転生、水の都の悪役令嬢——私、悪くないもん!——

『辺境伯領における異種憐みの令と聖女現象の考察』
        執筆者:ラウルス・ヘゼニアヌス(王立学院歴史学名誉教授)
【緒言】
 神が授けし理に背き、魔の血を引く「異種の民(イシュ)」。彼らは本来、ヒトの慈悲のもとで贖罪の日々を送るべき存在である。しかし、我が王国の辺境、あの外壁に囲まれた特異な街において、歴史の歯車は極めて不穏な音を立てて逆回転を始めた。
 本稿の目的は、辺境伯令嬢リルが発布せしめた稀代の悪法『鳥獣憐みの令』が、いかにして神聖なる秩序を歪め、不可解な「聖女信仰」へと変質していったかを、歴史学的見地から糾弾することにある。

【偽りの慈愛と経済的簒奪】
 当該地域において観察されたのは、動物愛護という美名に隠れた、ヒトの生存圏の放棄である。令嬢リルは、あろうことか獣を傷つけることを禁じ、あまつさえ「イシュ」を保護対象へと格上げした。これにより、外壁外の農村では害獣が跋扈し、ヒトの農耕は壊滅的打撃を被った。
 特筆すべきは、罰則金という名の徴収システムである。役人ネロ、オクパトスなる者らが構築したこの収益構造は、孤児院という名の隔離施設を肥大化させ、本来支配されるべき異種の民を、ヒトよりも「上等な服」で着飾らせるという倒錯した光景を生み出したのである。

【均衡決壊と反乱の必然】
 秩序の歪みは、必然的に暴力という形での修正を求める。困窮を極めた民衆が、悪法の象徴たる孤児院に対し決起したのは、生存本能の叫びであった。
 しかし、ここで予期せぬ事態が発生する。殲滅すべき対象であったはずのイシュが、暴力に対し暴力で応ぜず、あろうことか「悲嘆」と「拒絶」を以て対峙したのである。水源の崩壊と共に、物理的にも倫理的にも均衡は決壊した。

【結語】
 我々が注視すべきは、現在その中心に座す令嬢リルの「無知」である。彼女は自らが撒いた種が、いかにしてヒトとイシュの均衡を破壊したか、その全貌を把握しておらぬ。
 この物語は、聖女の皮を被った「無自覚なる破壊者」が、神の秩序をいかに蹂躙していくかの記録である。読諸兄には、この「箱庭」が崩壊する様を、冷徹な理性を以て見届けていただきたい。
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