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第4章 闇ギルド抹殺指令
13.再会
しおりを挟む『ダウンバースト』と呼ばれる自然現象は、主に夏場の積乱雲によってもたらされるものだった。
上昇気流の発生によって積乱雲が発生し、空高くに多量の水分が巻き上げられる。
一定の高度まで上昇した水分は周囲の大気を摩擦によって巻き込み、下降気流となって地上に降り注ぐ。
航空機に事故を引き起こし、時には森の木々をことごとくなぎ倒すこともある自然災害である。
一鉄が投げたコインは大気中の雪や水分を巻き込んでひたすら上昇して、やがて成層圏にまで達する。
コインと一緒に巻き上げられた水分は凍りついて結合。雹となって周囲の空気ごと地表へと舞い戻ってきた。
「……こんなもん、狙ってやれるもんじゃないな。うまくいって良かったよ」
木々がなぎ倒された森の中。一鉄は地面に掘った穴倉からネズミのように這い出した。
コインを掘削機代わりに地面を掘り、穴の中に隠れたおかげで、ダウンバーストによる衝撃を最小限に抑えることができた。
あちこち身体が痛み、凍りついてしまいそうなほど冷え切っていたが、とりあえず生き延びることができたらしい。
キョロキョロと周囲を見回して見ると、少し離れた場所に倒れた木の下敷きになった老人の姿があった。
近づいて確認すると、老人は手足がおかしな方向に折れ曲がっており、身体は完全に凍りついて絶命している。
「悲惨な最期だな……いや、加害者の俺が言える話じゃないが」
変わり果てた老人の亡骸を見下ろして、一鉄は肩をすくめた。
亜寒帯気候の雪国であるグランロゼ王国には、積乱雲はほとんど発生しない。当然、ダウンバーストなどという現象も知りはしないだろう。
断末魔の表情をした老人は、果たして自分が何をされたのか気づくことができただろうか?
「どうでもいい話だ。さて、こっちは片付いたけどミラーは……」
「何をしてるんですか!? 殺す気ですか!?」
どうやら無事なようである。
白い装束をあちこち擦り切れさせたミラーが、一鉄めがけて怒鳴り込んできた。
顔を隠していた頭巾はどこかに吹き飛ばされたのか、性格のわりに可愛げのある顔が露わになっている。
「よお、生きていたようで何よりだ」
「死ぬかと思いました……よくもまあ、無茶をして……!」
「お前だったら大丈夫だと思ったんだよ。『風使い』のミラーさん?」
怨嗟の目で睨みつけてくるミラーに、一鉄は惚けた苦笑を返す。
隠密であり暗殺者であるミラーであったが、実は風属性の魔法を修得した魔法使いでもある。
気配を隠したり、敵の居場所を察知したりしていたのも、契約している風の精霊の加護を借りることでもたらされた力だった。
「風の精霊から力を与えられた魔法使いが、風で死ぬことはないだろうよ。そう信じたからこそできたんだ」
「都合のいいことを……死んでいたら、化けて出ていましたよ」
忌々しげに吐き捨て、ミラーはぷいっと視線を背けた。
「とはいえ……貴方が引き起こした嵐によって、私が戦っていた敵もやられたことは事実です。今日のところは良しとしましょう。あとは討伐隊ですが……彼らはどうなりましたか?」
「アイツらも近くに来ていたからな。おそらく、ダウンバーストに巻き込まれたと思うんだが……」
できることなら、このまま引き下がっていて欲しい。
一鉄とてクラスメイトを殺すのは気が引ける。先ほどの狙撃でも、手足を狙って致命傷は負わせないようにしていた。
(必要であれば殺すことは躊躇わない。その程度の覚悟は決めている。だが……このまま引き下がってくれると有り難い)
だが……一鉄は知っている。
こういう願い事はほとんど叶わないことを。
嫌な予感ほどあたってしまう。自分がそういう星の下に生まれたことを、この世界に来てから嫌というほど思い知らされていた。
「もしかして……銭形君?」
「…………」
一鉄は背後からかけられた声に「やっぱりか」と肩を落とす。
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには小柄な少女が立っていた。
「……やあ、久しぶりだね。一色さん」
再会したクラスメイト――クラス委員である一色桃花に、一鉄は諦めたような低い声音で話しかけた。
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