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第1章 ◆ はじまりと出会いと
51. 校外学習⑧
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「で、できちゃった…」
上空に生成された大きな隕石を見上げながら、そう呟くと、ゼロが一気に距離を詰めてきました。
突然のことでびっくりしましたが、ずっとやられっぱなしじゃありません!
ゼロに捕まらないように、目の動きで結界魔法を発動します。
私の動きにいち早くフォルトが反応して、魔法を発動させてくれるのです。
ゼロは、結界に弾かれて目を丸くしましたが、すぐに不機嫌な顔に戻りました。
「…この魔法…クリスの魔力じゃないね。…まさか、隣にいるそれがカイト?」
『そうだぜ。もうカイトじゃねぇけどな』
ゼロの不機嫌だった顔が驚いたような顔になります。
しばらく無言で私とフォルトを交互に見ると、急に笑い出しました。
「っ、ははははっ!何だ、そういうこと?残念。カイトの魔力、もう奪えないじゃないか」
ゼロは残念と言いながら、その顔は今まで見た中で一番楽しそうな顔をしていました。
え、なんか怖い。
思わず引きそうになりました。
『もうおまえの好きにはさせねー!おとなしく消滅しろ!』
ゼロとは正反対に、フォルトは心底嫌な顔をして言いました。
えっ!?フォルトもなんか怖いこと言ってる!?
「はははっ。さすがの僕でも、メテオは避けきれないな。あーあ、今日はここまでかな」
ゼロは、まるで時間になったから遊びはおしまいだと言うように、つまらなそうな顔をします。
捕まえていたフェルーテちゃんをぽいっと投げ捨てると、実体のなかった黒い翼が大きくなりました。
その翼は、大きな蝶の羽の形へと変わっていきます。それは、吸い取ったフェルーテちゃんの魔力を表していました。
「クリス、最後のチャンスだ。僕の物になってよ」
「絶対嫌!!」
今度ははっきり断ります。
その言葉にゼロは一切の表情を失くして、「そう」と一言。
そして、ゼロの背中の真っ黒な蝶の羽がゆっくり羽ばたき始めました。
「じゃあ、諦めることにするよ。次に会った時は、僕の敵だね」
そう言うと、ゼロの体は羽に包まれて、その場から霧のように消えてしまいました。
気持ち悪い空気も無くなって、この空間からゼロは本当にいなくなったようです。
この空間からそんな簡単に出られるなんて反則だと思いましたが、今はもうどうでもいいです。
とにかく、私達は危機的状況から脱したのです。
そう思ったら、安心して膝を着きそうになりました。
その前にフォルトが背中を使って私を支えてくれたので、何とか倒れずに済みます。
『…ゼロを逃がしちまったけど、今はそれでいい。クリス、とりあえずメテオを解除しろ』
「うん。わかった」
上げていた両手をそのままに、ぱんっと手を叩くと、大きな隕石はサラサラと砂のようになって消えていきました。
魔法が解除されたのを確認したら、すぐに振り返って駆け出します。
フォルトはびっくりしていましたが、私が向かう場所を見て納得したように見送ってくれました。
「フェルーテちゃん!!」
フェルーテちゃんの体は、ボロボロで小さい姿になっていました。きれいだった羽も光を失い、今にも消えそうです。
何度か呼びかけますが、その目は閉じられたままです。
そっとフェルーテちゃんを両手に乗せて、もう一度呼びかけます。
「フェルーテちゃん、もう大丈夫だよ。帰れるよ。起きて、起きてよ…」
フェルーテちゃんは深い眠りについたかのように、その目が開くことはありませんでした。
私達のために囮になってくれたフェルーテちゃん。
フェルーテちゃんがいなければ、私達はゼロにやられていたと思います。
必死にゼロにしがみつくフェルーテちゃんの姿を思い出して、泣きそうになりました。
気がつけば、エレナさんがとても泣きそうな、悔しそうな顔で私に寄り添ってくれていました。
フェルーテちゃんのことは見えていないはずだけど、エレナさんは私の手に何かの存在がいると認識したようです。
「…クリスちゃん、助けてくれてありがとう。その手の中にいる存在も助けてくれたのよね?」
「…っ、はい。フェルーテちゃんって言います。エレナさんの風の矢を止めてくれたのもフェルーテちゃんです。他にも、いっぱい、いっぱい助けてくれました」
「そう…ありがとう、フェルーテちゃん」
エレナさんは私の頭を優しく撫でながら、私の手の中の存在にお礼を言います。
その体をよく見れば、かなりの重傷のようでした。
血は出ていないようですが、ところどころが破れてボロボロの騎士服とたくさんの傷と血の跡がエレナさんを痛々しくしていました。
動かない右腕は、もしかしたら骨折しているのかもしれないです。
それでもエレナさんは、周りの状況とここにいるメンバーを見ながら何かを考えていました。
「クリスちゃん。この魔法空間をどうにかできそうかしら?」
自分がひどい怪我をしていても騎士としての役目を果たそうとする姿は、本当に尊敬します。
その強い意志を持ったエレナさんの質問に頷きます。
もともとフォルトと魔導具を壊すって決めていたから、そのつもりでした。
「えと、魔導具を壊すことになるので、後でオルデンの役所に謝りに行く時、一緒に付いてきてくれますか?」
エレナさんはびっくりしたように目を丸くしましたが、すぐに吹き出すように笑って、「もちろんよ」と約束してくれました。
魔導具がいくつあるかわからないけど、全部壊さないとこの魔法空間からは出られません。作ってくれた魔導具師さん、本当にごめんなさい。
会ったことのない製作者さんに心の中でいっぱい謝ります。
そこに、お兄ちゃんとリィちゃん、フォルトが私達の傍へ来ました。
リィちゃんは駆け足でやってきて私に抱きつこうとしましたが、私の両手を見て何かを感じたのか、優しく頭を抱えるように抱きしめてくれました。
「…っクリ、スちゃん、よかった…っ本当に、よかった、わ…」
リィちゃんは泣いていました。
この親友は滅多に泣かないので、それほど心配を掛けさせてしまったんだと思わされます。
「リィちゃん、心配かけてごめんね。ありがとう…」
エレナさんがリィちゃんにハンカチを貸そうと自分のポケットに手を入れますが、どうやらボロボロだったらしく肩を竦めます。
その間にお兄ちゃんとフォルトがやってきて、気がついたお兄ちゃんがリィちゃんにハンカチを貸しました。
フォルトはその様子をどこか心配そうに見ていました。
リィちゃんが落ち着いてきたら、ここから脱出しなければなりません。
手の中のフェルーテちゃんと、平気で立っていますがエレナさんの怪我も心配です。
ここは早く脱出した方がいいに決まっています。
『魔導具の位置は把握してるぜ。結構いろんなところに散らばってるみてーだ』
私が考えていることが伝わったのか、フォルトが見えない魔導具の位置を教えてくれました。
メテオで魔法空間が歪んだ時に、隠されていた魔導具を見つけていたようです。
その数は、十三個。数の多さもそうですが、その十三個を失ってもオルデンは変わらず護られていることにもびっくりです。
「十三個も…全部壊せるかな?」
『余裕。だけど、全部壊さなくても大丈夫だ』
フォルトによると、要の五個を壊せば、繋がっている他の魔導具の魔力の効力が消えるそうです。
よかった。十三個全部だったら、製作者さんにもオルデンの人達にも申し訳ない。
それでも五個も壊すことになるから、申し訳なさは変わりませんが。
とりあえず、私とフォルトはこの魔法空間から脱出する方法をみんなに説明しました。
先に訊いていたエレナさん以外の人達の反応は、予想通り、びっくりしすぎて叫んでいました。
うん。だよね…。
『用意はいいか?クリス』
「…うん」
要の魔導具の位置を教えてもらって、魔法を放つ位置に着きます。
うまく壊せるか不安ですが、もうやるしかありません。
そんな不安が伝わったのか、フォルトが『魔法の調整は任せろ。多少軌道がずれても大丈夫だ』と言ってくれました。
私の一番近くには、フォルト、そしてお兄ちゃんがいてくれます。
お兄ちゃんはとても心配そうにしてたけど、フォルトを信頼してくれているのか、すべてを任せてくれました。
リィちゃんとエレナさんも少し離れたところで私を見守ってくれています。
目を覚まさないフェルーテちゃんは、最初にもらった小さな巾着袋に入れて、大事にポケットにしまっています。
「クリス、頑張れ」
お兄ちゃんの応援に小さく頷いて、魔法を発動させました。
発動させる魔法は「鋼の刃」。
最初のメテオは、さすがに周りに被害がありすぎるので、フォルトに教えてもらった精霊級の土魔法を使うことにしました。
壊したい魔導具を一つ一つ確実に壊していくのです。
頭に呪文を思い浮かべると、私の周りに音もなく鋼鉄のナイフが一本また一本と生成されます。
私の周りをクルクルと舞うナイフ達は、まるで意志を持っているかのようでした。
『よし、上出来だ。思いっきり放て!』
フォルトの呼びかけを合図に、鋼鉄のナイフを一本ずつ放っていきます。
そのスピードは、風の刃にも負けません。
一本、二本、三本、四本…まっすぐに飛んでいき、魔導具を貫きます。
最後の五本目で少し軌道がずれましたが、フォルトの補助で難無く壊すことができました。
要の魔導具が壊れたことによって、魔法空間が歪みはじめます。
ゆらりと景色が歪んだかと思ったら、気がつくと練習場の真ん中に立っていました。
「クリスさんっ!!」
わあぁっと周りで声が上がったかと思えば、視界が大きなものに遮られてしまいました。
びっくりしたと同時に、自分は抱きしめられていると気づきます。
「心配しました。大丈夫でしたか?フェルーテも…」
そう言って抱きしめてきたのは、エヴァン先生でした。
よく見ると、とても疲れた様子です。
私達を助けるために、たくさん魔法を使ってくれたんですね。
フェルーテちゃんが言っていたことを思い出して、思わず涙が出ました。
突然泣き出した私に、エヴァン先生はびっくりしたように腕を解放して、困った顔を見せました。
「ああ、ごめんね。苦しかったですか?それとも、怪我をしましたか?」
心配するように尋ねてくる先生を見て、さらに泣きそうになりました。
それを我慢しながら、ポケットに大事に入れた巾着袋を取り出します。
先生は何かを察して、そっとその巾着袋に触れました。
「…そう、フェルーテ…頑張ったんですね。ゆっくりお休み。元気になったら、たくさん甘やかしてあげましょう」
エヴァン先生は、とても苦しそうな顔でしたが、最後の方は優しい顔でした。
そして、巾着袋を受け取ってそれに軽くキスをしました。
その愛おしむようなキスに、二人はお互いがとても大事な人なんだと思いました。
「エレナ…!!」
エレナさんを呼ぶ、聞き覚えのある声に振り返ってみると、ジルディースさんが思いきりエレナさんを抱きしめていました。
わわわー!?エレナさん、大怪我してるけど大丈夫かな!?
って、あれ?いつの間にジルディースさんが??
ジルディースさんの腕の中にいるエレナさんは、目を見開いて全く動きません。
その様子に心配していると、今度はドカッとジルディースさんの頭を殴る音が響きました。
「怪我の手当が先だろ!とっとと離せ、ジルディース!!」
「す、すみません、ヴォルフさん…エレナも…」
はっと気がついたジルディースさんは、ゆっくりエレナさんを解放します。
解放されたエレナさんは、顔を真っ赤にして思いっきりジルディースさんの頬をひっぱたきました。
案の定、「痛えーっ!?」と叫んだジルディースさん。
うん、これはジルディースさんが悪いと思います。
そんな風にお互いの無事の確認を済ませると、ようやく周りの状況に意識が向きます。
「あれ…?そういえば、組のみんなは?」
「魔法空間が生成された時に避難させたんだ。ここにいるのは先生達と騎士の皆さんだけだぞ」
私の疑問にリスト先生が答えてくれました。
いつも爽やかなリスト先生もどこか疲れた顔をしていて、とても心配させてしまったようです。
その他の先生もほっとしたような顔を向けてくれていて、私達は感謝の気持ちと申し訳ない気持ちでぺこりと頭を下げました。
「いろいろ聞きたいことはありますが…今は、あれをどうにかしましょう」
そう言って、ため息をつきながら視線を遠くに向けたのは、ギル先生。
「あれとは?」と首を傾げてギル先生と同じ方向を見ると、無残に壊れた魔導具と無事ではありますが効力を失った魔導具が地面に転がっていました。
魔道具は、歯車が無数に集まった球体をしていて、馬車の車輪くらいの大きさでした。地面のへこみ方からして、重さも相当ありそうです。とても人の手では運べそうにありません。
私達は、意外と大きかった魔導具達に言葉を失いました。
上空に生成された大きな隕石を見上げながら、そう呟くと、ゼロが一気に距離を詰めてきました。
突然のことでびっくりしましたが、ずっとやられっぱなしじゃありません!
ゼロに捕まらないように、目の動きで結界魔法を発動します。
私の動きにいち早くフォルトが反応して、魔法を発動させてくれるのです。
ゼロは、結界に弾かれて目を丸くしましたが、すぐに不機嫌な顔に戻りました。
「…この魔法…クリスの魔力じゃないね。…まさか、隣にいるそれがカイト?」
『そうだぜ。もうカイトじゃねぇけどな』
ゼロの不機嫌だった顔が驚いたような顔になります。
しばらく無言で私とフォルトを交互に見ると、急に笑い出しました。
「っ、ははははっ!何だ、そういうこと?残念。カイトの魔力、もう奪えないじゃないか」
ゼロは残念と言いながら、その顔は今まで見た中で一番楽しそうな顔をしていました。
え、なんか怖い。
思わず引きそうになりました。
『もうおまえの好きにはさせねー!おとなしく消滅しろ!』
ゼロとは正反対に、フォルトは心底嫌な顔をして言いました。
えっ!?フォルトもなんか怖いこと言ってる!?
「はははっ。さすがの僕でも、メテオは避けきれないな。あーあ、今日はここまでかな」
ゼロは、まるで時間になったから遊びはおしまいだと言うように、つまらなそうな顔をします。
捕まえていたフェルーテちゃんをぽいっと投げ捨てると、実体のなかった黒い翼が大きくなりました。
その翼は、大きな蝶の羽の形へと変わっていきます。それは、吸い取ったフェルーテちゃんの魔力を表していました。
「クリス、最後のチャンスだ。僕の物になってよ」
「絶対嫌!!」
今度ははっきり断ります。
その言葉にゼロは一切の表情を失くして、「そう」と一言。
そして、ゼロの背中の真っ黒な蝶の羽がゆっくり羽ばたき始めました。
「じゃあ、諦めることにするよ。次に会った時は、僕の敵だね」
そう言うと、ゼロの体は羽に包まれて、その場から霧のように消えてしまいました。
気持ち悪い空気も無くなって、この空間からゼロは本当にいなくなったようです。
この空間からそんな簡単に出られるなんて反則だと思いましたが、今はもうどうでもいいです。
とにかく、私達は危機的状況から脱したのです。
そう思ったら、安心して膝を着きそうになりました。
その前にフォルトが背中を使って私を支えてくれたので、何とか倒れずに済みます。
『…ゼロを逃がしちまったけど、今はそれでいい。クリス、とりあえずメテオを解除しろ』
「うん。わかった」
上げていた両手をそのままに、ぱんっと手を叩くと、大きな隕石はサラサラと砂のようになって消えていきました。
魔法が解除されたのを確認したら、すぐに振り返って駆け出します。
フォルトはびっくりしていましたが、私が向かう場所を見て納得したように見送ってくれました。
「フェルーテちゃん!!」
フェルーテちゃんの体は、ボロボロで小さい姿になっていました。きれいだった羽も光を失い、今にも消えそうです。
何度か呼びかけますが、その目は閉じられたままです。
そっとフェルーテちゃんを両手に乗せて、もう一度呼びかけます。
「フェルーテちゃん、もう大丈夫だよ。帰れるよ。起きて、起きてよ…」
フェルーテちゃんは深い眠りについたかのように、その目が開くことはありませんでした。
私達のために囮になってくれたフェルーテちゃん。
フェルーテちゃんがいなければ、私達はゼロにやられていたと思います。
必死にゼロにしがみつくフェルーテちゃんの姿を思い出して、泣きそうになりました。
気がつけば、エレナさんがとても泣きそうな、悔しそうな顔で私に寄り添ってくれていました。
フェルーテちゃんのことは見えていないはずだけど、エレナさんは私の手に何かの存在がいると認識したようです。
「…クリスちゃん、助けてくれてありがとう。その手の中にいる存在も助けてくれたのよね?」
「…っ、はい。フェルーテちゃんって言います。エレナさんの風の矢を止めてくれたのもフェルーテちゃんです。他にも、いっぱい、いっぱい助けてくれました」
「そう…ありがとう、フェルーテちゃん」
エレナさんは私の頭を優しく撫でながら、私の手の中の存在にお礼を言います。
その体をよく見れば、かなりの重傷のようでした。
血は出ていないようですが、ところどころが破れてボロボロの騎士服とたくさんの傷と血の跡がエレナさんを痛々しくしていました。
動かない右腕は、もしかしたら骨折しているのかもしれないです。
それでもエレナさんは、周りの状況とここにいるメンバーを見ながら何かを考えていました。
「クリスちゃん。この魔法空間をどうにかできそうかしら?」
自分がひどい怪我をしていても騎士としての役目を果たそうとする姿は、本当に尊敬します。
その強い意志を持ったエレナさんの質問に頷きます。
もともとフォルトと魔導具を壊すって決めていたから、そのつもりでした。
「えと、魔導具を壊すことになるので、後でオルデンの役所に謝りに行く時、一緒に付いてきてくれますか?」
エレナさんはびっくりしたように目を丸くしましたが、すぐに吹き出すように笑って、「もちろんよ」と約束してくれました。
魔導具がいくつあるかわからないけど、全部壊さないとこの魔法空間からは出られません。作ってくれた魔導具師さん、本当にごめんなさい。
会ったことのない製作者さんに心の中でいっぱい謝ります。
そこに、お兄ちゃんとリィちゃん、フォルトが私達の傍へ来ました。
リィちゃんは駆け足でやってきて私に抱きつこうとしましたが、私の両手を見て何かを感じたのか、優しく頭を抱えるように抱きしめてくれました。
「…っクリ、スちゃん、よかった…っ本当に、よかった、わ…」
リィちゃんは泣いていました。
この親友は滅多に泣かないので、それほど心配を掛けさせてしまったんだと思わされます。
「リィちゃん、心配かけてごめんね。ありがとう…」
エレナさんがリィちゃんにハンカチを貸そうと自分のポケットに手を入れますが、どうやらボロボロだったらしく肩を竦めます。
その間にお兄ちゃんとフォルトがやってきて、気がついたお兄ちゃんがリィちゃんにハンカチを貸しました。
フォルトはその様子をどこか心配そうに見ていました。
リィちゃんが落ち着いてきたら、ここから脱出しなければなりません。
手の中のフェルーテちゃんと、平気で立っていますがエレナさんの怪我も心配です。
ここは早く脱出した方がいいに決まっています。
『魔導具の位置は把握してるぜ。結構いろんなところに散らばってるみてーだ』
私が考えていることが伝わったのか、フォルトが見えない魔導具の位置を教えてくれました。
メテオで魔法空間が歪んだ時に、隠されていた魔導具を見つけていたようです。
その数は、十三個。数の多さもそうですが、その十三個を失ってもオルデンは変わらず護られていることにもびっくりです。
「十三個も…全部壊せるかな?」
『余裕。だけど、全部壊さなくても大丈夫だ』
フォルトによると、要の五個を壊せば、繋がっている他の魔導具の魔力の効力が消えるそうです。
よかった。十三個全部だったら、製作者さんにもオルデンの人達にも申し訳ない。
それでも五個も壊すことになるから、申し訳なさは変わりませんが。
とりあえず、私とフォルトはこの魔法空間から脱出する方法をみんなに説明しました。
先に訊いていたエレナさん以外の人達の反応は、予想通り、びっくりしすぎて叫んでいました。
うん。だよね…。
『用意はいいか?クリス』
「…うん」
要の魔導具の位置を教えてもらって、魔法を放つ位置に着きます。
うまく壊せるか不安ですが、もうやるしかありません。
そんな不安が伝わったのか、フォルトが『魔法の調整は任せろ。多少軌道がずれても大丈夫だ』と言ってくれました。
私の一番近くには、フォルト、そしてお兄ちゃんがいてくれます。
お兄ちゃんはとても心配そうにしてたけど、フォルトを信頼してくれているのか、すべてを任せてくれました。
リィちゃんとエレナさんも少し離れたところで私を見守ってくれています。
目を覚まさないフェルーテちゃんは、最初にもらった小さな巾着袋に入れて、大事にポケットにしまっています。
「クリス、頑張れ」
お兄ちゃんの応援に小さく頷いて、魔法を発動させました。
発動させる魔法は「鋼の刃」。
最初のメテオは、さすがに周りに被害がありすぎるので、フォルトに教えてもらった精霊級の土魔法を使うことにしました。
壊したい魔導具を一つ一つ確実に壊していくのです。
頭に呪文を思い浮かべると、私の周りに音もなく鋼鉄のナイフが一本また一本と生成されます。
私の周りをクルクルと舞うナイフ達は、まるで意志を持っているかのようでした。
『よし、上出来だ。思いっきり放て!』
フォルトの呼びかけを合図に、鋼鉄のナイフを一本ずつ放っていきます。
そのスピードは、風の刃にも負けません。
一本、二本、三本、四本…まっすぐに飛んでいき、魔導具を貫きます。
最後の五本目で少し軌道がずれましたが、フォルトの補助で難無く壊すことができました。
要の魔導具が壊れたことによって、魔法空間が歪みはじめます。
ゆらりと景色が歪んだかと思ったら、気がつくと練習場の真ん中に立っていました。
「クリスさんっ!!」
わあぁっと周りで声が上がったかと思えば、視界が大きなものに遮られてしまいました。
びっくりしたと同時に、自分は抱きしめられていると気づきます。
「心配しました。大丈夫でしたか?フェルーテも…」
そう言って抱きしめてきたのは、エヴァン先生でした。
よく見ると、とても疲れた様子です。
私達を助けるために、たくさん魔法を使ってくれたんですね。
フェルーテちゃんが言っていたことを思い出して、思わず涙が出ました。
突然泣き出した私に、エヴァン先生はびっくりしたように腕を解放して、困った顔を見せました。
「ああ、ごめんね。苦しかったですか?それとも、怪我をしましたか?」
心配するように尋ねてくる先生を見て、さらに泣きそうになりました。
それを我慢しながら、ポケットに大事に入れた巾着袋を取り出します。
先生は何かを察して、そっとその巾着袋に触れました。
「…そう、フェルーテ…頑張ったんですね。ゆっくりお休み。元気になったら、たくさん甘やかしてあげましょう」
エヴァン先生は、とても苦しそうな顔でしたが、最後の方は優しい顔でした。
そして、巾着袋を受け取ってそれに軽くキスをしました。
その愛おしむようなキスに、二人はお互いがとても大事な人なんだと思いました。
「エレナ…!!」
エレナさんを呼ぶ、聞き覚えのある声に振り返ってみると、ジルディースさんが思いきりエレナさんを抱きしめていました。
わわわー!?エレナさん、大怪我してるけど大丈夫かな!?
って、あれ?いつの間にジルディースさんが??
ジルディースさんの腕の中にいるエレナさんは、目を見開いて全く動きません。
その様子に心配していると、今度はドカッとジルディースさんの頭を殴る音が響きました。
「怪我の手当が先だろ!とっとと離せ、ジルディース!!」
「す、すみません、ヴォルフさん…エレナも…」
はっと気がついたジルディースさんは、ゆっくりエレナさんを解放します。
解放されたエレナさんは、顔を真っ赤にして思いっきりジルディースさんの頬をひっぱたきました。
案の定、「痛えーっ!?」と叫んだジルディースさん。
うん、これはジルディースさんが悪いと思います。
そんな風にお互いの無事の確認を済ませると、ようやく周りの状況に意識が向きます。
「あれ…?そういえば、組のみんなは?」
「魔法空間が生成された時に避難させたんだ。ここにいるのは先生達と騎士の皆さんだけだぞ」
私の疑問にリスト先生が答えてくれました。
いつも爽やかなリスト先生もどこか疲れた顔をしていて、とても心配させてしまったようです。
その他の先生もほっとしたような顔を向けてくれていて、私達は感謝の気持ちと申し訳ない気持ちでぺこりと頭を下げました。
「いろいろ聞きたいことはありますが…今は、あれをどうにかしましょう」
そう言って、ため息をつきながら視線を遠くに向けたのは、ギル先生。
「あれとは?」と首を傾げてギル先生と同じ方向を見ると、無残に壊れた魔導具と無事ではありますが効力を失った魔導具が地面に転がっていました。
魔道具は、歯車が無数に集まった球体をしていて、馬車の車輪くらいの大きさでした。地面のへこみ方からして、重さも相当ありそうです。とても人の手では運べそうにありません。
私達は、意外と大きかった魔導具達に言葉を失いました。
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