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2章 本編

22話 孤児院へ訪問 前編

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「ふむ」

 朝のカード占いをすると外に出た方が良いと結果が出た。誰かお相手がいてもいいらしい。

(旦那様と外に出るとか?)

 日々忙しい夫が妻の要望に応じて外出に付き合ってくれるかは分からなかったけれど、ひとまず行動することにした。
 すると出掛ける準備をするウェズと鉢合わせる。

「旦那様、お出掛けですか?」
「ああ、孤児院に行く」
「ウシュメフの?」
「そうだ。世話になった方へ伺いに」

 慈善活動をするタイプだなんて初めて知った。
 一番近い孤児院となると、実家の領地の隣、王都近辺では割と栄えているウシュメフという街の中にある。
 それにしても日帰りで行くには時間が足りない。街で宿泊するようでもなさそう。

「旦那様、私も一緒に行ってもいいですか?」
「え?」
「孤児院に着いたら別行動でもかまいませんので、一緒に行かせて下さい」

 思ってもみない言葉にウェズは僅かに目を開いて固まった。好んで慈善活動をする貴族がいることは知っていたけれど、どの貴族も金銭の援助のみといった形式的なことしかしない。なのにウツィアは実際に訪問することに興味があるらしい。

「あ、孤児院訪問には許可が必要ですか?」
「いや」
「そしたら適正試験のようなものが?」
「いや、ない」

 いいんじゃないんですか、と外野から声がかかった。気さくな様子は領主夫妻に対して良いと言えない態度だけれど、この夫婦はそういうところに細かくない。

「まあ時間はあまりないんで休憩は途中とれなさそうですけど、今から馬車に乗って行っても日帰りでなんとかできます」
「本当?」
「ええ、奥様」

 カツペルからウェズにばっと身を翻し、期待に満ちた瞳で見上げられる。ファンサの良い男装ウツィアを思い出してウェズは少し和んだ。

「一緒に行かせてください」
「……分かった」
(可愛いくて許してしまう)

 ウェズはウツィアのお願いに弱い。
 馬車で向かい合わせに座り、のんびり進む。元々馬に乗り単騎で向かうつもりだったウェズからしたら、随分ゆっくりしている時間だった。

「時間があれば君の領地にも顔をだそう」
「いえ、孤児院優先でいいですよ。急遽連れていってもらってるわけですし」

 彼から声をかけてもらえたことにウツィアは感動していた。日々お茶に誘った成果が出たのだろうと喜ぶ。実際は女装ウェズとして毎日男装ウツィアの店に通った成果が大きいけれど二人がそれを知る由もない。

「旦那様は孤児院によく行かれるのですか?」
「年に数回だけだ。寄付をする時に行っている」
「珍しいですね」

 寄付だけして訪問する貴族は少ないのにと言う。ウェズは窓の外を見ながら、昔世話になったからと囁いた。

「世話に?」
「兄に家を追い出されて困っていた時に泊まらせてくれた」

 兄? 追い出される?
 新しい言葉に衝撃を受ける。十五で家を出たと聞いてたけど追い出されたと?
 結婚する時、特段ウェズの家庭のことは詮索しなかった。
 庭でやった婚姻式に立ち会ったのも長い付き合いだと言う使用人たちだけ。世間の知る経歴は、爵位のない人間が剣の腕だけで伯爵位を得たところから始まり、最終的に公爵位と英雄の地位を得た、だ。

「旦那様、差し支えなければ御家族のことをきいても?」
「ああ……両親祖父母は亡くなっていて、兄が子爵位を継いでいる」
(王族の血を継いでることは伏せておこう)

 曰く、十五の時に父がなくなると同時に家を出ることになったという。使用人は婚姻式に立会った三人、その家を出た最初の時にお世話になったのが今日行く孤児院だった。
 ウェズは自分が行き場を失い困った経験から、そういったことがなくなるようにと、そして自分を助けてくれたお礼に寄付を続けている。

(そういう経験を子供にさせたくないから、子供を欲しくないのかもしれないわね)
(ああそうか……私は怖いのかもしれないな)

 一番は契約結婚後のウツィアの幸せの為だけれど、本心は自分の根深い所にあるのかもしれないとウェズは今日この時に気づいた。
 その一瞬の憂いをウツィアは見逃さなかった。デビュタントを迎えていない十五の子供が行き場を失う。その経験が響いているのではと悟った。
 そこを聞いてみようかと口を開きかけた時、馬車の扉が叩かれた。

「着いたようだな」
「……旦那様」

 出ようとする夫を止める。「どうした」と短く返事をした。

「この後で構いません。旦那様のことを教えてください」

 その言葉はウェズにとって嬉しいものだった。王城で顔を隠していた時に言われた言葉は今でも彼の中で大切にとどまっている。

「もっと旦那様のことを知りたいです」

 なのでお茶とかランチとか増やしてください、とここぞとばかりにウツィアは攻めた。ウェズは頷き「分かった」と言って彼女は安心して笑う。

「行こう」
(嬉しい)
「はい」
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