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―― Chapter:Ⅱ ――
【021】号泣
しおりを挟む廊下に出ると、歩いている嶺色がチラリと振り返り、顎でついてくるようにと示した。混乱と悲しみに胸を占められたままで、佳音は後についていく。
嶺色はひと気の無い階段の陰へと進んだ。
その正面に佳音が経つと、嶺色が眉根を下げて、どこか悲しそうに佳音を見た。
「落ち着け」
そして小さな声で静かに言った。聞く者を安心させるようなバリトンの声だった。しかし佳音はまだ混乱したままだ。
「……」
「お前は悪くないよ」
「……っ」
嶺色のその言葉を聞いた瞬間、佳音の両目から涙が溢れた。もう限界だった。道場からの慰めの言葉なのかもしれなかったが、それでも構わないくらい、一人で無視され、触る事も許されず、楽譜まで取り上げられたのが悲しくて、優しい一言に涙腺が倒壊してしまった。
「悪くない。悪くないよ」
ボロボロと佳音は泣きながら頷く。誰かにずっとそう言って欲しかったからだ。
「泣きたい時は好きなだけ泣け」
嶺色は俯きがちにそう述べると、両腕を組んだ。
そして号泣する佳音の前に、ただ静かに何も言わずに立っていた。
佳音はその場でひとしきり泣いた。声を上げて泣いた。
漸く涙が止まったのは、チャイムが鳴った頃の事だった。四十分以上泣いていたのだと我に返り、慌てて手の甲で涙を拭った。
「嶺色くん、ありがとう」
「ん?」
「ついててくれて、ありがとう」
「いや……気にしなくていい。僕がそうしたかっただけだからな」
嶺色の優しい言葉を聞いていたら、自然と佳音には笑顔が浮かんできた。
「本当にありがとう。私、そろそろ帰る。またね」
やっぱり嶺色の事が大好きだ。好きになってよかった。そう感じながら、佳音は帰る事にした。
「そうだ、今日は病院に行かないと」
生徒玄関で靴箱の前に立った時、はたと佳音は思い出した。腕時計を見れば、もうすぐ午後の診察が始まるところだった。
「急がなきゃ」
慌てて佳音は病院へと向かった。
総合病院の玄関は混雑している。茶色い壁の前に総合受付があり、窓側に自動受付機が並んでいる。佳音は再来受付を見ていた。
それから振り返り、目を瞠る。
「あっ、榎本さん」
そこに通りかかったのは、榎本香澄だった。佳音が交通事故から救った男の子、榎本伊緒の母親だ。
「……」
すると香澄は、ちらりと佳音の方を見た。だが、ふいっと顔を背けて歩き去った。
「え? 今、目が合ったよね? なにあれ……感じ悪い……まぁ、事故の記憶なんて早く忘れたいのかな」
そうは呟きつつ、内心で佳音は傷ついていた。早く診察を終えて帰ろうと、佳音は外科の外来へと向かう。すると診察終了間際のせいか、待合室は閑散としていた。
だがそこに自分の主治医である江崎の姿を見つけた。丁度診察室から出てきたところだった。
「江崎先生!」
「……はぁ。もう外来は終わりだし。僕はこの後は会議だし」
「えっ、でも……」
佳音は診てもらえるはずだと思って、眉根を下げる。すると江崎が腕を組んだ。
「早く帰って寝な。ベッドでゆっくり寝るように」
ぴしゃりとそう言うと、江崎は歩き出した。
「……」
暫くの間、佳音は無言で見送っていたが、しょうがないので帰る事にした。
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