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出逢い。それから
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「べ、べいがーーー!!!」
今にも雨が降り出しそうな曇天の中。日が沈む前に城へと到着したアルオたちの元に、涙を流す重臣たちが駆け寄ってきた。
「もう……もう、お戻りにならないかとぉ……っ」
旅の間に雨季となってしまい、移動を諦めざるを得ない日々も続き、気付けば城を発ってふた月以上経っていた。これまで城をあけことは幾度となくあったが、最長でもひと月ほどだった。モンタギューに促され、あと数日ほどで帰ると、はじめて伝書鳩を城に飛ばしたのだが、どうやら不安は取り除けなかったらしい。
「我らはついに陛下に見捨てられたかと……っ」
しくしくと泣き続ける重臣たち。いつもなら構うことなく自室へと向かうアルオだが、流石に何か悪い気がした。兵に馬の手綱を渡し「先に部屋に戻っていてくれ」と、モンタギューにリオンを預けてから重臣たちに向き直った。
「わたしもここまで日数がかかるとは思っていなかったが、道中色々あってな」
重臣の一人が「……まさか、お命を狙われたのでは」と、顔を青くした。
追い剥ぎに合いそうにはなったが。とは言わず、アルオは怪訝に眉を寄せた。アルオの並外れた強さを知っている臣下たちに、今までこのような質問をされたことはなかったからだ。違和感を覚え「どうしてそう思う」と問い掛けてみた。
重臣たちは顔を見合せ「まだはっきりとしたことは分かってはいないのですが」と、一人が口火を切った。
「地方にて、不穏な動きがあるとの報告が上がってきていまして」
「不穏な動き?」
「……はい。地方同士が同盟を結び、王都に攻めいる計画を立てているとか」
都市には富が集中する。富があるところは狙われやすく、かつ、領土にしようと企む者は多い。けれど王都は、アルオという絶対的な力を持つ王がいるため、生半可な力で攻めようという者は少ない。
「魔族や隣国との戦争に勝利できたのは、陛下のお力があってこそだというのに……っ」
王都に攻めいるということは、国王であるアルオの暗殺を企んでいることに等しい。臣下は怒るが、アルオの心は凪いでいた。
「どうだろうな。魔族はともかく、隣国との戦争は、地方から兵を借りなければ負けていたかもしれんぞ」
国には八つの地方があり、それぞれが軍隊を保有している。国の一大事には、地方から兵士を借りて闘う。むろん、領主にはそれを拒否する権利がある。
「そんなことはありません!」
くわっ。
臣下が目を剥いた。アルオは「そ、そうか」と珍しく気迫に負けた。
「いつもは自身の領土の発展だけを考え、隣地を奪うことに執着し、戦ばかりしておるくせに……こんな時ばかり手を組みおってからに……っ」
わなわなと拳を震わせる、年老いた重臣。いつもはおっとり、上品な印象の臣下の姿に、アルオは少し驚いていた。
「ま、まあ。よく分かった。何か動きがあればすぐに報告を」
「もちろんです……それより、陛下」
「何だ」
「近々、出掛けられるご予定はもうないでしょうか……?」
一瞬の間のあとの「──ない」との返答。疑いの眼差しを複数向けられ、アルオはさっと目を逸らした。
「……今の間は」
「うるさい。納得しろ。わたしは自室で休む」
踵を返し、どう考えても納得していない臣下たちを置き去りにし、アルオは自室へと足を向けた。
本格的に降り始めた雨が、月も星も見えない真っ暗な空から降り注ぐ。アルオは燭台の仄かな灯りの中、居間にある椅子に座った。旅の疲れが出たのだろう。寝室では、リオンが熟睡していた。
「──陰の者。いるか」
間をおかず、脳内に『はい。ここに』との声が響いた。
「城に何か変わったことは」
『特にご報告することは何も』
「──第四公妾は」
『ほとんど一日中、窓の外をぼんやり眺めておられます』
「そうか」
アルオはしばらく思案してから「臣下との会話は聴いていたか」と、再び口を開いた。
『はい』
「なら、話しは早い。王都の監視は一人でよい。残りの者はみな、各地方へ散らばり、情報収集に当たれ。細かなことでもいい。逐一報告しろ」
『承知致しました』
会話が途切れ、アルオは静かに目を閉じた。浮かぶのは、西の密林地帯で出会った少女の姿。安価な灰色の服。ばっさりと耳の高さで切られた髪。それらは全て、法で決められていること。農民は、服や、髪の長さまで自由がない。
後になってモンタギューから聴いて知ったことだが、少女は七歳だったそうだ。どう考えても、身体の成長速度が遅い。それだけ、慢性的に飢えているということだろう。
再び瞼を開ける。そしてアルオの中に、一つの決意が宿ろうとしていた。
今にも雨が降り出しそうな曇天の中。日が沈む前に城へと到着したアルオたちの元に、涙を流す重臣たちが駆け寄ってきた。
「もう……もう、お戻りにならないかとぉ……っ」
旅の間に雨季となってしまい、移動を諦めざるを得ない日々も続き、気付けば城を発ってふた月以上経っていた。これまで城をあけことは幾度となくあったが、最長でもひと月ほどだった。モンタギューに促され、あと数日ほどで帰ると、はじめて伝書鳩を城に飛ばしたのだが、どうやら不安は取り除けなかったらしい。
「我らはついに陛下に見捨てられたかと……っ」
しくしくと泣き続ける重臣たち。いつもなら構うことなく自室へと向かうアルオだが、流石に何か悪い気がした。兵に馬の手綱を渡し「先に部屋に戻っていてくれ」と、モンタギューにリオンを預けてから重臣たちに向き直った。
「わたしもここまで日数がかかるとは思っていなかったが、道中色々あってな」
重臣の一人が「……まさか、お命を狙われたのでは」と、顔を青くした。
追い剥ぎに合いそうにはなったが。とは言わず、アルオは怪訝に眉を寄せた。アルオの並外れた強さを知っている臣下たちに、今までこのような質問をされたことはなかったからだ。違和感を覚え「どうしてそう思う」と問い掛けてみた。
重臣たちは顔を見合せ「まだはっきりとしたことは分かってはいないのですが」と、一人が口火を切った。
「地方にて、不穏な動きがあるとの報告が上がってきていまして」
「不穏な動き?」
「……はい。地方同士が同盟を結び、王都に攻めいる計画を立てているとか」
都市には富が集中する。富があるところは狙われやすく、かつ、領土にしようと企む者は多い。けれど王都は、アルオという絶対的な力を持つ王がいるため、生半可な力で攻めようという者は少ない。
「魔族や隣国との戦争に勝利できたのは、陛下のお力があってこそだというのに……っ」
王都に攻めいるということは、国王であるアルオの暗殺を企んでいることに等しい。臣下は怒るが、アルオの心は凪いでいた。
「どうだろうな。魔族はともかく、隣国との戦争は、地方から兵を借りなければ負けていたかもしれんぞ」
国には八つの地方があり、それぞれが軍隊を保有している。国の一大事には、地方から兵士を借りて闘う。むろん、領主にはそれを拒否する権利がある。
「そんなことはありません!」
くわっ。
臣下が目を剥いた。アルオは「そ、そうか」と珍しく気迫に負けた。
「いつもは自身の領土の発展だけを考え、隣地を奪うことに執着し、戦ばかりしておるくせに……こんな時ばかり手を組みおってからに……っ」
わなわなと拳を震わせる、年老いた重臣。いつもはおっとり、上品な印象の臣下の姿に、アルオは少し驚いていた。
「ま、まあ。よく分かった。何か動きがあればすぐに報告を」
「もちろんです……それより、陛下」
「何だ」
「近々、出掛けられるご予定はもうないでしょうか……?」
一瞬の間のあとの「──ない」との返答。疑いの眼差しを複数向けられ、アルオはさっと目を逸らした。
「……今の間は」
「うるさい。納得しろ。わたしは自室で休む」
踵を返し、どう考えても納得していない臣下たちを置き去りにし、アルオは自室へと足を向けた。
本格的に降り始めた雨が、月も星も見えない真っ暗な空から降り注ぐ。アルオは燭台の仄かな灯りの中、居間にある椅子に座った。旅の疲れが出たのだろう。寝室では、リオンが熟睡していた。
「──陰の者。いるか」
間をおかず、脳内に『はい。ここに』との声が響いた。
「城に何か変わったことは」
『特にご報告することは何も』
「──第四公妾は」
『ほとんど一日中、窓の外をぼんやり眺めておられます』
「そうか」
アルオはしばらく思案してから「臣下との会話は聴いていたか」と、再び口を開いた。
『はい』
「なら、話しは早い。王都の監視は一人でよい。残りの者はみな、各地方へ散らばり、情報収集に当たれ。細かなことでもいい。逐一報告しろ」
『承知致しました』
会話が途切れ、アルオは静かに目を閉じた。浮かぶのは、西の密林地帯で出会った少女の姿。安価な灰色の服。ばっさりと耳の高さで切られた髪。それらは全て、法で決められていること。農民は、服や、髪の長さまで自由がない。
後になってモンタギューから聴いて知ったことだが、少女は七歳だったそうだ。どう考えても、身体の成長速度が遅い。それだけ、慢性的に飢えているということだろう。
再び瞼を開ける。そしてアルオの中に、一つの決意が宿ろうとしていた。
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