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別れ。そして

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 リオンは両手両足を縛られたまま、人買いの男に抱き上げられ、馬車に乗せられた。馬車はゆっくりと動き出し、登ってきた山道とは反対側を降りていく。

 馬での移動よりは、よほどましだった。終始笑顔で、一見すると親切そうな人買いの男は、無理やり飲食を強要することはなかった。でも、恐怖は収まることはなく、むしろ膨れ上がっていく。

 城には戻れない。もう父様にも会えない。具体的には何も分からないのに、目の前の男は怖かった。山賊たちの、言ってしまえば分かりやすい暴力的な怖さとは何か種類の違う、得体の知れない恐怖。すり減った精神が、更に削られていく。

 体力的にも限界で、馬車の中でもほとんど気絶するように眠った。それでも何度も何度も目を覚ましてしまい、その内、夢か現かすらあやふやになっていった。

 着きましたよ。
 何度目かの夜を迎え、馬車が森の中で止まった。人買いの男はリオンを抱え、護衛兼馭者の強面の男が松明片手に、前を歩く。先には小さな洞窟があり、その奥には下り階段があった。

「異常は?」

「ありません」

 人買いの男と、階段手前にいた見張り役の男が短い会話を交わす。大人二人が何とかすれ違えるほどの幅の階段を、ゆっくりと降りていく。ぽっかり空いた闇に、すうっと吸い込まれていくような錯覚。日が落ち、辺りはどんどん冷えていく。けれどそれとは関係なく、身体はもうずっと震えている。

 階段を降りきったところに、松明にぼうっと照らされた木の扉が見えた。扉の向こうにあったのは、一つの巨大な空間だった。岩壁のところに等間隔に並ぶ松明の灯りで、部屋全体が目視出来る。中央には階段があって、その左右には階段状の客席がところ狭しと並べられている。その階段の先にあるのは、木の板で造られた舞台。

 人買いの男は階段を下り、右側の舞台袖に進むと、その先にある扉を潜った。そこにはもう一つの大きな空間が拡がっていて、コの字型に牢屋が連なり、中央には松明が置かれてあった。一つの牢屋にそれぞれ一人の人間が入れられていて、俯いているか、泣いているか、あるいは眠っている者もいた。

 人買いの男に抱えられたまま、牢屋の中で膝を抱えていた一人の男と、ふいに目が合った。十代後半といったところだろうか。痩せ細り、窪んだ双眼に光はない。リオンはびくっと肩を揺らしたが、男はどうでもいいことのように膝に顔を埋めた。

 リオンは右側に並ぶ、扉に一番近い牢屋に入れられた。両手両足の拘束は解かれ「お楽しみは、二日後の夜です。それまではここでお待ち下さい」と頭を撫でられ、ここの見張り役の男から受け取った毛布を一枚、床に置いた。待って。手を伸ばそうとしたが、痺れた両手はうまく動かすことが出来なかった。人買いの男は牢屋から出ると、鍵をかけ、笑顔で去っていった。

 冷たい岩床。目の前にある鉄格子は閉ざされ、窓のない牢屋に明かりが差し込むわけもなく、ただ部屋の中央にある松明の薄い灯りがあるのみ。岩壁に囲われたここの出口は、左右の舞台袖に繋がっている二つの扉だけ。それぞれの扉の前には、見張り役の男が立っている。

 とうさま。
 小さく呼んでみた、つもりだったが声が出ていなかった。リオンは毛布を頭から被り、泣きはらした目を閉じ、服の上から祈るように魔石を握った。その感触だけが、リオンをかろうじて現実に繋ぎ止めていた。

 そして迎えた、二日後の夜。

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