劉備が勝つ三国志

みらいつりびと

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徐州牧

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 劉備は一万の兵を連れて、琅邪国を巡った。
 曹操軍が通過した街は、ほぼ壊滅状態だった。
 死体が放置され、カラスがそれをついばんでいた。
 まれに子どもが生き残っていて、泣いていた。泣く力もなく、呆然と座り込んでいる子もいた。
 多くの家屋が焼け落ちていた。

 劉備は兵たちに穴を掘らせ、遺体を埋めた。
 材木を切り出し、家を建てた。
 生き残っていた街の長老たちと話し合い、孤児院を設立した。その資金は、麋竺が出した。

「ひでえな、曹操は!」
 張飛は怒っていた。
「戦乱の世を早く終わらせねばならん……」
 劉備はつぶやいた。
 関羽の口数は少なくなっていた。その表情には怒りがにじみ出ていた。
「まだまだつづくぜ、乱世は」
 簡雍は皮肉な笑みを口元に浮かべていた。

 下邳城では、徐州牧の陶謙が重い病で臥せっていた。
 曹操襲来の頃から急激に体力が衰え、熱病に罹り、長引いていた。
「わしはもうだめだ……」
 見舞いに来る人々に弱音を吐いた。 
「殿、そんなことをおっしゃらないでください。美しい徐州を再建しましょう」
 麋竺はそう言って励ました。
 陶謙は弱々しく首を振った。

「そなたに遺言を残す」
「殿……」
「わしには子がいるが、徐州牧は継がせぬ。劉備殿に跡を頼みたい」
 麋竺はのどを鳴らした。重大な発言である。
「劉備殿が来援してくれて、わしはうれしかった。あの人は命を賭けて、縁のない徐州を守ってくれた。徳の将軍とでも呼ぶべき人だ。彼に徐州牧の地位を譲る」
 麋竺は重々しくうなずいた。彼も陶謙亡きあと徐州牧になるべきなのは、劉備だと思っていた。あの方しかいない。
 その遺言を伝えた後、陶謙は肩の荷を下ろしたように微笑み、目をつぶった。
 まもなく死去した。享年六十三。

 劉備が琅邪国から下邳城に戻ったとき、陶謙はすでに埋葬されていた。
「劉備様に徐州牧を譲ると遺言されました」
 麋竺はそう伝えた。
「申し訳ないが、受けるわけにはいかない。陶謙殿にはご子息がいるし、私は徐州には縁のないただの助っ人だ」
「縁ならもうあります。あなたは曹操の魔の手から徐州を救い、琅邪国で鎮魂や再建をしてくださった。牧となっていただきたい」
「しかし……」
「劉備様、お願いします」
 麋竺だけでなく、孫乾、糜芳などの遺臣たちが、劉備に向かって頭を下げた。
「殿、受けるべきだと思うぜ」と簡雍が言った。
「ううむ……」
 劉備は迷い、うなった。こんななりゆきで一州の代表者となってよいのだろうか。
 よそ者のおれに、州民はついてきてくれるのだろうか。
「劉備様、いや、殿。私たちを導いてください」
 麋竺の目は真剣だった。
「わかった。牧になる」
 劉備はしっかりとした足取りで徐州の主の椅子へ歩いていき、腰を下ろした。

 兗州では、曹操と呂布が血みどろの戦いを繰り広げていた。
 呂布は兗州を支配する直前までいったが、曹洪、夏侯惇、程昱、荀彧らの留守部隊がよく戦い、東郡を死守した。
 曹操は徐州から舞い戻り、兗州を取り戻すために戦った。
 戦闘は一年余りもつづいた。
 蝗の大群に襲われたり、曹操軍に食糧庫を焼き払われたりして、呂布軍は継戦不能となっていった。

 徐州では、劉備が牧となっている。
 彼は住民に慕われた。琅邪国の再建に尽くしたことを、人々はよく知っていた。
 麋竺は妹を劉備に嫁がせた。花のように美しく、やさしい女性だった。
 麋夫人と呼ばれた。芯の強い人でもあった。

「おれは流れ者だ。徐州にはいつまでいるかわからん」
「どこへでもついていきますわ。あなたは世を安らかにする方。思うとおりに生き、戦ってください」
「おれにはできすぎた女だよ、おまえは」
 仲睦まじい夫婦になった。

 呂布が曹操に敗れて、敗軍を連れて徐州へ入ってきた。
「劉備殿、わしを受け入れてくださらんか」と頼まれた。
「呂布は養父の丁原と主君の董卓を殺した男ですぞ」と関羽は劉備にささやいた。
「いま呂布殿を追い払えば、彼の兵が飢える。見るに忍びない」
 劉備は小沛城を呂布に与えた。  
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