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第二章 第一次異種の民殲滅戦
ep.36 視線
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「見られてる。上!」
リオナが叫び、私との距離を詰める。左手を私の方に伸ばし、右手を構える。
リオナの視線が上へ抜け、私もつられて仰ぐ。
雲ひとつない空に、一点の陰り。それが次第に大きくなる。
(見られてることに気付くなんて、ホントにできるんだ。)
何か言っている。
「リ、オ、ナ~っ!久っしぶり!リオナだよね?ね?」
空から落ちてきた巨体が、砂を円形に巻き上げる。
バサリという重低音が大きく響き、砂埃から現れたのは、鳥の獣人だった。
腕の代わりに広がる羽は金に近く、脚は、あれで支えられるのか心配になるくらい細く、短い。
胴から首にかけては柔らかな羽毛に覆われ、身体の線をふっくらと見せていた。
そんな鳥の獣人の、やたらと明るい声を落としながらの登場だった。
「ウソでしょ?——ハピィなの?」
信じられないものを見るような顔で、リオナがハピィと呼ばれた鳥の獣人に応える。
「そだよ。ハピィ姉ちゃんだよ。変わんないね、リオナ。ぼく、すぐわかったもん。」
「そういうあなたは変わりすぎでしょ。……あぁ、黄金の穀倉地ね。」
カイが言っていた。年々、鳥が増えていると。まさか鳥の獣人まで来て——住み着いていたなんて。
「ねえ聞いてよリオナ。ぼく、あんなに好きだったのに、飛ぶのちょっと嫌いになっちゃった——」
「でしょうね。」
食い気味に答えるリオナ。
◆
事の起こりは、ほんの少し前のことだ。
私が孤児院で譲り合いの喧嘩を目にしたのは、これが初めてだった。教会で一度だけ、私の一言がきっかけで同じ現象が起きたが、あれは私が聖女として祀り上げられているせいだと考えていた。
孤児院は、施設名に私の名を冠している。奴隷候補巡回から戻った獣人たちが、私が聖女とされていると伝え聞いてもいるのだ。だからここでも私への扱いは似ているのだが、先に立つのは院長先生という評で、彼らは私をリル先生と呼んで慕ってくれる。普段は行儀よく列を成し、前回の続きから律儀に並び直す。
今日、私は欲望を飲み込み、精いっぱい取り繕って一言を告げた。
先頭の獣人が、静かに一歩下がる。みんな行きたいと思うから、と言い残して。
それが合図になった。私の言葉は、バケツリレーのように伝わる。遠い者は集まり、近い者は距離を取る。足元の空白はするすると広がり、私の周りに円形の人垣が立ち上がった。
その輪がため息のように揺らいだ次の瞬間、気易い影が降りてきたのだ。
◆
「し……知り合い?」
もふもふを求めて来た私に、向こうから飛び込んできた。
考えていたのはケモミミ系だったけど、大きい鳥なんて未知のもふもふに、期待が膨らむ。
ここ、孤児院には飛ぶ系の獣人はいないみたいだし、日本では鳥を相手に埋もれるように抱き着くなんてまずできない。
思わず声が裏返りそうになるのをなんとか抑え、リオナに尋ねた。
「うん。ハピィって言って、風って印象が強い人……だったんだけど——ハピィ、こちらリルお嬢様よ。」
「あ、待ってリオナ。リルでいい!よろしく、ハピィ。」
私は右手を差し出しかけて、泳がせる。
ハピィには腕がないのだ。
「じゃあ、こうっ!よろしく、リル!」
バサッと翼が広げられ、ハピィに抱き寄せられる。
(もふもふじゃない……だと……ふわふわ!ふわっふわだ!)
水に浮いてしまいそうなほど軽い感触は、あたかもダウンジャケットのよう。こもったハピィの熱が温かで心地いい。
「さあさあ、きみたち。どうせまた譲り合ってたんでしょ。まったくきみたちってヤツはどいつもこいつも優しいね!みんな最高!よし解散!今日はリオナとの再会を祝いたいから、このハピィ姉ちゃんが譲られてあげよう!」
ハピィが人垣の内側をぐるりと歩きながら、あっという間に獣人たちを説得していった。
◆
こうして、ハピィの所有者になったかというと、そうはならなかった。まあハピィは自由人の方が似合っているのかも。
帰り道で教会に行くか悩む。
「およよ、リル。悩みごとかな?ダメダメ、お客さんがいっぱい見に来てくれてるのに、そんな顔してちゃ。」
そう言ってハピィは建物の陰や家の中から覗く相手を目ざとく見つけ、喋々しくぱたぱたと愛想を振りまいていた。
まるで、レッドカーペットでも敷かれたみたいに、私たちは視線を連れて街へ戻った。
外壁をくぐり抜けたとき、背中にまだ視線のぬくもりが残っていた。
リオナが叫び、私との距離を詰める。左手を私の方に伸ばし、右手を構える。
リオナの視線が上へ抜け、私もつられて仰ぐ。
雲ひとつない空に、一点の陰り。それが次第に大きくなる。
(見られてることに気付くなんて、ホントにできるんだ。)
何か言っている。
「リ、オ、ナ~っ!久っしぶり!リオナだよね?ね?」
空から落ちてきた巨体が、砂を円形に巻き上げる。
バサリという重低音が大きく響き、砂埃から現れたのは、鳥の獣人だった。
腕の代わりに広がる羽は金に近く、脚は、あれで支えられるのか心配になるくらい細く、短い。
胴から首にかけては柔らかな羽毛に覆われ、身体の線をふっくらと見せていた。
そんな鳥の獣人の、やたらと明るい声を落としながらの登場だった。
「ウソでしょ?——ハピィなの?」
信じられないものを見るような顔で、リオナがハピィと呼ばれた鳥の獣人に応える。
「そだよ。ハピィ姉ちゃんだよ。変わんないね、リオナ。ぼく、すぐわかったもん。」
「そういうあなたは変わりすぎでしょ。……あぁ、黄金の穀倉地ね。」
カイが言っていた。年々、鳥が増えていると。まさか鳥の獣人まで来て——住み着いていたなんて。
「ねえ聞いてよリオナ。ぼく、あんなに好きだったのに、飛ぶのちょっと嫌いになっちゃった——」
「でしょうね。」
食い気味に答えるリオナ。
◆
事の起こりは、ほんの少し前のことだ。
私が孤児院で譲り合いの喧嘩を目にしたのは、これが初めてだった。教会で一度だけ、私の一言がきっかけで同じ現象が起きたが、あれは私が聖女として祀り上げられているせいだと考えていた。
孤児院は、施設名に私の名を冠している。奴隷候補巡回から戻った獣人たちが、私が聖女とされていると伝え聞いてもいるのだ。だからここでも私への扱いは似ているのだが、先に立つのは院長先生という評で、彼らは私をリル先生と呼んで慕ってくれる。普段は行儀よく列を成し、前回の続きから律儀に並び直す。
今日、私は欲望を飲み込み、精いっぱい取り繕って一言を告げた。
先頭の獣人が、静かに一歩下がる。みんな行きたいと思うから、と言い残して。
それが合図になった。私の言葉は、バケツリレーのように伝わる。遠い者は集まり、近い者は距離を取る。足元の空白はするすると広がり、私の周りに円形の人垣が立ち上がった。
その輪がため息のように揺らいだ次の瞬間、気易い影が降りてきたのだ。
◆
「し……知り合い?」
もふもふを求めて来た私に、向こうから飛び込んできた。
考えていたのはケモミミ系だったけど、大きい鳥なんて未知のもふもふに、期待が膨らむ。
ここ、孤児院には飛ぶ系の獣人はいないみたいだし、日本では鳥を相手に埋もれるように抱き着くなんてまずできない。
思わず声が裏返りそうになるのをなんとか抑え、リオナに尋ねた。
「うん。ハピィって言って、風って印象が強い人……だったんだけど——ハピィ、こちらリルお嬢様よ。」
「あ、待ってリオナ。リルでいい!よろしく、ハピィ。」
私は右手を差し出しかけて、泳がせる。
ハピィには腕がないのだ。
「じゃあ、こうっ!よろしく、リル!」
バサッと翼が広げられ、ハピィに抱き寄せられる。
(もふもふじゃない……だと……ふわふわ!ふわっふわだ!)
水に浮いてしまいそうなほど軽い感触は、あたかもダウンジャケットのよう。こもったハピィの熱が温かで心地いい。
「さあさあ、きみたち。どうせまた譲り合ってたんでしょ。まったくきみたちってヤツはどいつもこいつも優しいね!みんな最高!よし解散!今日はリオナとの再会を祝いたいから、このハピィ姉ちゃんが譲られてあげよう!」
ハピィが人垣の内側をぐるりと歩きながら、あっという間に獣人たちを説得していった。
◆
こうして、ハピィの所有者になったかというと、そうはならなかった。まあハピィは自由人の方が似合っているのかも。
帰り道で教会に行くか悩む。
「およよ、リル。悩みごとかな?ダメダメ、お客さんがいっぱい見に来てくれてるのに、そんな顔してちゃ。」
そう言ってハピィは建物の陰や家の中から覗く相手を目ざとく見つけ、喋々しくぱたぱたと愛想を振りまいていた。
まるで、レッドカーペットでも敷かれたみたいに、私たちは視線を連れて街へ戻った。
外壁をくぐり抜けたとき、背中にまだ視線のぬくもりが残っていた。
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