エキゾチックアニマル【本編完結】

霧京

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第十三話【足りない言葉】中

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 上着を脱ぎ、まず見えたのは薄い服の下にある不自然なふくらみだった。チラリと冬真を確認し、薄いいつものタンクトップを持ち上げると、そのふくらみの正体であるタオルが落ちた。なんの変哲もない白いタオルは赤く色づき、斑どころか肌に接していた反面はまんべんなく赤くなっていた。
 そしてそのタオルが当てられていたその場所にはいくつもの細い傷口は今も生々しいほどの赤を滲ませ続けていた。
 こらえきれない怒りを力也へとあてることがないように必死で制御をしながら、見つめる冬真の前で今度はズボンへと手をかけた。
 下はもっとわかりやすかった。暗い色だから目立ちにくかったんだろうズボンをとれば、下着にはよく目にする精のものとは違うシミがしっかりと出来ていた。
 ギリッと歯をかみしめる冬真の前で力也は前の方を持ち擦れないようにしながら下着を取り去った。
 その身体にまんべんなくつけられていた傷口は新しく、見ているだけで痛みを感じそうな物ばかりだった。胸や腹部だけでなく、急所であるはずの局部や乳首、太ももの内側にまでつけられた傷をみて冬真はすぐに一本鞭によるものだとわかった。

「力也、正直に言ってくれ。何があった?」
「なにって…ちょっとヘマしただけ」
「力也、Say」【教えて】

 誤魔化そうとした力也だが、縋るようなそのコマンドに、視線をさまよわせたあとポツポツと事情を話し始めた。
 聞くたびに沸き起こる怒りを抑えながら、冬真は最後まで話を聞いた。

「なんでそんな無茶するんだよ」
「ごめん、でもあの場は他に方法思いつかなくて」

 申し訳なさそうに言った力也は少し間を置き、もう一度ごめんと謝ってきた。

「ごめん、他の人とPlayしないって言ってたのに守れなかった」
「そんなことどうでもいいんだよ!」

 耐え切れず声を荒げた瞬間、力也の身体がビクリと跳ねた。見たことのないそれは間違いなく、恐れが混じったものだった。

(落ち着け、落ち着け、違うだろ…ダメだ) 

 まともなケアもされていないSubに、パートナーを目指すDomがとるのはこの反応ではない。いま優先するべきなのは、自分の怒りなどではなく心も体も傷ついたままの力也を癒すことだ。そう言い聞かせ、一つ深呼吸をした。

「痛かっただろ?よく頑張った。Good Boy」【よくできました】

 やっと望みの言葉をもらえたとばかりに、力也が嬉しそうな表情になる。痛々しいまでのその笑みに、胸の痛みを覚えながら冬真は立ち上がった。

「手当しよう」

 部屋の中を漁り、手ぬぐいと昔買った包帯を取り出す。

「とりあえず消毒からするから」
「もうしたのに?」
「時間たってんだろ」

 そう言うと、その口元へと布を差し出した。不思議そうな顔をする力也の口の中へと布を突っ込む。

「かんでろ」

 そう言うと、その傷口にまんべんなく消毒液をかけていく。深い傷口にしみこむ消毒液に力也は言われた通り布を噛みしめ、耐えていた。

「これで大丈夫だろ。Good Boy」【よくできました】

 そう言って口から布を外した冬真を、涙の滲む目をした力也は軽く睨んだ。

「すげぇ染みたんだけど」
「お前が、そいつに消毒習慣をつけようと気を回したのは偉かったと思うけど、そんな簡単に済ませていいわけないってわかってんだろ?」
「それでも、やらないよりマシだし」
「確かに、その手の奴は消毒なんか考えないだろうけど…」

 そう、力也はあの状況下で今後相手させられるだろうSub達のことを考え、わざと相手を誘い、大げさすぎるほど痛がったのだ。
 
「いい作戦だろ?」
「はー、お前な…」

 ひどい目に合わされたというのに、力也は笑っていた。痛くないはずがない、つらくないはずがない、怖くないはずがない、それなのにいつも通り笑うその顔に言いようのない不安を覚える。一体なんどこういうことがあったんだろう?
 少なくともその状況下でそれを考えられ、心を痛める冬真を心配させないように笑いかけるだけの回数を重ねたはずだ。

「…そうだ。風邪薬があった。鎮痛効果と解熱効果があるから飲んだほうがいいな」
「さすが慣れてる」
「伊達にAV業界で生きてきてねぇからな」

 不安と怒り、愛しさと憎しみ、自分の物としたいSubを傷けられた感情で頭の中がぐちゃまぜになりながらも、引き出しから風邪薬を取り出す。

「はい、一回二錠だから」
「サンキュー」

 ガシャーン!! 水と一緒に手渡した瞬間、受け取ろうとした力也の手からコップが滑り落ちた。陶器性のコップは床に落ち、無残にも割れた。

「あ」
「…!!…!!」

 その瞬間、力也が震え出した。口元は不自然に上がったまま、ガタガタと震えながら包帯と手ぬぐいでガードされただけの傷だらけの身体を自分の両手で抱きしめた。

(フラッシュバック!)
「…ごめっ…」

 さっき受けた暴行の所為か、それとも過去の記憶か、力也は普段なら驚くだけだろうその音をきっかけにフラッシュバックを起こしていた。
 冬真は経験上それが強いサブドロップにも変換されることを知っている。

「力也!」
「…んっ!」

 呼吸が乱れてきた瞬間、冬真は咄嗟に薬を口に含みそのまま口移しをした。強引に薬を舌で奥へと突っ込み唾液ごと飲み込ませる。
 ゴクンと喉を薬が通るのを確認し、それとは逆に自分の舌先に感じる血の味に顔をゆがめ丹念に味わうこともせずに口を離した。

「落ち着いた?」
「強引」
「ごめん」

 口を離す頃には元通りの雰囲気に戻っていた力也に、笑い返し、視線をさまよわせる。

「…ダメだな、沢山ケアしなきゃならないのにできない」
「え?」
「力也は頑張ったんだから、沢山褒めて、安心させたいのに。抱きしめることもできない」
「別に抱きしめても大丈夫だけど?」
「嘘、痛いんだから無視しなくていい。力也のそれは防衛本能として正しいものなんだから」

 耐えきれていると思い込んでいる力也にとってそれは今じゃないとしか思えないのだろう。大丈夫なのに心配性だなとどこかおかしそうな笑みを浮かべた。

「じゃあ、背中からにするか?」
「それでも腕が当たるだろ」
「上の方なら大丈夫だって」

 はいっと後ろを向いた力也に、胸が詰まりながらもそっとその身を抱きしめた。

「力也、偉かったGood Boy」【よくできました】

 痛くないようにそっと抱きしめるその手に添えられる感触を感じながら、冬真は何度もそう繰り返した。

「褒めるコマンドってなんでこれしかないんだろうな」
「え?」
「命令ばかり沢山あるのに、褒めるコマンドはこれ1つとか、そんなのおかしいだろ」
「冬真?」
「Domとしてケアしたいのに、一番有効なはずのコマンドがこれだけって…そんなのあり得ない」

 結局力也の背で泣き出したのは冬真だった。やりきれない想いに、涙を流す様子に力也はしっかりとその手を掴んだ

「確かにコマンドはそれしかないけど、冬真が褒めてくれるのはコマンドじゃなくても癒されるよ。どんな言葉でもちゃんと届いているから、だからもっと褒めて」
「力也はえらいよ。優しくてカッコいい、他の子を救うために動けて本当に偉い」
「ちょっと恥ずかしいんだけど」
「俺のことまで考えて、こうして笑ってくれてありがとう。すごいよ、お前は。本当にすごい。俺がいままであった誰よりもいい子だ」
「褒めすぎ」
「褒めて欲しいって言ったのはお前だろ」
「そうだけど…」
「力也、Very Good Boy」【大変よくできました】
「…うん」

 万感の思いを込め、そう告げながら暖かいグレアを出した冬真に、力也は小さく頷いた。

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