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第二十六話【いつの日か】中
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部屋につき、とりあえず冬真をソファーに案内し、ちょっと待っていてほしいと伝えると、意外なほどにあっさりと受け入れた。
「冬真、お酒飲んでいい?」
「ああ、お前がそっちのほうがいいならそうしろ」
「ありがとう」
言いたいことがわかったのだろう、すぐに許可をくれた冬真にお礼を言い、お酒の缶を冷蔵庫から出す。度数が弱い、ジュースみたいなお酒だ、到底酔うほどのものではない。しかし、それでよかった、本当に酔うつもりなどないのだから。
つまみになりそうなナッツやお菓子を片手に、お酒を持って冬真のもとに戻ると力也は隣へと座った。
「はい、これ冬真の分」
「ああ」
お酒の缶をひとつ冬真に渡すと、缶を開け一口飲んだ。
「どこから話そうかな…」
「お前が話しやすいところから、話せるとこまででいい」
「甘いな~」
「いやか?」
「ううん、うれしい」
話すと決めたものの、人に話したことがない話で、話すのをためらう話なのは変わりない。こうして、少しでも話安い空気を作ってくれるのは助かる。正直強制的に、話せと言われると言葉に詰まってしまうだろう内容ではあった。
「俺の両親に関係ある話になるんだけど…俺の母さんはシングルマザーなんだよ。俺は母さん一人に育てられたんだ」
力也は酒を飲みながら、のんびりとした口調で話し始めた。
力也の母はSubだったが優しくも芯の強い女性だった。学生時代に塾の講師だったご主人さまと出会い、忠誠を誓っていた。
「母さんには夫はいなかったし、恋人もいなかったけど、ご主人様がいたんだ」
「親子そろってSubだったのか」
「そう、母さんも俺がSubだってのは早くから気づいたらしくて、色々教えてくれた。一種のSubの英才教育みたいな感じかな?」
「お前が基本的に従順なのそれが原因か」
「まあ、子供のころから色々みてたからね。母さんのご主人様は、通いだった。他に家庭があるのかどうかまで俺は聞かなかったけど、俺がいないときとか来て母さんとPlayして帰っていくって感じだったんだ」
母のご主人様は、週に一度とか二週間に一度とか時によってバラバラだったが、定期的に力也の家へと訪れていた。力也が物心ついた時にはすでにご主人様がいて、Playをするときは力也は寝室へ行っているように言われた。
それでも、声は聞こえる。どんな声がしても出てきてはいけないと言い聞かされた力也は、聞いたことのない母の声を聞きながら、なにをしているのかと不思議に思っていた。
「おかしいと思わなかったのか?」
「思わなかったと言ったらうそになるけど、多分俺がまだ赤ちゃんの時からそんな感じだったはずだから、そこまで違和感なかったんだろうな」
赤ちゃんがいるからといって、Play不足による精神不安定状態を止められるわけもなく、むしろストレスがかかっているからこそPlayが必要だったのかもしれない。
授乳中では薬も飲むことはできないから、母はおそらく飲んではいなかっただろう。
物心つく前の力也をベビーベッドにでも置いて、Playしていたのだろう。
「あんま想像したくねぇな」
「そこは同意する。まあ俺が幼稚園とか小学校行くようになったら、その間にやるようになったから見なくなったんだけど。その代わり、学校から帰ってきても、玄関に男物の靴があるときは公園にでも行ってくるようにって言われたんだ」
そういうときは、力也は友人と遊んだり、時には一人で公園で遊んでいたりして時間をつぶしていた。
「大抵五時の鐘がなるころには帰るから、そのころに家に帰ってた。それでも、たまに帰るとこだったご主人様と鉢合わせすることもあったんだよな」
「あのさ、もうわかってるから言うけど、そいつお前の父親だよな?」
「血縁上はね。と言っても、名前も知らないけど」
「毎回Playするだけだったのかよ」
「どういうこと?」
「お前にかまったり世話したりはなかったのか?養育費は?」
「あー、俺が男だから興味なかったらしい。養育費もどうだったんだろう?なんかいつも金欠だったのは覚えてるけど」
力也がそういえば、冬真は苦々しそうな表情を浮かべて軽く舌打ちした。力也の父親だとわかっているのに、イライラが止まらない。
「冬真?」
「気にしないで、続けて」
明らかに不機嫌になっているその様子に、気遣う素振りをみせた力也へ、気にしなくていいと苦笑を見せる。
「だから、俺がSubって確定しても相手にしてくれることもなかったんだよな。まあ、グレアはあてられたことあるけど」
「ガキ相手にかよ」
「確かに、言われてみれば大人げないよな。鉢合わせしたときとかあてられたんだけど」
Subと診断されたときにはすでにAランクだった力也は気づかなかったが、そもそも確定したばかりの子供に大人のDomがあてるようなグレアの量ではなかった。
父親であるDomはちょっとした遊びだったのかもしれないが、母が慌てて走ってくるぐらいには強いものだった。
「まさか、そいつがさっきの桐生とかいう奴じゃないよな?」
「名前も知らないって言ってるじゃん。桐生さんについてはこれからだから」
力也はそう苦笑すると、また話し始めた。
二人の関係はよくは知らなかったが、うまくいっているように見えた。それが、力也がみている前だけだったのではないかとは今も疑いたくはない。だって、母は幸せそうだったのだ。
ご主人様から貰ったというCollarを首にはめニコニコと笑っていた母が、力也は大好きだった。出会えたことを感謝し、幸せそうに笑う顔を今もよく覚えている。
その日々が終わりを告げたのは本当にいきなりだった。
「中学の修学旅行が終わって、俺が帰ってきたら全部の部屋に電気がついてたんだ」
普段は一部屋しかつけないのに、ご主人様が来ている時のようにすべての部屋に電気がついているのを見た力也は首を傾げた。
旅行中来ているだろうとは思ったけど、まだ帰っていないのだろうか?
荷物が多いけど、まだいるなら帰らないほうがいいかもしれないと思った力也だったが、ベランダに干されたままの洗濯物をみた瞬間胸騒ぎがした。
「なにがあったんだ?」
「なにがあったのかは俺は今もわからないんだ。俺が帰ってきたときにはもう手遅れだったから…」
ドアを開ければ玄関には男物がなかった。代わりに力也の耳に聞こえたのは不規則な呼吸音だった。ドクン! と自分の心臓が鳴り、力也は靴も脱がず部屋へと駆け込んだ。
「手遅れって…」
「母さん、もう俺の声も聞こえてなかった。泣いてないのに、泣いているみたいに動かなくて…」
力也は自分の声が震えていることに気づいていた。自然に話そうとすればするほど、震えが止まらない。しかし、不思議なことにその顔は笑っていた。
なんてことのない昔話をするかのように、笑い声さえ漏れる。
「俺、そんな状態になった人初めてみて…どうしていいからなくて……でも、助けを呼ばなくちゃって…」
いつの間にか、缶を握る手も震えていた。なんで震えているのかもわかず、どうしていいのかもわからない。
(なんで…止まらない)
「力也、Look」(見ろ)
その声に、冬真へと視線を移せば安心させるように微笑まれた。そしてその手が伸び、力也の両手が必死で握りしめていた缶を奪った。
その代わりというように、両手の間へと手を滑り込ませた。
「ゆっくりでいい、焦らなくていいから」
その言葉に、頷き一度息を吸い込む。握りしめる両手の間に差し込まれた冬真の手から、体温が伝わってくる。
「どこに電話していいかわからなくて、とりあえず俺母さんのご主人さまに電話かけたんだ」
「でたのか?」
「ううん、何度かかけたんだけど、すぐ切れちゃって…多分あれ着信拒否されてたんだと思う。…母さんは捨てられたんだ」
何度かけても電話に出ないことに、パニックになった力也の頭に浮かんだのは学校で教えてくれたSubのカウンセラーへの電話番号だった。
「そこに電話かけたらすぐにつながって、保護施設の人が迎えに来てくれたんだ」
「ってことは力也の母さんって…」
「うん、それからずっと保護施設にいる」
母を保護施設へと預け、着替えなどを取りに家に帰るとそこには数人の男たちがいた。
「その中の一人が桐生さんなんだよ。桐生さんが言うにはご主人様が…」
「力也、話の腰折って悪いんだけど…そのご主人様ってのやめねぇ?」
「ごめん…そうだよな。冬真がいるのに…」
他に呼び方を知らなかったからつい、そう呼んでいたが、力也のいまのご主人様は冬真なのだからやはり気に食わなかったのだろう。力也はそう言われ、呼びなおしした。
「父さんならいい?」
「糞親父で」
「……糞親父…?」
「そう。で、その糞親父がどうしたって?」
予想外の呼び方の指定に、聞き返した力也へ、冬真は気にせず続けるようにと促した。
(糞親父か~)
「冬真、お酒飲んでいい?」
「ああ、お前がそっちのほうがいいならそうしろ」
「ありがとう」
言いたいことがわかったのだろう、すぐに許可をくれた冬真にお礼を言い、お酒の缶を冷蔵庫から出す。度数が弱い、ジュースみたいなお酒だ、到底酔うほどのものではない。しかし、それでよかった、本当に酔うつもりなどないのだから。
つまみになりそうなナッツやお菓子を片手に、お酒を持って冬真のもとに戻ると力也は隣へと座った。
「はい、これ冬真の分」
「ああ」
お酒の缶をひとつ冬真に渡すと、缶を開け一口飲んだ。
「どこから話そうかな…」
「お前が話しやすいところから、話せるとこまででいい」
「甘いな~」
「いやか?」
「ううん、うれしい」
話すと決めたものの、人に話したことがない話で、話すのをためらう話なのは変わりない。こうして、少しでも話安い空気を作ってくれるのは助かる。正直強制的に、話せと言われると言葉に詰まってしまうだろう内容ではあった。
「俺の両親に関係ある話になるんだけど…俺の母さんはシングルマザーなんだよ。俺は母さん一人に育てられたんだ」
力也は酒を飲みながら、のんびりとした口調で話し始めた。
力也の母はSubだったが優しくも芯の強い女性だった。学生時代に塾の講師だったご主人さまと出会い、忠誠を誓っていた。
「母さんには夫はいなかったし、恋人もいなかったけど、ご主人様がいたんだ」
「親子そろってSubだったのか」
「そう、母さんも俺がSubだってのは早くから気づいたらしくて、色々教えてくれた。一種のSubの英才教育みたいな感じかな?」
「お前が基本的に従順なのそれが原因か」
「まあ、子供のころから色々みてたからね。母さんのご主人様は、通いだった。他に家庭があるのかどうかまで俺は聞かなかったけど、俺がいないときとか来て母さんとPlayして帰っていくって感じだったんだ」
母のご主人様は、週に一度とか二週間に一度とか時によってバラバラだったが、定期的に力也の家へと訪れていた。力也が物心ついた時にはすでにご主人様がいて、Playをするときは力也は寝室へ行っているように言われた。
それでも、声は聞こえる。どんな声がしても出てきてはいけないと言い聞かされた力也は、聞いたことのない母の声を聞きながら、なにをしているのかと不思議に思っていた。
「おかしいと思わなかったのか?」
「思わなかったと言ったらうそになるけど、多分俺がまだ赤ちゃんの時からそんな感じだったはずだから、そこまで違和感なかったんだろうな」
赤ちゃんがいるからといって、Play不足による精神不安定状態を止められるわけもなく、むしろストレスがかかっているからこそPlayが必要だったのかもしれない。
授乳中では薬も飲むことはできないから、母はおそらく飲んではいなかっただろう。
物心つく前の力也をベビーベッドにでも置いて、Playしていたのだろう。
「あんま想像したくねぇな」
「そこは同意する。まあ俺が幼稚園とか小学校行くようになったら、その間にやるようになったから見なくなったんだけど。その代わり、学校から帰ってきても、玄関に男物の靴があるときは公園にでも行ってくるようにって言われたんだ」
そういうときは、力也は友人と遊んだり、時には一人で公園で遊んでいたりして時間をつぶしていた。
「大抵五時の鐘がなるころには帰るから、そのころに家に帰ってた。それでも、たまに帰るとこだったご主人様と鉢合わせすることもあったんだよな」
「あのさ、もうわかってるから言うけど、そいつお前の父親だよな?」
「血縁上はね。と言っても、名前も知らないけど」
「毎回Playするだけだったのかよ」
「どういうこと?」
「お前にかまったり世話したりはなかったのか?養育費は?」
「あー、俺が男だから興味なかったらしい。養育費もどうだったんだろう?なんかいつも金欠だったのは覚えてるけど」
力也がそういえば、冬真は苦々しそうな表情を浮かべて軽く舌打ちした。力也の父親だとわかっているのに、イライラが止まらない。
「冬真?」
「気にしないで、続けて」
明らかに不機嫌になっているその様子に、気遣う素振りをみせた力也へ、気にしなくていいと苦笑を見せる。
「だから、俺がSubって確定しても相手にしてくれることもなかったんだよな。まあ、グレアはあてられたことあるけど」
「ガキ相手にかよ」
「確かに、言われてみれば大人げないよな。鉢合わせしたときとかあてられたんだけど」
Subと診断されたときにはすでにAランクだった力也は気づかなかったが、そもそも確定したばかりの子供に大人のDomがあてるようなグレアの量ではなかった。
父親であるDomはちょっとした遊びだったのかもしれないが、母が慌てて走ってくるぐらいには強いものだった。
「まさか、そいつがさっきの桐生とかいう奴じゃないよな?」
「名前も知らないって言ってるじゃん。桐生さんについてはこれからだから」
力也はそう苦笑すると、また話し始めた。
二人の関係はよくは知らなかったが、うまくいっているように見えた。それが、力也がみている前だけだったのではないかとは今も疑いたくはない。だって、母は幸せそうだったのだ。
ご主人様から貰ったというCollarを首にはめニコニコと笑っていた母が、力也は大好きだった。出会えたことを感謝し、幸せそうに笑う顔を今もよく覚えている。
その日々が終わりを告げたのは本当にいきなりだった。
「中学の修学旅行が終わって、俺が帰ってきたら全部の部屋に電気がついてたんだ」
普段は一部屋しかつけないのに、ご主人様が来ている時のようにすべての部屋に電気がついているのを見た力也は首を傾げた。
旅行中来ているだろうとは思ったけど、まだ帰っていないのだろうか?
荷物が多いけど、まだいるなら帰らないほうがいいかもしれないと思った力也だったが、ベランダに干されたままの洗濯物をみた瞬間胸騒ぎがした。
「なにがあったんだ?」
「なにがあったのかは俺は今もわからないんだ。俺が帰ってきたときにはもう手遅れだったから…」
ドアを開ければ玄関には男物がなかった。代わりに力也の耳に聞こえたのは不規則な呼吸音だった。ドクン! と自分の心臓が鳴り、力也は靴も脱がず部屋へと駆け込んだ。
「手遅れって…」
「母さん、もう俺の声も聞こえてなかった。泣いてないのに、泣いているみたいに動かなくて…」
力也は自分の声が震えていることに気づいていた。自然に話そうとすればするほど、震えが止まらない。しかし、不思議なことにその顔は笑っていた。
なんてことのない昔話をするかのように、笑い声さえ漏れる。
「俺、そんな状態になった人初めてみて…どうしていいからなくて……でも、助けを呼ばなくちゃって…」
いつの間にか、缶を握る手も震えていた。なんで震えているのかもわかず、どうしていいのかもわからない。
(なんで…止まらない)
「力也、Look」(見ろ)
その声に、冬真へと視線を移せば安心させるように微笑まれた。そしてその手が伸び、力也の両手が必死で握りしめていた缶を奪った。
その代わりというように、両手の間へと手を滑り込ませた。
「ゆっくりでいい、焦らなくていいから」
その言葉に、頷き一度息を吸い込む。握りしめる両手の間に差し込まれた冬真の手から、体温が伝わってくる。
「どこに電話していいかわからなくて、とりあえず俺母さんのご主人さまに電話かけたんだ」
「でたのか?」
「ううん、何度かかけたんだけど、すぐ切れちゃって…多分あれ着信拒否されてたんだと思う。…母さんは捨てられたんだ」
何度かけても電話に出ないことに、パニックになった力也の頭に浮かんだのは学校で教えてくれたSubのカウンセラーへの電話番号だった。
「そこに電話かけたらすぐにつながって、保護施設の人が迎えに来てくれたんだ」
「ってことは力也の母さんって…」
「うん、それからずっと保護施設にいる」
母を保護施設へと預け、着替えなどを取りに家に帰るとそこには数人の男たちがいた。
「その中の一人が桐生さんなんだよ。桐生さんが言うにはご主人様が…」
「力也、話の腰折って悪いんだけど…そのご主人様ってのやめねぇ?」
「ごめん…そうだよな。冬真がいるのに…」
他に呼び方を知らなかったからつい、そう呼んでいたが、力也のいまのご主人様は冬真なのだからやはり気に食わなかったのだろう。力也はそう言われ、呼びなおしした。
「父さんならいい?」
「糞親父で」
「……糞親父…?」
「そう。で、その糞親父がどうしたって?」
予想外の呼び方の指定に、聞き返した力也へ、冬真は気にせず続けるようにと促した。
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