空気より透明な私の比重

水鳴諒

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―― Chapter:Ⅱ ――

【020】楽譜と風

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 九月十四日、本日は木曜日だ。
 佳音はある意味決戦の日だと思っていた。なにせ、告白し合った嶺色と教室で顔を合わせるのだから。胸のドクドクという波に溺れて呼吸が出来なくなるような心境のまま、佳音は教室へと入った。

「おはよう」

 いつも通り挨拶をしてみるけれど、誰も返答してくれない。自分の席へと向かいながら、佳音は嶺色の席を見る。すると本日は来ていた嶺色が、ワイヤレスイヤホンで音楽を聴いていた。佳音に気づいた様子はない。

 仕方ないかと考えた。

 ちなみに本日は、合奏の楽譜が配布される日なので、先週の金曜日に、今日は通学するようにと帰りのSHRで言われていたので、皆が学校に来ている。教室の窓は開け放たれていて、心地の良い夏の風が入ってくる。空調もあるのだが、今は空気の入れ換えをしているようだ。

「それじゃあ、合奏の楽譜を配りますね!」

 学級委員長の伊織が声を上げると、職員室から持ってきたらしい束を抱えたまま、教室の前方へと向かった。その声に、多くが着席する。前から順番に楽譜は配られた。それは佳音の前にも置かれたのだが、佳音に触れるのも嫌だというように、一つ前の席の生徒が、佳音の一つ後ろの席までわざわざ行って楽譜を渡していた。無視以外も始まったのだろうかと、胸が重くなる。

 その時、不意に雛乃が、佳音の机の上の楽譜を持ち上げた。
 そしてそれを自分の机の中にしまった。

「え?」
「……」

 雛乃は佳音を無視したまま、再び教室の正面へと向き直る。

「ちょ、ちょっと……雛乃? 楽譜、返して」
「……」
「雛乃、なんで?」
「……置いておいてもね」
「なんで? どういう事?」
「佳音は合奏、無理かもしれないし」
「は? 私、ちゃんと弾けるよ?」
「……」
「返してよ!」

 ついに佳音は大きな声を上げた。しかし雛乃はどこ吹く風といった調子だ。
 佳音はもう我慢ができなくなった。胸の内側で膨れ上がった激情が、吐いた息と共に溢れ出す。

「雛乃! 返して!」

 佳音が大声で叫んだ時、強く激しい風がその場に吹き荒れた。
 驚いた佳音は、窓から強風が入ってきたのだろうかと振り返る。しかし今はもう風は無い。そのため改めて雛乃の方を見ると、椅子から転げ落ちていた。雛乃の机の上にあったペンケースは床に落ち、色とりどりのペンが乱雑に散らばっている。

「な、なに今の……」

 雛乃が立ち上がりながら、愕然としたような顔をした。

「佳音?」
「なに?」
「本当に佳音なの?」
「どういう意味?」
「違うよね、佳音はこんな事しない」
「雛乃?」

 何を言われているのか分からず、佳音は困惑する。
 するとその時、ガタンと音がした。視線を向けると、音を立てて嶺色が立ち上がって、佳音を見ていた。目が真っ直ぐに合うと、嶺色が視線で佳音に戸を示す。そして本人も教室から出て行った。ついてこいと言う意味だと判断した佳音は、ちらりと雛乃を見たし、楽譜の事がやるせなかったが、嶺色に従うことにした。


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