上 下
28 / 62
第3章 愚者の選択

10.滅びた村

しおりを挟む

 次の日、一鉄は王都から北方へ向かった。目的は『獣人狩り』について調べるためである。
 北方辺境は途中の町までは乗合馬車が出ているものの、獣人族の集落がある地域は魔王種の脅威もあって交通網は通っていなかった。
 一鉄は人間が暮らしている町で最も北側の町までは馬車で向かい、そこから徒歩でさらに北へと進んだ。
 王都を出てから5日もかかったものの、ようやく獣人の集落の跡地にたどり着いたのである。

「これは……酷い有様だな」

 事前にミャアから聞いていた場所に、猫獣人が暮らしていた集落跡はあった。
 そこにあったのは凄まじいまでの破壊の痕跡。建物はことごとく潰れており、火までかけられたのか真っ黒の炭になっている。
 建物の残骸の中には黒く焼け焦げた人型の死骸が埋もれている。見つけた死骸は20以上。どれも損傷が激しく、比較的原型を残しているものも腐乱して無残な有様となっていた。

「…………」

 一鉄は目元の険を深めて、廃墟となった集落の中を歩いて行く。
 闇ギルドに入って裏社会の住人となって1年が経つ。すでに人間の死体などは見慣れたものであったが、それでも胸糞悪い感覚が湧いてくるのを押さえられなかった。

(この中にミャアの家族もいる。そして、仇討ちのためにアイツはたった1人で王都にやってきた……)

 途中まで馬車を使った一鉄でさえ5日もかかったのだ。
 徒歩で、それも子供の脚となれば、倍以上の時間がかかったに違いない。
 それでもミャアは諦めなかったのだ。人間の町でどれほど恐ろしい目に遭うことになったとしても、家族の無念を晴らしたかったのだ。

(目的は何だ……? いったい、どんな目的でこんなことを仕出かしやがった?)

 可能性が最も高いのは、亜人や獣人を差別している『至上主義者』の仕業だろう。
 しかし、一鉄はその推測の中に一抹の違和感を覚えていた。

(どうも作業的すぎるな。これをやった連中からは、獣人に対する憎しみも嫌悪も感じられない)

 一鉄が見たところ、この集落の獣人は抵抗する暇もなく短時間で殺害されている。集落に火をかけて燃やしたのも、獣人族を貶めるというよりも単なる証拠隠滅を図っただけのような気がした。
『至上主義者』は亜人・獣人を激しく嫌悪している者達の集まりだ。となれば、自分達の教義の敵である獣人らをもっと嬲り、痛めつけてから殺すのではないだろうか。

(少なくとも、これをやった連中はそんな感情豊かな奴らじゃない。まるで決められたノルマをこなすように、機械的に殺していやがる。例えるなら、ゲームのレベル上げのような……?)

「ん?」

 ふと一鉄の脳裏に形にならない漠然とした可能性が浮かんだ。
 靄がかかったように曖昧な憶測である。一鉄は何とかそれを掴み取ろうと思考の手を伸ばし……そこで背中にただならぬ気配を感じて飛び退いた。

「っ……!」

「死にやがれ!」

 背中に向かって振り下ろされたのは鋭い爪だった。
 一鉄は素早く背後からの攻撃を回避して、後ろを振り返って襲撃者の姿を目に入れる。

「お前は……獣人か?」

「おのれ、人間! よくもみんなを殺しやがったな!」

 背後にいたのは20代前半ほどの青年だった。その頭部には三角の獣耳がついており、背中でふさふさの尻尾が揺れている。ミャアとは違う種族の獣人だ。おそらく、犬か狼だろうか。
 犬科の青年は烈火の怒りを込めて一鉄を睨みつけ、両手の爪を構えて吠えてくる。

「獣人狩りめ、今日がお前らの最期だ! ぶっ殺してやる!」

「おいおい! 人違いだぞ!?」

「問答無用!」

 一鉄は自分が襲われた理由を察して弁明しようとするが、それよりも先に飛びかかってきた。

「チッ……話を聞かない奴め!」

 舌打ちをかまして、一鉄はポケットからコインを取り出した。
 青年は怒りに支配されており、聞く耳を持っていない。こうなった以上は戦うしかなかった。
 一鉄は青年に向かって、構えたコインを弾き飛ばした。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

今宵、鼠の姫は皇子に鳴かされる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,114pt お気に入り:10

【全話まとめ】意味が分かると怖い話【解説付き】

ホラー / 連載中 24h.ポイント:84,135pt お気に入り:650

引き籠もりVTuber

青春 / 連載中 24h.ポイント:938pt お気に入り:28

明らかに不倫していますよね?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,910pt お気に入り:120

ふれて、とける。

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:79

才能だって、恋だって、自分が一番わからない

BL / 連載中 24h.ポイント:532pt お気に入り:13

処理中です...