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豊の名前も呼ばず、俺は走った・・・。



走って、走って、豊の背中を思いっきり押した・・・。



俺は死神にも負けないと、約束していたから・・・。



俺は、“桃子”にそう約束をしていたから・・・。



そう約束をして、“桃子”をこの現実世界に引っ張り出してきたから・・・。



そう思いながら、上を・・・



上を・・・



見上げた・・・。



スローモーションには見えるけど、それはもう俺のすぐ目の前まで来ていた・・・。



“これは死ぬな”と、分かった・・・。



分かった・・・。



“桃子”との約束を守れずに死ぬと、分かった・・・。



1秒でも長く生きなければいけなかったのに・・・。



“桃子”よりも1秒でも長く、生きなければいけなかったのに・・・。



俺は負ける・・・。



俺は、負ける・・・。



死神に、俺は負ける・・・。



その瞬間、思い浮かべたのはただ1つで・・・。



渡でも豊でも真理姉でもなかった。



理子でもなかった。



そして、“桃子”でもなかった・・・。



「母ちゃん・・・」



何故か、あの女だった・・・。



あっけなく死んだあの女だった・・・。



沈んでいく夕陽を目に入れながら・・・



俺は“母ちゃん”のことを思い浮かべた・・・。



右手を俺に真っ直ぐと伸ばしてきた“母ちゃん”のことを・・・。



俺を見据えて、笑いながら口を開く母ちゃんのことを・・・。



“この胸に入れてみな、光一。”



入れられた、きっと、ちゃんと、入れられた・・・。



“桃子”のことをこの胸にちゃんと入れられた・・・。



でも、そっちに嫁としては連れていけねーや・・・。



そう心の中で呟いた時・・・



夕陽の向こうから・・・



右手が見えた・・・。



俺の胸を力を込めて押す右手が・・・。



なんとなくだけど、見えた・・・。
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