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そんな騒がしい毎日を過ごしていた高校3年、冬。
大学受験も終わり志望校にも合格した数日後だった。



「朝、最後におばあちゃんに口紅を塗ってあげて?」



いつぶりかも分からないくらいに久しぶりに会ったお母さんが俺に口紅を渡してきた。
なんとなくバサマがいつも使っていた口紅のように見える口紅を。



俺はそれを持ってゆっくりと棺に歩いていく。
色とりどりの花に囲まれているバサマの元へと。



もう“朝人”とも“善人”とも呼んではくれないバサマの唇に口紅をゆっくりと塗っていく。
彼女は切らしたことがないほどいるけれど、女の人に口紅を塗ったのはこれが初めてだった。



丁寧に丁寧に口紅を塗り、バサマの顔はパッと明るくなった。



「バサマ、天国に行ったらモテモテだな。」



久しぶりに会ったバサマは可愛かった。
死んでしまったとしても可愛かった。
どんな姿だとしても俺にはやっぱり誰よりも可愛く見えた。



「次生まれ変わったらジサマじゃなくて俺と結婚しようよ。」



「なーーーーーにを口説いてんだガキが一丁前に!!!!
次生まれ変わったとしても菊は俺と結婚するに決まってんだろ!!!!」



ジサマが俺の手から強引に口紅を奪い取ると、めちゃくちゃ怒りながらその口紅を棺に入れていた。



「バサマを初めて口説いてんだから邪魔すんなよ!!
バサマがボケた時に口説かなかっただけでも感謝しろよ!!」



「あの時は焦った・・・!!
2人して俺の前で夫婦みたいに過ごしやがって!!!」



電話はしていたけれど久しぶりに会ったジサマは変わらずジサマだった。
それに笑顔になりながらもバサマを見下ろす。



誰も泣いていなかった。
バサマが死んでしまったのに誰1人として泣いていない。



それには虚しい気持ちになっていると、2人の小さな女の子が目に入った。
美鼓とカヤが棺から離れた所でジッと立っている。
その顔を見て俺は驚いた。



涙をその目に溜めていたから。



それを見て・・・



それを見て、俺は何だかムカついてきたので口を開いた。



「泣きたいのはバサマだろ!!
孫のくせにバサマが生きてる間に1度も会わねーとかどんな孫だよ!!!」



美鼓とカヤはバサマと1度も会ったことがなかったらしい。
なんならジサマとも今日初めて会ったとさっき聞いた。



俺が怒鳴ると美鼓は涙を目に溜めたまま俯いた。
そしてカヤは目に涙を溜めたまま口を強く強く結んでいる。
その口からは血が滲んできているのに気付きそれには驚いたけれど、俺は止まらず口を開いた。



「今さら泣いてもおせーよ!!
生きてるうちに会わねーで何してんだよ!!
孫と1度も会えねーなんてバサマがどれほど寂しい思いをしてたと思ってんだよ!!」



怒鳴りながら美鼓とカヤの前に歩いていくと、カヤが俺のことを目に涙を溜めながらも睨み付けてきた。
言い返してくるかと思ったら何も言わない。
カヤは口から血を出してまでも何故か口を強く強く結んでいる。



「バサマがどれほど寂しかったと思ってんだよ・・・。
孫と会えなくてどれほど寂しかったと思ってんだよ・・・。」 



バサマは“朝人”のことを毎日のように探していた。
あの家に“朝人”がいないと探していた。
初めて徘徊をした時もバサマは“朝人”を探しに行っていた。



保護された時、靴も履かずに歩いていたバサマの靴下は血塗れだった。
左右の色が違うのが気にならないほど血塗れだった。



靴下だけじゃない。
身体中がケガだらけになっていた。



それでも“朝人!!”と俺の名前を呼びながらヨタヨタと歩いていたらしい。



バサマはきっと探していた。
“朝人”のことを探していた。
俺があの家にいなくなった後も“朝人”を探してくれていた。



“ジサマとバサマの残りの全ての人生と愛情を朝人の為だけに使うから、朝人はここに残りな?”



バサマが言ってくれたいつかの言葉を思い出す。
使ってくれていた・・・。
バサマの残りの全ての人生と愛情を俺の為だけに使ってくれていた。



俺は知っている。



“行ってらっしゃい、善人。”



ボケてしまったバサマが俺にそう言った時、“行ってらっしゃい、朝人。”毎朝俺に言ってくれていた顔と同じ顔をしていた。



だからボケていたとしても、化粧でグチャグチャの顔をしていたとしても、バサマの顔は“朝1番”の光りで輝いていた。



可愛い顔をしていた。



バサマはやっぱり誰よりも可愛い顔をしていた。



「俺は寂しかった・・・!!
お前達の家でどんなに騒がしく過ごすことが出来ていたとしても、俺は本当は寂しかった・・・!!
俺はずっとずっとバサマに会いたかった・・・!!
“明日”もバサマに会いたかった・・・!!」



この目から大量の涙が流れた。



そしたら・・・



俺が泣くのを待っていたかのように美鼓とカヤの目から涙が流れた。
それには泣きながらも驚いていると、俺の背中から嗚咽が聞こえてきた。



振り向くとお母さんとオバサンも号泣している。



「朝人、帰ってこい。
バサマとジサマと一緒に暮らしてた家に。
お前の“朝1番”はまだあの家にあるから。
あの家がある限りはなくならい。」



ジサマの言葉に泣きながら頷こうとした時・・・



俺の腕に何かがしがみついてきた。



見下ろしてみると、カヤが泣きながら俺を見上げてくる。



「朝人がいないとつまらなくなるから帰ったらやだ・・・。」



まさかカヤからそんなことを言われるとは思わず、それには泣きながらも大笑いをした。



「何度でも遊びにいってやるから!!」



ブスだけど可愛いガキでもあるカヤの頭を初めてワシャワシャと撫でた。



みんなの泣き声と笑い声の中、バサマは空へと昇っていった。
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