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不穏

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 ───1───

「うーん……どうしたもんか」

「ちょっとソーマ、いつまで悩んでる訳? さっさとどのクエストにするか決めなさいよね。 Fランクのクエストなんてそんなにないでしょうが」

「わかってるっつーの。 ほら、邪魔だからあっち行ってろ」

 シッシと手であしらわれたラミィがつまらなさそうに去っていく背中を見届け、俺は掲示板に視線を戻した。
 掲示板には様々な依頼が貼り付けられている。
 俺はその中からめぼしい物を一枚手に取り、暫く悩んだ後、カウンターへと持っていった。
 
 クエストには大きく分けて三種類ある。
 その中で最もポピュラーかつ実入りが多いクエストといえば、やはり討伐クエストだろう。
 討伐クエストはギルドが発行しているクエストで、報酬は常に金銭のみで支払われる。
 その分危険は多いが見返りも多く、一攫千金を狙う冒険者にとっては優先的に受注したいクエストである。

 その次に受注数が多いクエストは、採取クエストと呼ばれる納品クエストだ。
 このクエストもギルドが発行しているクエストで、成功報酬は金銭で支払われる。
 だが採取クエストは討伐クエストと違い魔物と戦う必要は殆んどなく、安全にこなせるクエストとなっている。
 当然その分報酬は少なくなるが、死ぬ危険も少ない為、低ランク冒険者に好まれるクエストだ。
 
 そして残る最後のクエストは、民間人からの依頼により発生する依頼クエスト。
 このクエストは少々特殊で、依頼人から持ち込まれたアイテムや金銭を報酬としており、物にもよるが基本的に実入りが少ないクエストだ。
 しかしクエスト内容は比較的雑用が多く、成功が比較的容易いのが特徴。
 更には成功いかんによっては民間人からの信頼を得られ、運がよければ次々と依頼が舞い込み、定期的な収入を得られる可能性がある為、定期収入を望む者にとっては外せないクエストだ。

 その中から俺が選んだクエストは、これだ。

「リオ、これを受注したい。 通してくれ」

「ほいほーい。 ええっとぉ……薬草の採取だね。 じゃあ、はいこれ」

 リオが取り出したのは籠。
 採取した薬草や果物をしまっておく、木製の籠だった。

「薬草の採取のやり方はわかる? よかったらレクチャーしようか?」

「いや、必要ない。 経験があるからな」

 籠を持ち、そう言いながら踵を返す。 
 すると背後からリオの元気な声が届いてきた。

「そっか。 んじゃ、行ってらっしゃーい」

「おう、行ってきます」

「行ってきまーす」

「きまーす」

 ホント王都と違ってアットホームな職場だよ、ここは。
 まっ、嫌いじゃないけどな。




 ───2───

 リアによると、シャロ村周辺に広がるルピナ草原で最も薬草採取に向いている場所は、村の背に聳えるあの山。
 アテナ山が一番向いているらしい。  
 という訳で俺達は一路アテナ山へ出発。
 麓の獣道を進み、リアの案内の元、群生地へと辿り着いたのだった。

「ねえリア、これって薬草だと思う? 微妙に葉の形が違う気がするんだけど」

「あ、本当だねー。 んー、ちょっと怖いしやめておいた方が良いかも。 変な植物だったら嫌だし」

 ご名答。
 二人が眺めている植物の名は、毒草。
 文字通り毒の成分を持つ、見た目は薬草に酷似した植物だ。
 うっかり食べてしまうと中毒になるから気を付けなければならない。
 とはいえ、無用の長物でなく毒消し薬の調合に使えるから扱い方さえ心得ていれば、とても有用な植物でもある。
 
「ラミィ、それに素手でさわるなよ。 その植物は毒草だ、触ると指が痺れるぞ」

「うげ、マジ?」

「葉の筋をよく見てみろ。 中心に紫色の筋が一本走ってるだろ? それが毒草の特徴だ、覚えておけ」

「お、ホントだ。 紫色の筋あった。 なーんだ、薬草じゃないのか。 見つけて損したー」

 やれやれ、こんな調子でよくEランクに上がれたもんだな。
 
「ほえー、勉強になるぅ。 流石はソーマさん、色んな事をいっぱい知ってるなぁ。 毒草もそうですが、足跡や落ちてる痕跡からどんな魔物や動物が生息しているかわかるなんて、凄いですよね。 どうしてそんな物知りなんですか?」

「まあこれでも冒険者歴はそれなりに長いからな。 下積み時代に色々学んだものだ、先輩冒険者から」 

 俺がパークラした最初のパーティーなんだが。
 まさか片方がヤンデレ、もう片方がメンヘラになるとは。 
 相手が目障りだからって殺し合いは駄目、絶対。 
 
「長いって……どのくらい?」

「……ほら、あと半分だ。 さっさと終わらせて帰るぞ」

「へ? あの……」

 質問に答えず黙々と作業を始める俺にリアは小首を傾げるが、諦めたのか、ラミィの元へと帰っていった。
 ラミィと話しているリアの表情に僅かながら翳りが見える。
 恐らく、話をはぐらかされたのが悲しかったのだろう。
 ホトホト自分に嫌気がさす。

「まだまだガキだな、俺も。 触れられたくないからってあの態度はないだろ」

 と、呟きながら薬草に手を伸ばすが。

「ん……ここら辺の薬草は全部取りきっちまったか。 仕方ない、場所を変えるか。 ラミィ、リア。 俺は向こうを調べてみる、そっちは任せたぞ」

 言って、二人が返事をしながら薬草をむしる中。
 俺は大木を回り、聳え立つ崖の方へと────

「……あれは…………」

 崖下に妙な物があった。
 動物の死骸だ。
 四足歩行、毛並み、牙からして森を根城にしているイノシシだろう。
 
 …………。

 足で小突いてみたが、イノシシは微動だにしない。
 確実に死んでいる。

「なんでこいつこんな所に……」

 妙だ。
 こんな格好の獲物、魔物が放置しておく筈がない。
 この森にはウルフが生息していると聞くし、奴らが巣に持ち帰らない訳が…………。

「……なんだ、これ。 ナイフか?」

 イノシシの胸元にナイフが深々と突き刺さっている。
 俺はそれを何の気なしに抜き、細部まで目を凝らしていると、ナイフから液体がドロッと落ちた。
 
「この液体、もしかして……毒、か? だがナイフ自体は仕込みもないただのナイフ。 となれば……」

 スキルによる毒付与か。
 仕込み機構が無い以上、それ以外考えられない。
 だからこそ気になる。
 このナイフの持ち主が。
 
「…………嫌な予感がする。 何も起きなきゃ良いが……」

 俺はそう呟きながら、ナイフを握りしめた。
 覚えのある感触の柄を、力の限り。
 
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