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2章 本編

63話 王城のあの人=ウェズ=女装夫

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 一方ウツィアは、実家領地シュペンテに入った際、王都騎士団が通っていくのを見た。その中に王子と同じ年でいくらか話した事のある騎士から内容を聞く。よりにもよってこのタイミングで夫の元を離れたことに後ろめたさを感じてしまった。

「旦那様……大丈夫でしょうか」
「英雄様には今頃手紙届いてますし、領地シュテインシテの警備はかなり厳しいので賊十人程度あれば問題ないかと存じます」
「そうですか」
「それに、今この状況なら奥様はここにいた方がいいでしょう。下手に戻るとすれ違いで賊に襲われても洒落になりません」
「分かりました」

 夫が大変な時に、ウツィアは思いの外、実家領地でのんびりしていた。
 来てすぐに両親と弟から契約の話を聞き、衝撃を受けつつもしっかりその中身を受け入れる。

「姉さまあ、離縁しちゃいましょうよ! 最悪ですよ契約とか!」
「でも……そしたら援助なんてしなくてよかったはずだわ」
「ウツィアに恩があるから援助したのよ」
「それにしたって金額がおかしいわ」

 一帯の商会すべてが潤う程の援助を恩があるからといってするだろうか。戦場で命を救ったとか、瀕死の重傷を負った時に一命をとりとめる様な救護ができたとか、そういう理由なら納得ができそうだけれど。

「ウツィア。理由はどうあれ、貴方の気持ちは決まっているのでしょう?」
「え、そうなの姉さま?!」
「はは……」

 母親はなんでもお見通しか。祖母や自分ほどではないにしろ、勘の良さは他の人間より秀でいている。
 そう。
 踏ん切りつかないだけで来ただけで。面と向き合える為の時間稼ぎみたいなものだ。

「恩があるって……私なにか特別なことを旦那様にしたかしら?」
「まあ彼に会えるとしたら、ウツィアが王女殿下お抱えだった時じゃない?」
「あの時……」

 年齢も離れているから貴族院で会うことはない。戦場なんて以ての外。となると会ってなにかあったのは王女キンガに連れられて来た王城にいた頃しかない。
 あの頃は、権力ある高位貴族たちの占いばかりで、顔を見ないまま声も変えた様々な貴族が自分の元に来ていた。精度の高い結果だから皆ウツィアに恩を感じていただろうし、実際匿名で感謝の旨と御礼の品もあったぐらいだ。その中の一人だとしたら特定するのが難しい。かなりの人数がいたから。

「なんならの中身みちゃえばいいんじゃない?」
「御母様……それはだめよ」
「うちでは私の母に次いでウツィアぐらいしか、そういう能力ちからでなかったものね。今は自分で加減できるんでしょ」
「はい」
「みちゃいなさいよ。それで真意が分かるわ」
「嫌です」
「え?」
「できれば、夫から聞きたいんです。みるにしても了承なしではもうやらないって決めています」
「そう」

 いつでもみるタイミングはあった。知りたい時も何度もあった。
 それでもウツィアはこの能力ちからに頼る気はない。求められ、了承を得た時だけだ。
 この能力がなければ会話で知り合っていくしかない。ウツィアは能力を使わずウェズと言葉で分かり合いたかった。

「少しここにいなさい。公爵の領地は大変なんだろ?」
「はい」


* * *


 翌日、幼馴染のリストが婚約者を伴って挨拶に来た。

「なんだ、お前来てたわけ。あの嫉妬深い夫は?」
「領地の騒動をおさめているところよ。というかなによ、その嫉妬深いって」
「俺がお前と話してるだけで殺気ビンビンの目で睨んでくるんだからそうだろうよ」
「もう……そうだ、ねえ私夫と昔会ってたみたいなんだけど、どう思う?」
「え? 本人にきけばいいじゃん」
「教えてくれないのよ」
「ふうん?」

 婚約者のミオシチナはマゼーニャと話していた。ミオシチナが馴れ初めを語り、マゼーニャが黄色い声を上げている。

「王城にいた頃のお客様の一人だと思うけど」
「ああ、占いとかいうやつな」
「そう」
「あの旦那だと、戦争に勝つか勝たないかとかそういうとこじゃねえの?」

 英雄様はそれしかなかったって新聞記事に書いてあったぜとリストは言う。有名な話だ。隣国セモツとの戦いをいかに早く終わらせるか、そればかり考える日々だったと語り、あちこちにその話が記事となって出回った。

「戦争に勝つか、勝たないか」

 そういえば、騎士として戦争に参加すると言っていた男性がいた。
 最初に出会った時の言葉「だめだ」の声音が思い出される。

(ウェズに似てる気がする)

 それに戦争に関することを占う人間はあまりいなかった。輸出入を生業とする貴族は聞いてきたこともあったけれど、戦争に直接出向いた上で結果をきいてきた客は彼一人。占いに来るのは高位貴族が主で、騎士の身分だと来ることはなかった。彼ぐらいだ。

(ウェズとあのお客様の香水の匂いは同じ)

 珍しい大陸南部の国でとれる柑橘の香りで、女装して店に来ていたウェズも同じ匂いだった。
 そういえば東の遠い国の香水をくれた。ウェズはその香水が取れる地域の宝石をやすやすと取り寄せていたし、女装していた時も夫として領地回りで店に来た時も、私の手を取って占われようとせず断っている。
 王城で対面して手を取れば深い占いができると説明していたからだ。過去、会っていたことがバレると思ってやらなかったとしたら?
 挙げ句カードのことも少し知っていた。知っていると小さく囁いたのは聞き間違いじゃなかったということ。

「あの人だわ」
「思い出したのか」

 よかったじゃん、と幼馴染が笑う。

「私、王城に行くわ」
「え? いきなりなに?」

 驚きつつもきちんと別れの挨拶をしてくれる幼馴染に微笑むことが出来た。ウェズがどういう思いだったのか、少しだけ分かった気がする。
 屋敷に戻ると、両親と弟が外に出ていた。馬車も用意してある。

「行くのね」
「はい。夫が来たら王城に行ったと伝えて下さい」
「わかったわ」
「姉さま離縁してくれないんですか?」
「ごめんね、チェプオ。それは無理そう」

 だって全部繋がってもまだウェズのことが好きだもの。
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