クリスの魔法の石

夏海 菜穂(旧:Nao.)

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第1章 ◆ はじまりと出会いと

22. ドタバタなおでかけ③

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 エレナさんとジルディースさんと賑やかに「妖精のかまど」でお昼ごはんをすませて、私達はお店を出ました。
 ピザの会計をエレナさんがいつの間にか払ってくれていて、お金を返そうと思ったのですが、「相席のお礼よ」と丁寧に断られてしまいました。
 これ以上言うのも失礼になるかもと思って、リィちゃんと一緒にいっぱい「ありがとう」を言いました。

 エレナさんとジルディースさんは、まだ休憩時間が残っているということで、少しの間、付き添ってくれることになりました。
 「小さい子を二人で歩かせるのは心配」とのことです。
 リィちゃんは十三歳ですが、見た目がそうではないので全然安心材料にならないのだそうです。
 そういうわけで、私達は騎士さん達が付いてくるのを承諾しました。リィちゃんはちょっとだけ拗ねてましたが。



「それじゃあ、どこへ行く?」

 そう言ったのは、ジルディースさん。

「クリスちゃんとリリーちゃんは行きたいところ、もう決めてあるの?」
「いえ、まだ決めていません。けど、今日はまだクリスちゃんの行きたいお店に行っていないんです」
「そうか。じゃあ、クリスの行きたい店に行こうぜ。どんな店だ?」

 三人の視線が私に集まります。

「えと、魔導具のお店を見てみたいなって」

 魔導具のことをライゼンさんに教えてもらってから、どんなものがあるのかちょっと気になっていました。
 私の村には魔導具のお店は無いし、持っている人もあまりいないので、ライゼンさんが見せてくれたカンテラとお母さんのお守り、ポケットにいつも入っているアンジェさん色のポーチくらいしか知りません。
 光組専用図書室には専門の本も無いし、先生に「魔導具を見たい」って言ったら、「修理中だ」とため息をつきながら言われました。
 最近、魔導具の不調が多くて、今直してもらっているんだとか。
 そのせいで、学園全体で魔導具の数が足りなくて、あまり魔導具を必要としない科や組は、他のところへ貸し出しているそうです。
 こうなったら、意地でも他の物を見たいと思ってしまうのは仕方がないですよね?

 そんな軽い気持ちで言ってみただけなのですが、エレナさんの雰囲気が少し変わった気がしました。
 ジルディースさんも「意外な言葉を聞いた」と、びっくりした顔をしています。

「…教育科一年生の口から出る言葉じゃないわね?魔導具はだいぶ高度な知識が必要よ?」

 えええっ、そうなの!?
 ライゼンさんからお話を聴いた時は、そんなに難しいものじゃないと思ったのですが!?

 エレナさんの言葉に、びっくりしていると、エレナさんは顔をしかめました。

「…それとも、ただ、道具が見たいだけなの?」
「え、えと…」

 エレナさんは、答えない私に怖い雰囲気で訊いてきます。
 私との距離をゆっくり縮めてきて、纏う空気が鋭くなってきているのを感じました。
 その空気に気がついたリィちゃんが私を背にしてエレナさんを睨みつけました。

「エレナさん、どういうつもりですか?」
「私はクリスちゃんに訊いているのよ」

 リィちゃん越しにエレナさんの低い声が聞こえます。
 エレナさんとリィちゃんは睨み合って、お互い譲らない雰囲気でした。
 戸惑いながらジルディースさんの方に目を向けると、静かに私を見つめているだけで、助けてくれそうにありません。

 どうしてこんな空気になったんだろう?
 魔導具って、もしかしてそんな簡単に口に出してはいけないことだったの?

 うぅ、どうしよう…。

 私はただ、魔導具がどんな風に使われているのかとか、作っている人を見てみたいなとか、そう思っていただけなんです。
 この空気では、そんな簡単な理由だと言い出しにくくて、どう答えていいのかわかりません。

 居た堪れなくなって、無意識にポケットの魔法の石に助けを求めました。
 が、ポケットにはその魔法の石が入ったポーチがありませんでした。

「っうそ!!?」

 ポケットにあるはずの物が入っていないことが信じられなくて、思わず叫んでしまいました。

 ポケットの中を引っ張り出してみても、ポーチはありません。
 反対側のポケットにも、ポシェットの中にも、買い物袋の中にもありません。
 何度探しても、アンジェさん色のポーチは見つかりませんでした。


 どうしよう。




 失くした。




 そう思った瞬間、体中の血の気が引く感覚がしました。

「ク、クリスちゃん、どうしたの?」

 急な私の行動にびっくりしたリィちゃんが、私の肩を掴みました。
 エレナさんとギルディースさんは、不審な目で見つめてきます。
 今は、リィちゃんの心配する声も騎士さん達の視線も気になりませんでした。

 どうしよう。

 どうしよう、どうしよう。


 アンジェさんにもらった大事な魔宝石。


 ライゼンさんと約束、したのに。
 肌身離さず持ってるって…。



 …私の、お守り……。



「…っ、ふえ…っ、ふ…うぅ、うあああああああんっ」

 失くしたと実感した瞬間、我慢できなくなって泣いてしまいました。
 三人はそれにすごくびっくりした顔をして慌てだしました。
 何かいろいろ言っていますが、私の耳には入ってきません。
 すぐに探しに行けばいいのに、体は重りがついているかのように動かなくて、ただただ泣くばかりでした。
 叫ぶような泣き声は周りの人達の足を止めるには十分で、涙で前は見えませんが周りに人がたくさんいることだけはわかりました。

 私を気遣う声や、怒る声、一緒に泣き出す声、いろんな声が雑音として聞こえます。
 そんな人だかりの中で、澄んだ声が私の耳に届きました。

「あらあら、クリス。どうしたのかな?」

 その突然の、予想もしてなかった声にびっくりして、思わず泣くのをやめます。
 その声は、周りの音にも消されず、不思議と安心できる声。

「そんなに泣いて、何があったの?」

 その人は、あやすような優しい声で私の頭を撫でてくれました。
 涙で前が見えなくなった目を拭ってその人を見れば、とても会いたかった人でした。

 長いサラサラの黒髪と、色違いの宝石のような赤と紫の目。


「…お姉さん…」


 目の前にいたのは、私に魔宝石をくれた、精霊王のアンジェさんでした。







「…そうだったの。あの石を失くしてしまったのね」

 泣きながら魔宝石を失くしてしまったことを説明すると、アンジェさんは私が落ち着くまで背中を撫でてくれました。

「ごめんなさい…とてもとても大事な物なのに…」

 私の周りには、いつの間にか猫達がたくさんいて、まるで慰めてくれているようでした。
 通りすがりの人達は、泣き止んだ私を見て安心したように去って行きました。

「お買い物の時にはあったと思う。でも、その後はわからない…」

 また涙が滲んできます。
 それをアンジェさんは優しく拭ってくれました。

「そう…。では、探さないといけないわね?」
「どこで落としたかもわからないよ?」
「大丈夫。私があなたにあげたものよ。きっと見つかるわ」

 アンジェさんはそう言って、優しく抱きしめてくれました。
 その抱っこは不思議ととても安心できて、魔宝石を光にかざした時のような穏やかな気持ちになりました。

 うん。そうだよね、ずっと泣いてても何もならないよね。

 探さないで後悔するよりも、探して後悔する方がずっといい。
 もし見つからなかったのなら、それも仕方がないこと。
 …失くす時は、失くすのだから。

 アンジェさんを見つめて、力強く頷きます。
 そして、会ったら絶対訊こうと思っていたことを口に出してみました。
 魔宝石をもらった時に聞き逃してしまったことを。

「…お姉さん…私に石をくれた時、なんて言ったの?」
「ふふ。やっぱり聞き逃していたのね?」
「ご、ごめんなさい…」

 素直に謝ると、アンジェさんは気にしていない風に微笑みます。

「そうね…じゃあ石が見つかったら、また教えてあげるわ」
「えっ」

 それって、見つかるまでは教えてくれないってこと!?
 それは、が、頑張って見つけないと…!

 困った顔で見つめれば、アンジェさんも同じ顔を返してきます。

「…もっと、クリスの成長を待ってもよかったのだけど…」
「子どもの私では難しいことなの?」

 アンジェさんは静かに首を振ります。

「私にとっては、クリスが子どもでも大人でも、心配なものなのよ」

 そう言ったアンジェさんは、とても優しい顔でした。
 まるでお母さんのようなその顔に、胸があったかくなります。

「さて。いつまでもここにはいられないから、私は行くわね」

 アンジェさんは私の顔を見つめながら、一歩離れます。
 さっきとは違い、力強く見つめてくるその色違いの目は不思議な輝きをしていました。

 精霊の目は、こんなに輝いて見えるのでしょうか?

「もう行っちゃうの?一緒には探せない?」

 せっかく会えたのに。
 石だって、一緒に探したら、きっと早く見つかるはず。

 すがるように見つめたら、アンジェさんは背を向けました。

「それは、クリスが自分で何とかしなければいけないわ」

 返ってきた言葉は、突き放すような厳しいものでした。
 それに戸惑って俯きかけたけど、それは当然のことだと思い直します。


 『精霊は、基本的に人とは距離を置く』


 グループ研究発表で聴いた言葉です。

 精霊は世界が正しく回るために動く。
 きっと精霊王はその筆頭だ。
 本当に余程のことがない限り、人と関わらないんだ。
 そんな精霊王さんがここまで私に関わってくれた…。

 これ以上、甘えてはダメだ。

「わかりました、頑張ります!」

 アンジェさんの背中に力強く返事をしました。
 すると、視線だけ向けて微笑んでくれました。

「ええ。クリスなら大丈夫よ」

 アンジェさんはそう言って、その場からふわりとそよ風のように消えてしまいました。
 それを見届けると、両手を強く握って気合を入れます。

 どこで失くしてしまったのかもわからない。
 でも、アンジェさんは大丈夫って言ってくれた。

「絶対見つける!」

 傍にいてくれた猫達も応援してくれているかのように『にゃ~』と鳴きます。
 それに少しだけ、力をもらえました。
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