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記憶。想い出

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 ふっ。
 目を開けないまま覚醒したリオンは、大好きな匂いが近くにあることに気付いた。

(……とうさまのにおいがする)

 何だか頭がずきずきするし、身体が重い。でも、その匂いをもっと近くに感じたくて、うつ伏せのまま枕に顔を押し付けた。それからどんどんと思考が起きてきて、リオンは涙を滲ませた。

 振り払われる手。
 お前は誰だと、問いかけてくる銀の瞳。

 お前など知らない。
 向こうへ行け。

 そう言われた気がして。

 心が砕けそうになった。


「──馬鹿か! 窒息するだろう!」

 焦った声音と同時に、枕から身体を引き剥がされた。リオンがぱちくりと目を瞬かせる。目の前には、寝台にちょこんと座るアリがいた。そして振り返れば、そこにはアルオがいた。

(……とうさま、だ)

 目が違う。リオンはそう感じた。先日までの、知らない者を見る目ではない。ちゃんとリオンと認識して、心配して、叱ってくれている双眸だ。

 アルオの背後には、穏やかな目線を向けるモンタギューがいた。

「もう、大丈夫ですよ。アルオ様はリオン様のこと、ちゃんと思い出してくれましたから」

 リオンはゆっくりと、モンタギューからアルオに目線を移した。アルオはばつが悪そうに「……そういうことだ。悪かったな」と、リオンの頭を撫でた。リオンは呆然としながらも、アルオに向かって手を広げてみた。アルオが慣れたように、リオンを抱き上げる。リオンは恐る恐るアルオの首に腕をまわすと、ぎゅっとしがみつき──静かに泣きはじめた。

 アルオとモンタギューがほっと息をつく。それからしばらくして、リオンが泣きながらアルオの肩をがぶりと噛んだ。

「リ、リオン様?」

 驚く二人をよそに、リオンはずっと噛み続けている。よくわからないが、怒っているのだろうか。アルオは諦めたように「……もういい。好きにしろ」と肩を噛まれたまま椅子に腰かけた。


 晩課の鐘がなりはじめ、ようやくリオンが少し落ち着いてきたころ。そろそろ夕食を運んでくるかとモンタギューが部屋を出ようとしたとき。

 コンコン。コンコン。

 室内に、ノックの音が響いた。扉からではない。それは、寝室の窓から鳴ったものだった。視線を向ける。締め切られた窓の向こうに、人影が見えた。ここは二階。まず、普通の人間である可能性は低いだろう。アルオとモンタギューが顔を見合わせる。

「私が開けます」

 モンタギューの言葉に、自分が行くと言いそうになったアルオだが、アルオの腕の中にはリオンがいる。事情が事情なだけに、しがみつくリオンを無理やりはがすことも出来ず、アルオはうなずくしかなかった。

「……わかった。任せる」

 モンタギューが寝室の窓に近付き、外開きの窓を開け、即座に距離をとる。二人が注目する中、窓の外にいた人物は、腰近くまで伸びた鮮やかな金の髪を風になびかせながら、こちらに向かい、深く頭をさげていた。

 ──空に、浮かびながら。
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