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第4章 闇ギルド抹殺指令
14.決別
しおりを挟む桃花の後ろには見覚えのある人間ばかり3人がついてきていた。一緒に召喚されたクラスメイトである。
真っ先に目につくのはクラスの代表格である藤原光哉。『聖剣使いの勇者』としてクラスメイトをまとめ上げ、積極的に勇者としてエカテリーナ王女に協力しようとしていた人物である。
その隣には同じくクラスメイトの男女が立っている。一鉄の記憶が確かならば、2人とも光哉の腰巾着としていつも引っ付いて行動していた連中だ。
残りの人間は知らない顔。おそらく、グランロゼ王国の兵士だろう。
(随分と人数が減っているな? 怪我人を保護するために置いてきたのか、それともさっきの風で吹き飛ばしちまったのか……)
「ぶ、無事だったんだ……銭形君。でも、どうしてここに? ここには闇ギルドの悪い人たちが隠れているはずじゃ……?」
「……わかっているはずだ。委員長。頭のいい君だったら理解できるはずだろう?」
震える声でつぶやく桃花に、一鉄は冷たく言い放つ。
こうなった以上は仕方がない。桃花に恨みなどはないが、戦うほかに道はなかった。
「よければ私がやりましょうか? 戦いづらいのでしょう」
「余計なことは言わなくてもいい。これは俺の問題だ」
後ろから声をかけてくるミラーにすげなく応え、一鉄は掌でコインを握り締める。
「わからないよ……だって銭形君は子供が大好きな優しい人で、クラス委員の仕事を手伝ってくれて……」
「……悪いね。君の知る銭形一鉄はもういないんだよ」
「そんな! 嘘だよ、そんなの嘘……!」
「…………」
一鉄は指でコインを弾いた。
瞬間、弾丸と化した銀貨が桃花の頭のすぐ横を突き抜けていき、背後の木を撃ち抜いた。
「あ……」
「これでわかっただろう。俺が『金色の殲滅者』――闇ギルドに所属する掃除屋《スイーパー》だ」
「そんな……それじゃあ、みんな銭形君が殺して……! ひょっとして、山名君も……?」
倒れた兵士の死骸を見て、ようやく桃花も残酷な現実に気がついたのだろう。
感情を無くして呆然とした顔になり、へなへなと雪の上にへたり込んでしまう。
「ぜ、銭形! おまえが、お前が山名君を殺したのかあ!?」
力なく座り込んでいる桃花に代わり、前に出てきたのは藤原光哉である。
光哉は両目を爛々と血走らせて、獣が噛みつくように一鉄を怒鳴りつけてきた。
「藤原光哉……お前、どうした?」
一鉄の記憶では、光哉は爽やかな顔立ちのイケメンで女子からもモテモテ。クラスの人気者だったはず。
だが……現在、目の前にいる光哉はまるで麻薬中毒者のように挙動不審で感情のバランスがとれていないように見える。
「うるさいうるさい! お前まで僕を馬鹿にするのか!? 僕は勇者なんだぞ!? お前みたいな追放される出来損ないじゃない! 本物の、最強の勇者なんだ!」
「…………」
「そんな目で僕を見るんじゃない! 僕を敬え、尊敬しろ! 勇者なんだからもっと大切にしろよおっ!」
「哀れなことだ……お前は弱かったんだな、藤原光哉」
一鉄は同情を込めてポツリとつぶやいた。
異世界に来てから一鉄が『掃除屋』として覚醒を遂げたように。山名龍二が悪い方向に成長して『獣人狩り』となったように。
この1年間で、光哉もまた環境の変化による様々な影響を受けたのだろう。
そして……見事につまずいてしまった。
この世界にうまく順応することができず、挫折と敗北から立ち直ることができず、光哉は精神の均衡を欠いてしまったのだろう。
(考えても見れば……コイツはろくに敗北を経験したことがないようなお坊ちゃま育ちだもんな。弱肉強食の世界で生き残れるわけがないか)
動物園で大切に育てられていたライオンが野に放たれて、容易に野生の世界に溶け込めるわけがない。
幼い頃に親を亡くし、施設で生まれ育ってアルバイト生活をしていた一鉄とは根本的な地力が違う。
学校のヒーローとしてチヤホヤされて生きてきた光哉は命懸けの世界で淘汰され、決定的に挫折してしまったのだろう。
「地に堕ちた天才か……哀れだな。アリジゴクに嵌まった虫けらだってここまで惨めじゃないだろうよ」
「僕を馬鹿にするな! 馬鹿にするなああアアアアアアッ!」
「はあ……」
光哉の右手に光り輝く剣が出現した。
最強の勇者の武器。あらゆる魔を打ち砕く力を宿した『聖剣』である。
己の最強武器を召喚した光哉が一鉄に向けて斬りかかってくるが、それよりも先に一鉄の手から放たれた弾丸が両膝を撃ち抜く。
「ひぎゃあっ!?」
光哉が前のめりになって倒れる。
右手から聖剣が離れて転がっていき、地面に転がって光の粒に変わり消滅した。
「勝負あり……と言いたいところだが、お互い生きている以上戦いは終わってないよな? 追撃して構わないか?」
「ひっ……ヒイイイイイイイッ!?」
光哉は撃たれた両足を引きずり、這う這うの体で一鉄から距離をとろう唐する。
「ごめんなさいごめんなさい! 許してください! 死にたくない、死にたくない、死にたくないよう……!」
「……殺す価値もない愚物め。お前のどこが勇者だよ」
一鉄はあまりにも惨めな光哉に追撃する気も起こらず、逃げていく姿を冷たく見送った。
代わりに、光哉の取り巻きである2人に目を向ける。
「お前達はどうする? 俺と殺し合うか?」
「ヒッ……!」
「嫌だ……勝てるわけない! 藤原さんが勝てなかったのに、俺達なんかが勝てるわけない……!」
残る2人の勇者はあっさりと戦意を失い、降伏を宣言した。
「まったく……死ぬ覚悟もない奴が戦場に出てくるなっての」
一鉄は辟易して溜息をつく。
平然と他者を踏みにじる外道。自分を殺しにかかってくる相手であれば迷わず殺し合うことができるのに、勇者達にはその覚悟もないらしい。
哀れに命乞いをする光哉、そしていまだに地面に座り込んでいる桃花には、流石に殺意も湧いてこない。
「もういい。お前ら、帰れよ」
故に……一鉄は彼らに情けを掛けることにした。
「次に俺の目の前に現れたら殺す。ここは見逃してやるから、さっさと失せろ!」
「ちょっと、何を勝手なことを……!」
敵を見逃そうとする一鉄に、慌ててミラーが駆け寄ってきた。
一鉄は忌々しそうな表情で首を振り、手をかざして女暗殺者を止める。
「いいだろう、別に。俺のターゲットは『蠅の王』だ。こんな雑魚を相手に無益な殺生をするつもりはない」
「……後悔しますよ? 彼らを生きて帰せば、貴方の正体がバレてしまうのですから」
ミラーが脅すように言ってくる。
一鉄は苦い表情になりながらも、うんざりした仕草で頭を掻く。
「どうでもいいさ。いい加減に潮時だろうよ」
正体がバレてしまえば、もはや孤児院に住み続けることはできなくなるかもしれない。だが……それはいつかやって来ると覚悟していた未来である。
一鉄は裏社会の人間。どう取り繕ったところで、世間に顔向けできない犯罪者だ。
遅かれ早かれ、セーラや子供達とは離れる時がやってくる。あの子達をまっとうではない道に引き込むことなどできないから。
「……これがいい機会かもしれない。背中を押されたつもりで孤児院からは出て行くことにするよ」
「…………」
ミラーは黙り込み、『処置なし』とばかりに首を振った。
納得はしていないようだが、特に文句を言ってくることはなさそうである。
「さっさと帰りな。もう顔を合わせることはないだろう」
「銭形君……」
「一色さんもどうぞ息災で。君達が元の世界に帰れることを祈っているよ」
いまだ座り込んで震えている桃花に言い捨てて、一鉄はその場を立ち去ろうとした。
しかし……そんな一鉄の背中にミラーの鋭い声が突き刺さる。
「危ない!」
一鉄は弾かれたように飛び退る。
次の瞬間、青白い雷光が一鉄の足元に突き刺さった。
「困りますね。勇者様方に降伏などされたら我々の仕事が果たせなくなります」
「お前は……」
現れたのは、兵士の姿をした若い男性だった。
狐のように瞳が細く、ただならぬ空気を身に纏っている。
「仲間がやられてしまったのは予想外ですが……恐れ入りますが切り札を使わせていただきます。お薬の時間ですよ」
「カッ……」
若い兵士は酷薄に笑いながら、注射針のようなものを光哉の首筋に打ち込んだ。
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