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第二十二話【選ばせる】前
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力也との約束が実行されたのは、天気予報にない急な大雨に見舞われ撮影が終わりになった日だった。
外の撮影ができなくなったから、じゃあ屋内でとはいかないのがこの業界だった。ほかのシーンを撮るにしてもそれなりに準備が必要だ。結局、このまま今日は解散になった。
「力也、この前言ってたのちょうどいいから今から行かないか?」
「そうだな。せっかくだからいこうか?」
「何々?どこいくの?」
「デートか?」
DomとSubが寄るところといえば、あまり公にしにくいこともあるだろうが、それならそれで流そうと思いつつ孝仁と将人は尋ねた。
「この前ちょっと怒らせちゃったんで、お詫びに映画奢るんすよ」
「別に怒ってはないけど…。ご褒美もらってないんで」
返された内容に、普通の話だったと内心ほっとしながら二人はつづけた。
「ご褒美かいいね」
「楽しんで来いよ」
「はい」
どこかウキウキとした様子の力也の返事に、頷いていた二人だったがはっとなにかに気づいたように確認するように聞いた。
「……あ、映画って力也君が選ぶんだよね?」
「そうです」
そのセリフに、孝仁と将人は顔を見合わせ満面の笑みを浮かべた。
「…そっか、楽しんでね」
「…じっくりみてこいよ」
その反応に、若干どころではない嫌な予感を感じながらも楽しそうな力也を見ていると声を出す気になれなかった。この時、せめてジャンルを聞くべきだったと冬真は後になって思うのだった。
映画館につくなり、タッチパネルでチケットを買いだした力也の手元を見ていたはずなのに知らない題名だったから、その時は全く気付かなかった。
約束通りお金を払い、さてジュースでも買おうかと思った瞬間に、目に入った宣伝用のモニターに冬真の目はくぎ付けになった。
おどろおどろしい音楽に、真っ暗い画面、這いずるような音に、響き渡る悲鳴、恐怖に染まった女性の顔、力也の選んだ映画のタイトルがそこにあった。
「これかよ」
「そうそう、ずっと気になってて」
楽しみだとワクワクする力也と目の前の画面との温度差がひどい。スリルが好きなのは知っているけど、こういうのもありだったのか。
(なんで確認しとかなかったんだよ!)
自分を思わず責めるが、買ってしまった後ではもう遅い。なによりこの状態の力也にやっぱ無理とは言いにくい。孝仁と将人はおそらく知っていたのだろう、あの表情は知っているからこその物だったのだろう。
「冬真?もしかしてホラー嫌い?」
「…いや、見たことないってだけで、大丈夫だから」
「他のにしたほうがいいなら、返金する?そこでやってくれると思うし」
サービスカウンターを指さされ、冬真は首を振った。ご褒美とお詫びも兼ねているのにここで折れてもらっては情けなさすぎる。こういう場合でもDomの希望を優先してくれるSubに甘えていいところではない。
「大丈夫、平気、いけるから。それより、ジュースでも買おうぜ。奢るから」
「ほんとかな」
完全に疑っている力也を引っ張り、売店へと向かう。Domの顔色を読むのに慣れているSubの目をごまかしきるのは無理でも、こうして強引に進めてしまえばそれ以上は言ってこないだろう。自分の首を絞めているのを感じながら冬真は二人分のジュースといっそ場違いな甘い味のポップコーンを買った。
席に座り、流れる映画の宣伝を眺める。冬真の興味を引いたのは海外のヒーローものだった。ビルの間を走り、飛び越え、悪役相手に立ち回る姿は男ならばやはり惹きつけられるものがある。自分の正義の為に、人々を助け、見返りを求めない。
(まるで、力也みたいだ)
視線を移せば、画面を真剣に見ている力也がいる。その瞳は冬真と違い少しでも自分のものとできるものがあるなら、演技に役立てようとする向上心のあるものだった。
「今度はこれ見に来るか?」
「そうだね。一度ぐらいは映画館で見ようかな」
「一度くらい?」
「映画だと、スローモーションも一時停止もできないだろ?」
完全にただ見るだけの考えになっていたことに気づく、自分も駆け出しとはいえ役者だというのにそちらに気がいかなかったのが情けない。
「あー、わかった。じゃあ、DVDだな」
「そう、まあそっちは一人でみるから」
「俺も」
「冬真、スタントマンじゃないじゃん。つまんねぇよ?」
不思議そうに返してきた力也は決して悪気があって言っているわけじゃない。おそらく本当に何度も何度も動きの確認の為に見るのだろう。確かに、専門でなければすぐに見飽きてしまうものだろう。
「それがつまんないか、つまんなくないかは俺が見てから決める」
お前が口出すことではないと存外に伝えてみれば、力也は一瞬押し黙った。Domの決定を覆すつもりなどないと、納得はできないまでも受け入れた。
「もの好き」
「嫌なのかよ」
それでも冬真が楽しめるものではないと思っているのだろう。捨て台詞のような生意気すぎる言葉が返ってきた。
「そうじゃないけど…、俺見てる間構えねぇし」
「俺そんなかまってちゃんじゃねぇよ」
そこまで言えば力也が仕方なさそうに、ため息をついた。あきらかに邪魔しにいくだけなのに、返される言葉は冬真の機嫌ばかり気にしたものだった。一緒にいれるだけでいいとどうすれば伝わるのだろうか?
そうしているうちに、宣伝が終わり本編が始まった。
(そうだ。きっとこれを終えれば…)
苦手なものでも力也となら大丈夫、楽しめると証明することができると気合いを入れた冬真は数十分後、やっぱ無理だったと思っていた。
「冬真?大丈夫?無理ならでる?」
「大丈夫、いけるいける」
朽ち果てた廃墟を歩く主人公の視点が、まるで自分が歩いているかのように見える。いつ、どこから怨霊が飛び出してくるのだろう。臨場感たっぷりな映像と、無音の空間が恐怖心をあおってくる。声をかけられ力也を見れば、いつも通りの表情というより、こちらを気遣う顔をしていた。
(うっ…またご褒美でもなくなってる)
力也を楽しませるはずが、またこちらに気を遣わせている。もう情けないを通りこして申し訳ない。
(平常心、平常心、なんか楽しいこと考えろ)
このままだと、いくら冬真がやせ我慢しても力也は途中退出を決行してしまう。この状況で、力づくでこられては抵抗などできない
刺激になれている力也と違い、快感の悲鳴に慣れていても、恐怖しか煽ってこないものには慣れていない。
さっきから生まれて初めて聞くほど、心臓がバクバクと音をたてている。
少しでも楽しいことをと考えていた冬真の目に、先ほど買ったポップコーンが目に止まった。
完全に動揺していたのだろう、二人で食べるはずだったポップコーンは力也の手の届かない場所に置かれていた。
「りき…」
自分は食べられないから食べてもらおうと、声をかけようとしてこの恐怖和らげるいい方法を思いついた。席はちょうどいい具合に二人だけの席で、冬真の席が階段側だ。反対に力也の席は壁側になっている。
(いける)
ポップコーンを一掴みして、手に乗せたまま力也の顔のそばに持っていく。
「ありがとう」
「手は禁止」
受け取ろうとした力也を制しすれば、動いた手が止まった。今の言葉だけでも言いたいことがわかったのだろう、チラリと冬真をみた力也の口元にさらに手を近づける。
「食べろ」
そう命じれば、力也は少し頭を倒しその口を冬真の手へ近づけた。手の上に乗っているポップコーンを咥え、顔を離すことなく咀嚼する。聞こえる咀嚼音と、ポップコーンをくわえる時の振動、手のひらに感じる息、やがて少なくなってくるとその唇が手のひらへと触れる。
それは力也の視界を邪魔しない程度のものでありながら、冬真の意識をそちらへと向けるものだった。
自然に視線はそちらから離れなくなる。目線があった力也は、冬真の様子が落ち着いたのに気づいたのだろう安心した笑みを浮かべると、おかわりをねだるように何もなくなった手のひらを舐めた。
「~~~~っ!」
ノックアウトされたとばかりに、声にならない声を上げ冬真はまたポップコーンを手のひらに乗せ目の前に持っていく。そうすると、また一つ一つ大事そうに食べる。
なんとも、庇護欲をそそるような仕草を男らしい力也がしているのはギャップとしか言いようがなかった。
とはいえ、そうしていてもスクリーンが見えなくなるわけでも、声が聞こえなくなるわけでもない。力也の姿に癒されながらも、なにかが起こるたびに硬直してしまう。
そんな冬真の姿に、苦笑を浮かべながらも力也は催促よりも多く幾度もその手のひらを舐めた。
外の撮影ができなくなったから、じゃあ屋内でとはいかないのがこの業界だった。ほかのシーンを撮るにしてもそれなりに準備が必要だ。結局、このまま今日は解散になった。
「力也、この前言ってたのちょうどいいから今から行かないか?」
「そうだな。せっかくだからいこうか?」
「何々?どこいくの?」
「デートか?」
DomとSubが寄るところといえば、あまり公にしにくいこともあるだろうが、それならそれで流そうと思いつつ孝仁と将人は尋ねた。
「この前ちょっと怒らせちゃったんで、お詫びに映画奢るんすよ」
「別に怒ってはないけど…。ご褒美もらってないんで」
返された内容に、普通の話だったと内心ほっとしながら二人はつづけた。
「ご褒美かいいね」
「楽しんで来いよ」
「はい」
どこかウキウキとした様子の力也の返事に、頷いていた二人だったがはっとなにかに気づいたように確認するように聞いた。
「……あ、映画って力也君が選ぶんだよね?」
「そうです」
そのセリフに、孝仁と将人は顔を見合わせ満面の笑みを浮かべた。
「…そっか、楽しんでね」
「…じっくりみてこいよ」
その反応に、若干どころではない嫌な予感を感じながらも楽しそうな力也を見ていると声を出す気になれなかった。この時、せめてジャンルを聞くべきだったと冬真は後になって思うのだった。
映画館につくなり、タッチパネルでチケットを買いだした力也の手元を見ていたはずなのに知らない題名だったから、その時は全く気付かなかった。
約束通りお金を払い、さてジュースでも買おうかと思った瞬間に、目に入った宣伝用のモニターに冬真の目はくぎ付けになった。
おどろおどろしい音楽に、真っ暗い画面、這いずるような音に、響き渡る悲鳴、恐怖に染まった女性の顔、力也の選んだ映画のタイトルがそこにあった。
「これかよ」
「そうそう、ずっと気になってて」
楽しみだとワクワクする力也と目の前の画面との温度差がひどい。スリルが好きなのは知っているけど、こういうのもありだったのか。
(なんで確認しとかなかったんだよ!)
自分を思わず責めるが、買ってしまった後ではもう遅い。なによりこの状態の力也にやっぱ無理とは言いにくい。孝仁と将人はおそらく知っていたのだろう、あの表情は知っているからこその物だったのだろう。
「冬真?もしかしてホラー嫌い?」
「…いや、見たことないってだけで、大丈夫だから」
「他のにしたほうがいいなら、返金する?そこでやってくれると思うし」
サービスカウンターを指さされ、冬真は首を振った。ご褒美とお詫びも兼ねているのにここで折れてもらっては情けなさすぎる。こういう場合でもDomの希望を優先してくれるSubに甘えていいところではない。
「大丈夫、平気、いけるから。それより、ジュースでも買おうぜ。奢るから」
「ほんとかな」
完全に疑っている力也を引っ張り、売店へと向かう。Domの顔色を読むのに慣れているSubの目をごまかしきるのは無理でも、こうして強引に進めてしまえばそれ以上は言ってこないだろう。自分の首を絞めているのを感じながら冬真は二人分のジュースといっそ場違いな甘い味のポップコーンを買った。
席に座り、流れる映画の宣伝を眺める。冬真の興味を引いたのは海外のヒーローものだった。ビルの間を走り、飛び越え、悪役相手に立ち回る姿は男ならばやはり惹きつけられるものがある。自分の正義の為に、人々を助け、見返りを求めない。
(まるで、力也みたいだ)
視線を移せば、画面を真剣に見ている力也がいる。その瞳は冬真と違い少しでも自分のものとできるものがあるなら、演技に役立てようとする向上心のあるものだった。
「今度はこれ見に来るか?」
「そうだね。一度ぐらいは映画館で見ようかな」
「一度くらい?」
「映画だと、スローモーションも一時停止もできないだろ?」
完全にただ見るだけの考えになっていたことに気づく、自分も駆け出しとはいえ役者だというのにそちらに気がいかなかったのが情けない。
「あー、わかった。じゃあ、DVDだな」
「そう、まあそっちは一人でみるから」
「俺も」
「冬真、スタントマンじゃないじゃん。つまんねぇよ?」
不思議そうに返してきた力也は決して悪気があって言っているわけじゃない。おそらく本当に何度も何度も動きの確認の為に見るのだろう。確かに、専門でなければすぐに見飽きてしまうものだろう。
「それがつまんないか、つまんなくないかは俺が見てから決める」
お前が口出すことではないと存外に伝えてみれば、力也は一瞬押し黙った。Domの決定を覆すつもりなどないと、納得はできないまでも受け入れた。
「もの好き」
「嫌なのかよ」
それでも冬真が楽しめるものではないと思っているのだろう。捨て台詞のような生意気すぎる言葉が返ってきた。
「そうじゃないけど…、俺見てる間構えねぇし」
「俺そんなかまってちゃんじゃねぇよ」
そこまで言えば力也が仕方なさそうに、ため息をついた。あきらかに邪魔しにいくだけなのに、返される言葉は冬真の機嫌ばかり気にしたものだった。一緒にいれるだけでいいとどうすれば伝わるのだろうか?
そうしているうちに、宣伝が終わり本編が始まった。
(そうだ。きっとこれを終えれば…)
苦手なものでも力也となら大丈夫、楽しめると証明することができると気合いを入れた冬真は数十分後、やっぱ無理だったと思っていた。
「冬真?大丈夫?無理ならでる?」
「大丈夫、いけるいける」
朽ち果てた廃墟を歩く主人公の視点が、まるで自分が歩いているかのように見える。いつ、どこから怨霊が飛び出してくるのだろう。臨場感たっぷりな映像と、無音の空間が恐怖心をあおってくる。声をかけられ力也を見れば、いつも通りの表情というより、こちらを気遣う顔をしていた。
(うっ…またご褒美でもなくなってる)
力也を楽しませるはずが、またこちらに気を遣わせている。もう情けないを通りこして申し訳ない。
(平常心、平常心、なんか楽しいこと考えろ)
このままだと、いくら冬真がやせ我慢しても力也は途中退出を決行してしまう。この状況で、力づくでこられては抵抗などできない
刺激になれている力也と違い、快感の悲鳴に慣れていても、恐怖しか煽ってこないものには慣れていない。
さっきから生まれて初めて聞くほど、心臓がバクバクと音をたてている。
少しでも楽しいことをと考えていた冬真の目に、先ほど買ったポップコーンが目に止まった。
完全に動揺していたのだろう、二人で食べるはずだったポップコーンは力也の手の届かない場所に置かれていた。
「りき…」
自分は食べられないから食べてもらおうと、声をかけようとしてこの恐怖和らげるいい方法を思いついた。席はちょうどいい具合に二人だけの席で、冬真の席が階段側だ。反対に力也の席は壁側になっている。
(いける)
ポップコーンを一掴みして、手に乗せたまま力也の顔のそばに持っていく。
「ありがとう」
「手は禁止」
受け取ろうとした力也を制しすれば、動いた手が止まった。今の言葉だけでも言いたいことがわかったのだろう、チラリと冬真をみた力也の口元にさらに手を近づける。
「食べろ」
そう命じれば、力也は少し頭を倒しその口を冬真の手へ近づけた。手の上に乗っているポップコーンを咥え、顔を離すことなく咀嚼する。聞こえる咀嚼音と、ポップコーンをくわえる時の振動、手のひらに感じる息、やがて少なくなってくるとその唇が手のひらへと触れる。
それは力也の視界を邪魔しない程度のものでありながら、冬真の意識をそちらへと向けるものだった。
自然に視線はそちらから離れなくなる。目線があった力也は、冬真の様子が落ち着いたのに気づいたのだろう安心した笑みを浮かべると、おかわりをねだるように何もなくなった手のひらを舐めた。
「~~~~っ!」
ノックアウトされたとばかりに、声にならない声を上げ冬真はまたポップコーンを手のひらに乗せ目の前に持っていく。そうすると、また一つ一つ大事そうに食べる。
なんとも、庇護欲をそそるような仕草を男らしい力也がしているのはギャップとしか言いようがなかった。
とはいえ、そうしていてもスクリーンが見えなくなるわけでも、声が聞こえなくなるわけでもない。力也の姿に癒されながらも、なにかが起こるたびに硬直してしまう。
そんな冬真の姿に、苦笑を浮かべながらも力也は催促よりも多く幾度もその手のひらを舐めた。
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