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2章 本編
21話 男装妻、女装夫から剣の稽古を受ける
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女装しているとつい気軽に訊いてしまう。今日もそんな気のゆるみから言葉が出てしまった。
「……君は領主以外に好ましい男性はいないのか?」
「え?」
「あ、いや、違、変な意味ではなくて」
これでは妻の不倫を聞いているような言葉になってしまう。けれどそれを分かっているウツィアは大丈夫ですよと微笑んだ。
「恋バナですよね」
「こいばな?」
「今まで好きな人いた? ってことじゃなくて?」
誤魔化せればいいと思い縦に首を振った。ウツィアは楽しそうに「ウェズとこういう話できるの嬉しいですね」と言って笑う。
「……今はもちろん旦那様が好きですけど、初恋はこの領地に来る前ですかね」
「誰だ?」
「知らないんです」
眉を八の字にして下げた。
「名前も知らないし、顔をも合わせたことがないんです。私が王女殿下に呼ばれて王城にいた時によく話し相手になってくださった方なんですけど」
「……」
(あれ? それは……)
「声も変えてたから探しても分からないんですよ。殿下の周りにいる方だから権威のある顔を見せられないような人だと思うんですけど、毎日お話してて楽しかったなあって」
「それ、は」
「男性なのは知ってるんです。最初に一言、地の声を聴いているので。まあ今お会いできたところでって話ではありますね」
「……」
(……私、なのか?)
ウェズは言葉を失った。じわじわと熱が競り上がってくる。好きな女性の初恋が正体を隠した自分だったなんて想像していなかった。しかも今は結婚相手の自分を好きだと言ってくるものだから、ウェズは些か混乱し何を言っていいか分からない。
「ウェズ? 体調悪いです?」
「いや」
「顔、少し赤いかなって」
「!」
(顔に出てた。情けない!)
窓でも開けましょうかと店の窓を少し開けてくれる。ウツィアがカウンターに戻ってくるまでの間でウェズは必死に自分の気持ちを抑え込んだ。
「そうだ。前にも聞きましたけど、ウェズは騎士なんですよね?」
「ああ」
「私に剣の扱い方、教えてくれませんか?」
「え?」
話題を敢えて変えてくれたのはウェズにとってありがたかったけれど、内容が予想外のもので驚きに瞳が丸くなった。
「自分を守る為にも必要かなって思って」
なにもできないだけで震えているなんて駄目だ。離縁されても一人で生きていくために、自分で自分の身を守れるようにならないと、という思いからのお願いだった。
「しかし、その」
「そりゃ、あんまり筋肉ないかもしれないけど、これから鍛えるんで!」
「……」
(そこじゃない)
せめて鍛錬メニューだけでも教えて! とウツィアは中々引く様子がない。言葉を選んでいる女装ウェズを見て、困っているのだと思ってしまった男装ウツィアは前のめりになっていた身体を戻した。
「ああでも、領地内の騎士様って忙しいものね……カツペルあたりに人材選んでもらった方が」
「駄目だ!」
側近の名が出たことも気に入らなかったけれど、さらに他の人間がウツィアに剣の稽古をするなんて考えられないし見たくもない。
(誰か別の男がウツィアの隣に立つ……)
想像するだけで胸焼けのする思いだった。いつか離縁して、相応しい相手がウツィアの隣に立った時に直視できるのか疑問に思える程、嫌な気持ちしかない。
「私が教える」
「やった! ありがとう、ウェズ!」
* * *
この日から、閉店してからの僅かな時間、店の近くでひっそりと剣について学ぶようになった。
最初は木刀で振ってみて、その後真剣を持ち、手に馴染んできたら素振りを始める。その内、店の具合によっては閉店時間を早めて練習するようになった。
その様子は当然、迎えの側近カツペルも見て知っている。
「領主様」
「どうした」
馬車の中で着替える自分の主に思わず言ってしまったのは、夫婦が女装・男装したまま練習を始めて一週間経った頃だった。
「何やってるんすか」
その意味をウェズは重々理解していた。
「剣の扱いを教えてと言われた」
「なんで女装なんです」
「女装してる時に頼まれた」
「領主様直々に教えるから大丈夫ぐらい言えばよかったじゃないっすか」
「ああ、成程」
我が主ながらこういうとこは本当不器用だなと苦笑する。カツペルは応援という名目で口を出すことにした。
「少し仲良くなっておいた方がいいんじゃないんですか? 事情は事情ですけど、そんな早くあの男の結婚相手なんて見つからないでしょう。奥様に今すぐ実家に戻られても困るんですから、小さなことでも交流を深めておいた方がいいですって」
「…………分かった」
長く悩んだ後に理解の言葉が返ってきた。恐らく、ウェズ本人だってやぶさかではないはず。
「とか言っちゃって、そのまま二人の仲がうまくいけばいいのに」
「何か言ったか?」
「いいえー? 何も言ってないっす。 主人、滅茶苦茶奥様のこと好きですよね?」
「……」
(好き、だが……何故バレた?)
「どうしてそこで黙り込むんですか」
あの様子なら奥様だって旦那様のこと満更じゃないし、きっかけがあればくっつくと思うんだけどなあ、とお節介な事を思いつつ側近カツペルは今後も口出ししようと心に決めた。
「……君は領主以外に好ましい男性はいないのか?」
「え?」
「あ、いや、違、変な意味ではなくて」
これでは妻の不倫を聞いているような言葉になってしまう。けれどそれを分かっているウツィアは大丈夫ですよと微笑んだ。
「恋バナですよね」
「こいばな?」
「今まで好きな人いた? ってことじゃなくて?」
誤魔化せればいいと思い縦に首を振った。ウツィアは楽しそうに「ウェズとこういう話できるの嬉しいですね」と言って笑う。
「……今はもちろん旦那様が好きですけど、初恋はこの領地に来る前ですかね」
「誰だ?」
「知らないんです」
眉を八の字にして下げた。
「名前も知らないし、顔をも合わせたことがないんです。私が王女殿下に呼ばれて王城にいた時によく話し相手になってくださった方なんですけど」
「……」
(あれ? それは……)
「声も変えてたから探しても分からないんですよ。殿下の周りにいる方だから権威のある顔を見せられないような人だと思うんですけど、毎日お話してて楽しかったなあって」
「それ、は」
「男性なのは知ってるんです。最初に一言、地の声を聴いているので。まあ今お会いできたところでって話ではありますね」
「……」
(……私、なのか?)
ウェズは言葉を失った。じわじわと熱が競り上がってくる。好きな女性の初恋が正体を隠した自分だったなんて想像していなかった。しかも今は結婚相手の自分を好きだと言ってくるものだから、ウェズは些か混乱し何を言っていいか分からない。
「ウェズ? 体調悪いです?」
「いや」
「顔、少し赤いかなって」
「!」
(顔に出てた。情けない!)
窓でも開けましょうかと店の窓を少し開けてくれる。ウツィアがカウンターに戻ってくるまでの間でウェズは必死に自分の気持ちを抑え込んだ。
「そうだ。前にも聞きましたけど、ウェズは騎士なんですよね?」
「ああ」
「私に剣の扱い方、教えてくれませんか?」
「え?」
話題を敢えて変えてくれたのはウェズにとってありがたかったけれど、内容が予想外のもので驚きに瞳が丸くなった。
「自分を守る為にも必要かなって思って」
なにもできないだけで震えているなんて駄目だ。離縁されても一人で生きていくために、自分で自分の身を守れるようにならないと、という思いからのお願いだった。
「しかし、その」
「そりゃ、あんまり筋肉ないかもしれないけど、これから鍛えるんで!」
「……」
(そこじゃない)
せめて鍛錬メニューだけでも教えて! とウツィアは中々引く様子がない。言葉を選んでいる女装ウェズを見て、困っているのだと思ってしまった男装ウツィアは前のめりになっていた身体を戻した。
「ああでも、領地内の騎士様って忙しいものね……カツペルあたりに人材選んでもらった方が」
「駄目だ!」
側近の名が出たことも気に入らなかったけれど、さらに他の人間がウツィアに剣の稽古をするなんて考えられないし見たくもない。
(誰か別の男がウツィアの隣に立つ……)
想像するだけで胸焼けのする思いだった。いつか離縁して、相応しい相手がウツィアの隣に立った時に直視できるのか疑問に思える程、嫌な気持ちしかない。
「私が教える」
「やった! ありがとう、ウェズ!」
* * *
この日から、閉店してからの僅かな時間、店の近くでひっそりと剣について学ぶようになった。
最初は木刀で振ってみて、その後真剣を持ち、手に馴染んできたら素振りを始める。その内、店の具合によっては閉店時間を早めて練習するようになった。
その様子は当然、迎えの側近カツペルも見て知っている。
「領主様」
「どうした」
馬車の中で着替える自分の主に思わず言ってしまったのは、夫婦が女装・男装したまま練習を始めて一週間経った頃だった。
「何やってるんすか」
その意味をウェズは重々理解していた。
「剣の扱いを教えてと言われた」
「なんで女装なんです」
「女装してる時に頼まれた」
「領主様直々に教えるから大丈夫ぐらい言えばよかったじゃないっすか」
「ああ、成程」
我が主ながらこういうとこは本当不器用だなと苦笑する。カツペルは応援という名目で口を出すことにした。
「少し仲良くなっておいた方がいいんじゃないんですか? 事情は事情ですけど、そんな早くあの男の結婚相手なんて見つからないでしょう。奥様に今すぐ実家に戻られても困るんですから、小さなことでも交流を深めておいた方がいいですって」
「…………分かった」
長く悩んだ後に理解の言葉が返ってきた。恐らく、ウェズ本人だってやぶさかではないはず。
「とか言っちゃって、そのまま二人の仲がうまくいけばいいのに」
「何か言ったか?」
「いいえー? 何も言ってないっす。 主人、滅茶苦茶奥様のこと好きですよね?」
「……」
(好き、だが……何故バレた?)
「どうしてそこで黙り込むんですか」
あの様子なら奥様だって旦那様のこと満更じゃないし、きっかけがあればくっつくと思うんだけどなあ、とお節介な事を思いつつ側近カツペルは今後も口出ししようと心に決めた。
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