クリスの魔法の石

夏海 菜穂(旧:Nao.)

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第1章 ◆ はじまりと出会いと

49. 校外学習⑥

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「クリス!大丈夫か!?」
「クリスちゃん、大丈夫!?」

 図書室の男の子のことを思い出していたら、カイト君とリィちゃんが駆け寄ってきました。
 その後ろからは、少しゆっくりめにクロードお兄ちゃんが駆け寄ります。まだ右肩に痛みがあるようです。

「うん、大丈夫だよ。エレナさんの魔法もなんとか止められたし…。お兄ちゃん、肩大丈夫?」
「…ああ。ちょっとまだ痛いけど、収まってきてる。クリス、一体どうやってあの魔法を消したんだ?ものすごい光が見えたが…」

 不思議そうにお兄ちゃんに問われて、はっと気がつきます。

 そうだった!普通の人には妖精が見えないんだった…!

 「どうしよう?」と視線を隣に送ると、当の妖精は肩を竦めるだけでした。
 リィちゃんとカイト君も不思議そうに見つめてくるので、ここは説明するしかないと思いました。

 そう思ったのですが……。


「へぇ。人形の攻撃魔法が消された気配がして来てみれば、おもしろいお客さんがいるね?」


 その人は、少し離れたところに突然現れました。
 それまで全然気配を感じなかったのに、一体どこから現れたのでしょうか?

「……おまえか。クリスを狙っているのは」
「ゼロ、何が目的だ?エルフの騎士まで使いやがって」

 気がつくと、警戒するようにお兄ちゃんとカイト君が私の前に出ます。
 リィちゃんはエレナさんの傍にいて、何か話しかけています。エレナさんがそれに頷いているので、意識が戻り始めているようです。
 お兄ちゃんの言葉に一瞬引っ掛かりを覚えましたが、今はそんなことを気にしている場合ではありません。

「何が目的って…別に?僕はクリスと遊んでみたいだけだよ」

 カイト君がゼロと呼ぶ白髪の男の子は、くすくすと笑います。
 私を見つめてくるその目は、初めて会った時と同じ、光も通さない真っ黒な色をしていて思わず身を引きます。

 どうしてあの時、普通に話せたんだろう?
 目に感情や光が感じられない。
 この人は生きてるの?

 そう思わずにはいられないほど、彼からは生気を感じませんでした。

「ねえ、クリス。僕と一緒に来ない?世界中を巡りながら遊ぼうよ」

 ゼロはお兄ちゃん達を挟んで向かいにいたはずなのに、いつの間にか背後に来ていて、ぞくりと体が強張ります。
 お兄ちゃん達もそれにびっくりして、焦ったようにこっちに振り返ります。
 その一瞬でゼロに腕を引っ張られ、お兄ちゃん達の手が届かない空中まで連れて行かれてしまいました。
 何もないところをふわりと浮いている感覚は、楽しいよりも恐怖の方が強いです。
 お兄ちゃんとカイト君が焦るように見上げています。
 気がつくと、そこには傍にいたはずのフェルーテちゃんの姿がありませんでした。

「あんな奴らはほっといてさ。ね?クリス、一緒に行こう?」

 ゼロはお兄ちゃん達を一度見下ろすと、笑顔で私を誘ってきます。
 笑っているけど笑っていない、深い闇色の目の男の子。その存在は、もう人ではないと思いました。
 背中に、目と同じ黒くて実体のない翼のようなものが生えていたから。

「い、嫌…。私はあなたとは行かない」

 首を振って、小さく拒絶しました。
 その時、あの気持ち悪い空気がさらにまとわりつく感覚がしました。
 掴まれた腕がより強い力で握られます。
 その痛みに声を上げそうになりましたが、それを防ぐように首を掴まれて息が詰まります。
 完全に息ができないわけではないけど、じわじわと首が絞まっていくのがわかります。

「……ふうん…残念。クリスとなら楽しく遊べると思ったのになぁ。ま、いいか。興味があるのはクリスの魔力だし」

 ゼロはそう言うと、目を細めて笑います。
 首が一気に絞まり、意識が飛びそうになりました。

「大丈夫、そう簡単には壊さないよ。人形にするには元気すぎても困るけど、生きててもらわないと魔力に干渉できないからね」

 気持ち悪い空気がより一層濃くなります。
 そして図書室の時のように、掴まれた首から何かが流れ出ていくのを感じました。
 もしかして、私の魔力を奪っている?
 じわじわと私の中から出ていく魔力量に比例するかのように、気持ち悪い空気がますます重く濃くなりました。
 
 そうか、これは干渉魔法だったんだ…。

 頭の隅でそう思っているうちに喉が潰れそうなほど強く絞められて、もう息ができませんでした。

『わたしを忘れてもらっちゃ困るわ!』
「…っ!」

 意識が途切れる寸前、いつの間にか小さくなっていたフェルーテちゃんが私の胸元から出てきて、私を護るように光を放ちました。
 油断していたゼロは、その光から逃れるように私から大きく飛びのきます。
 首と腕を放された私の体は、途端に浮遊力を失って地面へと落ちていきます。
 そこへ間一髪でお兄ちゃん達が魔法で私を受け止めてくれたので、どうにか助かりました。

「っ、ごほっ、ごほっごほ…っは…」
「クリス!しっかりしろ、ゆっくり深呼吸だ!」

 お兄ちゃんに抱きかかえられてほっとしたのも束の間、急激な酸素不足に体が空気を欲して、息を吸っては咽るように咳き込みます。
 咳き込みながら空中を見上げると、大きくなったフェルーテちゃんの光がゼロを捕らえていました。
 ゼロはそんな状況でも余裕な顔で私達を見下ろしています。

『クリス!ここはわたしが抑えるから逃げるのよ!』
「な、に言って…!そんなこ、とっ、できな…っ」
『こいつは普通じゃない!人間やエルフでは太刀打ちできない厄介な奴なのよ!』

 叫ぶように言うフェルーテちゃんの表情は必死で、有無を言わせないものでした。
 それに言葉が詰まり、今私達にできることは逃げることしかないんだと悟りました。
 エレナさんの魔法の矢を簡単に消したフェルーテちゃんがそう言うのであれば、それは本当のことなんだと思ったから。
 それを証明するかのようにゼロを拘束する光がだんだん弱まってきています。
 ゼロの背の翼のようなものがぐにゃりと形を変えて、フェルーテちゃんの光を飲み込んでいき、あっという間に拘束が解けてしましました。

「まったく、ひどいなぁ。僕はクリスが欲しいだけなのに。邪魔しないでくれるかな?」

 そう言って、今度はゼロの翼から黒い靄のようなものが出て、フェルーテちゃんを捕らえました。
 フェルーテちゃんはもがくように必死に抵抗しますが、その靄はじわじわとフェルーテちゃんの光を覆ってしまいます。
 黒い靄が光を飲み込んでいくとフェルーテちゃんの表情が苦しそうになって、きれいな羽も光を失っていきます。
 よく見ると、だんだん靄の色が濃く深くなっているような気がしました。
 その様子から、ゼロがフェルーテちゃんの魔力を奪っているのだとわかりました。

「っ、やめて!!」

 フェルーテちゃんの羽が黒く染まっていくのを見て、堪らずに叫びました。
 その声に反応したフェルーテちゃんは、両手で靄を振り払ったかと思うと、そのままの勢いで抱きつくようにゼロを捕まえました。
 ゼロはびっくりして離れようとしましたが、さっきよりも強いフェルーテちゃんの光で身動きを封じられます。

『っクリス!早くっ!この空間は、今エヴァンが外から壊そうとしてるから!わたしがこいつを捕らえてる間に、できるだけここから離れて!』
「逃がさないから。それに、この空間はオルデンで奪った魔導具で作り出しているんだ。精霊クラスの魔力がないと壊せないよ。残念だったね?」

 身動きが取れないのに、楽しそうに笑うゼロの声が辺りに響きます。

 まさか、オルデンの魔導具破壊事件はゼロが犯人だった?
 オルデンの魔導具は、国最高の魔導具師が作った傑作の一つに数えられているほど強力なものです。
 それはオルデンが今まで守られてきた最大の理由の一つです。
 様々な害悪から守るその魔導具は、ゼロが言うように精霊でもない限り簡単に壊されないと言われていました。
 それを実は壊していたのではなく、持ち出していたなんて。
 ゼロの言うとおり、その魔導具を使っているのなら、この空間からは簡単に出られないということです。

 半ば呆然としながらフェルーテちゃん達からお兄ちゃんに視線を戻すと、とても心配そうな顔で見つめられていました。
 視界の端にはカイト君とリィちゃん、いつの間にか目の色が完全に戻ったエレナさんも。
 みんなにはフェルーテちゃんが見えていないので、私がゼロと会話をしているのかと思っているようでした。

「クリス、大丈夫だ。おまえだけでも必ず守る」

 そう言ったお兄ちゃんが力強く手を握ってきます。
 その手の上から、リィちゃん、エレナさんの手も重ねられます。
 二人もお兄ちゃんと同じ決意を持っているようでした。
 そのみんなの決意がとても胸に痛くて、頷くことができませんでした。

 自分が一番足手まといなのは自分でよくわかっています。
 ここにいるみんなの実力なら、きっとどうにか逃げられる。
 私さえいなければ、もしかしたら全力で戦えるのかもしれない。

 ああ。どうして私はこんなに弱いんだろう。
 私に魔法が使えたら。
 少なくとも、こんな簡単に捕まらないような運動神経があれば。
 もっともっと、魔法の知識と経験があれば。

 私はで、それが無いものねだりだってわかってる。
 でも、それでも…。

 私にできることがあるって思いたい。


 ……思いたかった。


「ご、めんね…ごめんなさい……」

 思わず目頭が熱くなって、鼻の奥もつんとしてきました。
 泣いてはだめだ。今は泣く時じゃない。
 フェルーテちゃんが足止めをしてくれている間に、早く、みんなでこの場から逃げなくちゃ。
 そう自分に言い聞かせて、お兄ちゃんの腕から身を起こすと、少し離れたところにいたカイト君が静かに言いました。



「クリス、魔法を使いたいか?」



 その問いに、みんなの視線がカイト君に集中しました。
 カイト君の目はとても真剣なもので、気のせいでしょうか、目の色が夕陽色ではなく金色に輝いているように見えます。

 カイト君の問いの意味に戸惑っていると、もう一度同じことを問われます。今度は力強く、どこか強い意志を持って。
 これは、冗談を言っている言葉じゃない。
 明らかな意思表示を求められていると思いました。

 カイト君の目を見て、頷くように一つ瞬きをして答えます。

「使いたい」

 これは、自分のためじゃない。
 今この状況からみんなが助かる力の一つとなれるなら、何だっていい。

 だから―――――…


「力を貸して、カイト君」


 いつかカイト君が私に約束してくれたこと。



 
 ―『――クリス、もしおまえが魔法で困ったら、俺に言えよ。おまえの力になってやる』―




 私の答えに、カイト君はいつもとは違う大人っぽい笑みを浮かべて頷きました。


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