるとそれだけで腰が揺らいだ。
 手を下ろせばもう一度息を整えるかの間を挟み、事を続ける為に潤滑剤の瓶を持ち上げる。たっぷりと掌に移して指に絡める動きも淫靡だ。
「ん、」
 見せつける姿勢で開いた足の間に差し込まれて、指が埋まる。
 慣れた手つきでくぷくぷと音を立て、価値を知っているのか定かではない、高価な油を惜しげなく呑ませて奥まで潤す。抑える吐息が乱れて舌が覗き、表情も熱を増して溶けてくる。
「は、ぁ……ん……」
 動きに合わせて腹が波打ち陰茎も震えたが、自慰は許していない。快感を追うことはなく、ただ興奮を煽って欲を沸かせ、支度を整えるまでだ。物足りなそうに眉を寄せながらも、昇り詰めることはなく指を引き抜いた。
「……どうぞ、ご主人様」
 熱い息を吐いて肉を開いて見せる。油に濡れて蕩けたそこには何の配慮も要らない。体の上に呼び寄せて、押しつけてやると簡単に沈み込んだ。
 やわらかな、極上の熱。
「んんっ――」
 甘い嬌声。一度に奥まで突き立てると姿勢が崩れるが、動けなくなる失態は無い。持ち直して奉仕に腰を振り始めれば、粘膜は上の口以上に貪欲に絡みつき陰茎を絞る。
 腕に縋る手はそのままにさせ、尻を揉みながら味わう。しなやかな体が踊る。いっそ王宮の工房より明るい中では、目を閉じ快楽に悶える顔は当然、水気を滲ませた陰茎が揺れるのも、首輪の金細工がちらちらと瞬くのも、すべてがよく見えた。
「っあ、ああ……! んぁっ……」
 飾りも映える、柔らかい体。肌はしっとりと吸いつくよう。外も、内も。温かく、熱く、心地いい。
「ぁん、あ、あ――ッ」
 より深く、さらに奥へと捩じ込んで精を吐く。
 絶頂にわななき仰け反って締めつけるのが堪らない快感だった。
 緩く開いた、炭色の目が潤んで見つめている。灯りが映って黒曜も思わせた。緊張していた手が緩み、ふるりと身震いし、息を宥めながらゆっくりと動き出す。名残惜しそうに主の男根を抜き、注がれたものを零さぬよう尻を締める様も見せつけ、体をどけて屈める。
 汚れた陰茎を清める舌はやはり柔らかく熱く。射精の後にも煩わしくない所作で精液を拭って引いていく。言いつけるでもなく水を取って戻ってくると、温いそれを飲み干す間に手拭いが濡らされ、べたつきも拭いとって着衣が整えられた。
 横に並ぶ体。金の毛並みが揺れて女人のように馨しい香がまた振り撒かれた。元より火精の体温は高く匂いが濃く立ちやすいが、調教後や抱いた後に漂うのはさらに強い。こうして近くに居れば香炉も要らないほどだ。
「……このまま添い寝を致しましょうか」
 まだ火照りの抜けていない顔で下から覗き込むように見上げて、好意を滲ませて振る舞う。王族の、遊び慣れた男たちの閨に供する最上級の奴隷たちにも見劣りはしない。多くを躾けた目で見ても合格点だった。
 奴隷調教師の持ち物は一等優れていなければならない。でなければ、腕を疑われる。
「そうしなさい」
「畏まりました」
 満足して、疲労は心地よい眠気にすり替わってきた。
 寄り添った腕を絡めて手を揉み始める。先程よりも力の籠もった、より熱心な動きだった。これは王宮のマッサージ師に習って覚えさせた。手技もまあまあだが温かい手との相性がいい。近頃は肩や腰も揉ませているので大分煩わしい不調が減った。
 首輪の金細工が揺れている。こんなモノ、妖精を縛るには必要無いのだが、頂いた物を気に入っていると示すにはこれくらい要るだろう。ほんの少しの動きも拾って瞬く、その光をぼんやりと眺めるうちに瞼が落ちてきた。
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